表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
管理機関プロメテウス広報室の事件簿  作者: 石動なつめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/20

ペッパー&ソルトのベーコンエッグ

 シラハが住んでいるマンションは、アイゼンゴッドの南にあった。

 南地区では珍しい、オートロック完備のマンションである。

 プロメテウスに入職が決まった時に、安全のためにそちらのマンションに住むか、プロメテウスの寮に住んで欲しいと言われたからだ。

 安全のためと言えば聞こえは良いが、シラハは知っている。

 住む先を斡旋してくれたのは、ただ単に、プロメテウスがシラハを監視しておきたいだけだからだ。


 

 

 夕方。ジリリリリ、と目覚まし時計の音が鳴る。

 ベッドで寝ていたシラハは、よろよろと手だけ動かして、それを止めた。

 それから少しして顔をあげて時間を確認する。十六時ちょうど。出勤まであと二時間ほどあった。


 プロメテウスに就職し、広報室へ配置されてから、シラハは昼夜逆転生活になっていた。

 吸血鬼であるスメラギの活動時間に合わせると、どうしてもそうなってしまう。

 最初の頃はしんどかったが、慣れてしまえば問題ない。

 生活用品等の買い出しはどうかと言えば、これも不自由はしない。何といってもアイゼンゴッドは吸血鬼と人間が共存しているのだ。

 それぞれの生活に合わせて店は開いている。

 眠らない街アイゼンゴッド、とは昔テレビのコマーシャルで流れたキャッチフレーズだ。


 くあ、と欠伸をするとシラハは起き上がる。

 Tシャツにハーフパンツと、実にラフな格好だ。そのままふらふらと歩いて洗顔と歯磨きを終えると、シラハは夕食の準備を始めた。

 冷蔵庫を開くと、中はガランとしている。最近忙しくて買い出しに行けていないからだ。


「仕事が終わったら買ってくるか……」


 そんな事を呟きながら、卵を一つと使いかけのベーコンのパックを手に取る。

 この二つで出来る料理と言ったら、ベーコンエッグだ。

 シラハは寝起きにはいつもこれと決めている。


 フライパンを乗せ、カチカチとコンロの火を点ける。

 油を少し引いたフライパンにベーコンを乗せ炒め、そのあとで卵を割って落として、塩と胡椒を振りかける。

 何の変哲もない調理法だが、シラハが母から教わったのがこの流れだった。


 シラハの母は料理好きで、絵本に書かれていたものを「これが食てみたい!」と頼むと「まかせて!」と作ってくれていた。

 その素晴らしい事と言ったら!

 ふわっとした材料と調理法しか書かれていないのに、絵本そのもの料理が出来上がるのだ。

 まるで魔法の手だ。そして「お母さん、すごいでしょう!」と、お茶目に笑う母が、シラハの自慢だった。


 それももう、十年以上前の話だ。

 

 ぼんやりと思い出していたその時、シラハのタブレットが鳴った。フライパンにフタをして弱火にし、タブレットを取りに行くと『スメラギ・トーノ』と表示されている。

 珍しい時間に電話だな、と思いながらシラハは出た。


「はい、ミズノセです」

『やあやあ、こんばんは! まだ夕方なのにすまないね、シラハ君!』


 タブレットの向こうからは、相変わらず元気な声が聞こえてくる。

 この時間ならば吸血鬼のスメラギも起きたばかりの頃のはずだが。

 この様子だと寝ていないのだろうなとシラハは推測する。


「こんばんは、スメラギ様。どうされたんですか?」

『うん、ちょっと頼みたい事があってね。シラハ君、プロメテウスに来る前に銀星軒に寄ってくれないかい? あ、もちろんその時間から出勤でいいから』

「銀星軒ですか?」

「そうそう。注文してあるトマトゼリーを貰ってきて欲しいんだ」


 銀星軒というのは、アイゼンゴッドで有名な菓子屋だ。

 羊羹や饅頭、ケーキにタルト。多種多様なお菓子が揃えられている。

 その中で特に人気があるのがトマトゼリーだ。主なターゲットは吸血鬼だったが、人間にも人気の品物で。プロメテウスでも、お遣い物にも重宝されている。

 スメラギの頼みも、たぶんそういう用途だろう。


「はい、承知しました」

『…………シラハ君が素直でちょっと感動してる』

「寝起きなので、言葉にデッドボールを追加する気力がないだけです」

『いやキミ、普段デッドボールしてる事は自覚しているんだね?』


 それは思わぬ収穫だ、なんてスメラギは言う。


「会話とは常にデッドボールの連続だと思いますが」

『シラハ君が繰り広げている会話は、いささか殺伐過ぎないかな?』

「そうですか。用件がお済みのようでしたら切りますよ」

『あー! 待って待って!』


 シラハがそう言うと、スメラギは大慌てでそう言った。


『銀星軒にメノウ君とイツキ君も向かわせてあるから、一緒に帰って来てね』

「メノウ様とイツキ先輩ですか? そんなに量があるんです?」

『いいや、トマトゼリーに関してはそうでもないよ。ただ、念のためね。ほら、エイカさんの件、覚えている? ちょっと心配でね』


 そう言われて、シラハは思い出す。

 エイカ・アサクラ。つい昨日、会いに行ったばかりのジュエリーデザイナーで、スメラギ曰く『反乱分子』かもしれないとの事だ。

 スメラギが言うには、接点が出来たから、何かしらのアクションを起こしてくるかもしれない、との事。

 要は何かあったら心配なので、メノウとイツキを向かわせてくれた、という話である。


「自分の身は自分で守れますが」

『それはそうなんだけど、相手が吸血鬼だからねぇ』

「だからです。私は吸血鬼の天敵(、、、、、、)でしょう?」


 シラハがそう言うと、スメラギは一瞬、黙った。

 それから大きくため息が聞こえてくる。


『そういうところが心配なんだよねぇ。キミは自分の体質(、、)を過信し過ぎだ』

「過信も何も、事実ですよ」

『いやまぁそうなんだけどさぁ……。ま、いいや、そこは。とにかく向かわせたから、一緒に帰ってくる事。いいね?』

「承知しました」

『うん。それではね、寝起きにごめんねシラハ君!』


 それだけ言うと、スメラギからの通話が切れた。


(寝起きなのに疲れたな……)


 ぼんやりと失礼な感想を抱きつつ。

 そのままフライパンに目を落とした。心なしか、半透明なフタの向こうの目玉焼きが黒色をしているように見える。

 あ、と思ってシラハは慌ててフライパンの蓋を開けた。

 残念な事にベーコンも目玉焼きはすっかり焦げていて、シラハは「私のベーコンエッグ……」と肩を落としたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ