リンゴの浮かんだフルーツティー 後編
シラハがスメラギ・トーノという吸血鬼に出会った時の第一印象は「胡散臭い」だった。
第一印象は当てにならないなんて言葉もあるが、スメラギに関しては間違っていないとシラハは思っている。
最初の印象のままに、シラハは今でもスメラギの事を「胡散臭い」と思っている。あとそこに「何を考えているか分からない」も追加だ。
シラハはそんなスメラギの事が、好きか嫌いかと問われれば、嫌いだった。
「スメラギ様、どうしてあんな事を言ったんですか?」
アトリエ・エイカを出て車に乗り込んだ後で、シラハは上司にそう言った。
「あんな事って?」
「反乱分子の下りですよ。あなたが物騒なのは普段からですが、さすがに交流をした事もない相手にするには問題が生じます」
いくら『プロメテウスの狗』なんて呼ばれたとしても「反乱分子ですか」なんて聞く者がどこにいるのか。いや、いたから困っているのだが。
シラハが半眼になっていると、張本人のスメラギはどこ吹く風で、
「シラハ君も大概だと思うんだけどね」
「一応、時と場合は弁えていると自負しておりますが」
「ま、そりゃそうだ。だってさ、気になったんだもーん」
なんて言っている。
もんって可愛く言われても、とシラハは思った。
「もし怒らせて、契約を白紙にしたいと言われたら困るでしょう? あなたの給料が吹っ飛びますよ」
「吹っ飛んでも生活には困らない程度の蓄えはあるよ。僕、ホラ、役職持ちだし?」
「職権乱用……」
「それは使い方としてはちょっと違うと思うね! ……だけど、まぁね。契約に関しては大丈夫だよ。そう判断したから、ああ返した」
スメラギはそう言うとエンジンをかけ、車を走らせる。
大丈夫、という言葉にシラハが怪訝そうな顔をしていると、
「エイカさん、プロメテウスの狗って言ったでしょ」
と、スメラギは言った。
「あれさ、出す話題としてはおかしかったじゃない?」
「……まぁ、そうですね。吸血鬼の上から目線は今に始まった事じゃないですけど、話題の出し方としてはおかしかったです」
「キミってば、本当、正直だよね。エイカさん相手にかぶった猫を、僕に使ってくれても良いのだよ?」
「今更ですのでお断りします。スメラギ様相手に猫をかぶっても、特にメリットを感じません」
「僕の好感度が上がるよ! 一回か二回で上がらなくなるけど、初回はドーンと大幅上昇!」
「結構です」
「すげない!」
クク、と笑ってスメラギは続ける。
「僕がどういう目的で来たか、気付いていたと思うよ。だから先に挑発した。ああ言えば、僕か君のどちらかが反応すると踏んでいたんだろう」
「目的? プロモーションのお話だったのでは?」
「それもあるけど」
スメラギはそこで区切って、
「エイカ・アサクラは反乱分子だってタレコミが来ているんだよ。僕はね、その様子を見るためにも来たんだ」
と言った。
初耳だ。シラハはぎょっと目を剥く。
「伺っていないのですが」
「言っていないもの。確証がないからね」
「…………」
それでも事前情報くらいは欲しい内容だ。そうシラハも思ったが、スメラギが情報を共有しなかったという事は、何かしらの理由があるのだろう。
その辺りは二年の付き合いで学んだ。
「シラハ君、怒ったかい?」
「慣れましたよ。ハバネロ入りの缶ジュースを差入れします。パスタは作りませんので飲み干して下さい。アタリが出るはずなので二本です」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃないか」
そう言うも、スメラギは「フフ」と少し嬉しそうに笑った。
「――――エイカさんさぁ。ほら、フルーツティー、淹れてくれたじゃない?」
「ええ。美味しかったです」
「知ってたら手をつけなかったでしょ」
「当然です」
シラハは頷く。
プロメテウスに対してよくない感情を抱く反乱分子――まぁ確証はないが――に出された物に手をつけるほど、シラハだって楽観的ではない。
何が入っているか分からないものは、さすがに飲む気にはなれなかっただろう。
「だから言わなかったと?」
「それもあるけど。出されたものがものだからね。リンゴの浮かんだフルーツティーだったから、言わなかった」
「紅茶に何か意味があるのですか?」
「うん。あれさぁ、吸血鬼にとってはお誘いとか、誘惑とか、好きですとか、そういう類の意味があるんだよ」
「は?」
思わずシラハは聞き返した。
何か、予想の斜め上の答えが返ってきたからだ。
さすがにシラハも困惑して「ええと……」と言葉を濁す。
そんなシラハの反応に、スメラギはクスクス笑った。
「いやあ、初々しいね!」
「ハバネロを足しますよ」
「ハバネロにこだわるのはやめようか! ……話は戻るけど、ま、これは古い風習なんだよ」
スメラギ曰く、吸血鬼の間では、フルーツティーに果物を浮かばせる事で、相手にメッセージを伝える風習があるらしい。
リンゴならば誘惑や告白、ブルーベリーならば有意義な時間を過ごせた感謝、オレンジならば美しさや優しさを称えるなどだ。
つまり。
「今回の場合は、エイカさんが僕らに対して好意――というか、興味かな。そういうのを持っていますよ、って解釈になるねぇ」
「はあ……。吸血鬼ってずいぶんと」
「ロマンティック?」
「酔狂ですね」
「キミってば、本当、僕に対しては正直だよね」
そういう所が良いのだけど、とスメラギは呟いてから「良い意味での興味なら構わないんだけどね」とも続けた。
言葉にする辺り、逆なのだろうとシラハは思う。
「さっきも言った通り確証がないから、現状では何も出来ないんだけどね」
「つまり今回は、プロモーションとは別に、接点を作るのが目的と」
「そういう事! いやあ、さすがシラハ君! 僕の事を分かってくれている!」
スメラギは笑ってアクセルを踏む。少しずつ加速する車の窓から、だんだんとネオンの明かり増え始める。
ああ、アイゼンゴッドらしいとシラハは思う。
オーロラストリートは落ち着いていて綺麗だけど、シラハはアイゼンゴッドらしいネオンが輝く、雑多な街並みの方が好きだった。採掘されたままの宝石のようだから。
「……そう言えばシラハ君は知っているかい? トロイメライシリーズの別名」
「ええ。夢の宝石ですね」
夢のように美しく、夢のように甘く。確か、そんなキャッチフレーズが添えられていたはずだ。
思い出しながらシラハが答えると、スメラギは軽く頷いた後「正解」と短く言う。しかしそのあとで、
「実はもう一つ、囁かれている言葉があってね」
と言った。まだ呼び名があったとは、シラハは知らなかった。
なのでスメラギに「どんな呼び名なんですか?」と聞き返すと、彼は薄く笑って、
「一度踏み入れれば二度と抜け出せない『悪夢』だってさ」
と答えた。




