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管理機関プロメテウス広報室の事件簿  作者: 石動なつめ


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ハバネロ入りのトマトジュース 後編

『――――アイゼンゴッド・ヴァイオリンコンクールのファイナリスト、チカ・ヨリタが愛用しているのは、ウノハナ・インダストリーズのヴァイオリンとの事で……』


 ハバネロ入りのトマトジュースを持って広報室へ到着すると、ラジオの音が小さく聞こえている。

 広報室は明かりこそついているが相変わらず人気はなかった。

 そこにいるのは室長のスメラギだけだ。 

 スメラギはラジオを聞きながら、自分のデスクでキーボードを打っている。

 真剣な表情だ。軽薄な言動こそ目立つ人だが、仕事は出来る。そこだけはシラハも尊敬している。


「スメラギ様、只今戻りました」


 シラハが声をかけると、スメラギは顔を上げ、


「おっかえり~! 早かったね!」


 とシラハに向かって笑って手を振る。

 こっちこっちと手招きされ、近づくと、スメラギは顎の下で手を組んだ。


「外でディンゴ様に会いましたよ」

「ああ、彼ね! さっきまでここで話をしていたんだよ。碌な話じゃなかったけどね!」

「はあ。次長なのに暇ですね」

「ま、名前だけだからね、ディンゴ次長の場合は。元々そんなに仕事が出来る方じゃなかったけど、数年前に車で人身事故を起こしてから、扱いが宙に浮いてるんだよ。それでも、プロメテウスを立ち上げた吸血鬼の子孫だからって理由で、しがみついてるだけ」

「ああ、そんな関係なんですね」


 ディンゴに対してさほど興味がなかったが、なかなか面倒な理由で居座っているようだ。

 碌でもないな、なんてシラハが思っていると「そんな事より」とスメラギが話を変える。


「聞いたよ、暴徒を四人逮捕だって? いやぁ、僕の補佐官は実に優秀で嬉しいね!」

「つい先ほどの話ですよ。相変わらず、情報が早いですね。どこで手に入れているんですか?」

「そこはシークレットさ! フフン。惚れ直したかい?」

「その言い方だと、私がスメラギ様に好意を抱いているような意味になりますね。前提からしてすでに否です」

「すげない! あまりにバッサリ! だがそこがいい!」


 大げさに嘆いたフリをするスメラギに、シラハは小さく息を吐いた。

 本当に、この人はこういう演技だけは上手い。

 もっとも人間嫌いな吸血鬼が、主に人間向けの広報なんて仕事をするためには、このくらい出来てちょうど良いのかもしれないけれど。

 シラハがそんな感想を抱いていると、彼は「だけど」と続ける。


「錯乱状態で精神鑑定の必要あり――とは、ずいぶん事実と異なるね?」

「そうですか?」


 シラハがすっとぼけると、スメラギは肩をすくめる。


「まぁ僕は反乱分子がどうなるかなんて、どうでも良いけどさ。でもシラハ君。キミ、そんな事をしていたら逆恨みされて、いつか死んじゃうよ?」


 穏やかな口調と表情とは裏腹に、眼差しは冷たい。呆れている、という表現を使うには温度が低すぎる目だ。

 シロハは「別に」と続けた後、


「死ぬようなヘマはしませんよ」


 と言った。スメラギは「そうだといいねぇ」と、やや低い声で言う。

 その後で「さて」と両手を鳴らし、


「まぁそれはそれとして。ではお仕事の話をしようか!」


 と、話題を切り替えた。先ほどと比べて声は明るい。眼鏡越しの赤い目もにこりと笑顔を作っている。

 それから彼はデスクの引き出しから書類の束を取り出して、シラハに差し出してきた。

 受け取って内容を確認すると、そこには『エイカ・アサクラ』という吸血鬼の調査資料のようだ。クリップで顔写真もつけられている。

 長い黒髪に赤い目をした優男――――という感じだろうか。外見は二十代半ばだが、実年齢は七十二。職業はジュエリーデザイナーと書かれていた。


「アサクラ……ああ、トロイメライシリーズのデザイナーですか」

「おや、よく知っているね。その通りだ」


 シラハの言葉にスメラギは頷く。

 トロイメライシリーズというのは、女性向けのブランドジュエリーのことだ。花や植物をモチーフにした美しいデザインを特徴としている。

 花や植物も現実にあるものではなく、想像で作られたものばかりで、まさに名前の通り『夢』のようだと評判である。

 シラハは着飾る事に興味はないが、綺麗な物を見るのは好きだった。


「エイカ・アサクラ氏がどうしたんです?」

「次のプロモーションビデオに出演してもらう予定でね。で、それと合わせて、うちのイメージジュエリーの製作を依頼しているんだ」

「イメージジュエリーですか? ……もしかして、これを?」


 そう言いながら、シラハはスーツについているバッジを指さした。

 星と月をモチーフにしたこれは、プロメテウスに所属している事を示す身分証でもある。


「そうそう。もともと綺麗なデザインだからねぇ」

「綺麗は綺麗ですが誰が買うんです、そんなもの」

「キミは本当に歯に衣着せないね!?」

「性分です」


 しれっと答えるシラハにスメラギは苦笑する。

 それから「まぁ確かにそうだね」と続け、


「とりあえず可愛い感じにってお願いしているから、そういうのが好きな子達かな」

「若い子向けと」

「そうそう。ちなみに上が作りたいって駄々こねるから依頼したんだよ。ホラ、娘か孫にプレゼントするんじゃない? 職権乱用の老害共は滅びろ」

「歯に衣着せぬと他人に言えますか、あなた」

「だってさぁ、見た目が若いだけで、中身はジジイとババアばかりだもん吸血鬼って。そういう連中が権力者の椅子にしがみついたままでいる所から、腐敗は始まるんだよ?」

「難しい言い回しで煙に巻こうとしておいでですが、自分だって七十越えでしょう。立派な仲間入りですよ」

「さりげにディスってくる……僕まだ若いのに……。だがそこがいい!」

「そういう性癖が?」

「キミは本当にぶれないなぁ。あっはっは! ああ、そうそう、話は戻るけど、これがその試作品」


 笑いながら、スメラギはデスクの上に件のジュエリーを置いた。

 三日月の形をしたアクアマリンと星の形をしたアメジスト。それらをダイヤモンドの小花が散りばめられた銀細工の蔦が繋いでいる。

 思ったより良い出来にシラハは「へぇ」と感嘆の声を漏らした。


「価格は如何ほどで?」

「プロメテウス一般職員の給料が半月分くらいかな」

「割とお手頃なんですね」


 そう呟くと、スメラギは「おや」と片方の眉毛を上げる。


「何だい、意外と興味津々じゃない。プレゼントしようか?」

「結構です、ハイリスク過ぎます。あなたに借りは作るなと、メノウ様から口を酸っぱくして言われておりますので」

「はっはっは! まったく、揃いも揃ってキミ達は、僕を何だと思っているんだい?」

「吸血鬼でプロメテウス広報室・室長のスメラギ様です。それより、プレゼントでしたらこれをどうぞ」


 シラハはそれだけ言って、スメラギのデスクに先ほど貰ったトマトジュースの缶を置いた。

 スメラギが首を傾げる。


「おやおや、キミが僕にプレゼントとは珍しい」

「私ではなくメノウ様からです。廊下の自販機でアタリが出たそうで」


 私も貰いました、と言ってシラハはもう一本の缶を持ち上げて見せた。


「へぇー。トマトジュースねぇ……って、何だいコレ、ハバネロって書いてあるんだけど?」

「果肉入りだそうですよ」

「そこは普通、トマトじゃない? まぁトマトも微妙だけど。何で敢えてハバネロの果肉を選んじゃったの?」

「さあ」


 そこはシラハにも分からない。

 けれど、少なくとも開発担当者はこの組み合わせが美味しいと感じ、売れると考えて作ったのだろう。

 そうではなければ商品化なんてしない。


 スメラギはしばらくその缶を見つめたあと、


「……シラハ君、料理出来たよね。ちょっとこれでパスタ作ってくれない? この試作品プレゼントするからさぁ」

「いりませんよ。ああ、でも。それは良いアイデアですね。構いませんよ」


 スメラギの提案にシラハは頷いた。

 メノウから貰った手前、このトマトジュースを無駄にしたくはなかった。なのでスメラギのアイデアは純粋に有難かったのだ。

 シラハが快諾するとスメラギはニッと笑う。


「お願いするよ! いやぁ、実はお腹ぺこぺこでさぁ。今朝から何も食べていないんだ!」

「実質、丸一日食べていないという事じゃないですか。空腹過ぎて狂ったりしても(、、、、、、、)知りませんよ」

「アハハ、それは大丈夫さ。――――だって僕、人間の血なんて大ッ嫌いだからさ。狂ったって求めたりしないよ」


 相変わらずの調子のスメラギだったが、後半部分の声は少し、冷えていた。

 吸血鬼の主食は血液だ。動物の血液も良いがエグみが強いらしく、人間のものの方が吸血鬼達には好まれている。

 けれどスメラギは、どういうわけが人間の血液を摂取する事を頑なに拒んでいて、動物の血と、足りない分を大量の食事で補っていた。

 事情は知らないが彼にとってはそれがよほどの事なのだろう。だからシラハも追及せずに「ええ」とだけ答える。


「知っていますよ、人間嫌いのスメラギ様」

「うん。何よりだよ、吸血鬼嫌いのシラハ君」


 交わされたやり取りは、いつも通りのそれ。

 険悪ではない。けれど決して友好的でもない。

 信用はあるけれど信頼ではない。

 そんな、いつでも破綻しそうな関係を、シラハとスメラギは二年間続けている。


(本当に、メノウ様とイツキ先輩とは大違いだ)


 けれど吸血鬼が嫌いなシラハにとって、スメラギとのこの距離感は、そう悪いものでもない。

 だからこそシラハは、誰も続かなかったスメラギの補佐官を務める事が出来ている。


「じゃあ、お願いするよ、愛しのシラハ君!」

「はいはい」


 ウィンクする上司に軽く返すと、シラハは広報室の給湯室へと向かったのだった。


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