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管理機関プロメテウス広報室の事件簿  作者: 石動なつめ


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2/20

ハバネロ入りのトマトジュース 前編

 

 ゴッドタワーにある管理機関プロメテウス・本部。世界各地にあるプロメテウスの支部を取りまとめている場所だ。

 組織の中には様々な部署があり、シラハが所属しているのは、その内の一つ『広報室』である。


 広報とはその名の通り、プロメテウスの宣伝を担当する部署だ。

 吸血鬼達の食事である献血への協力(、、)や、法の順守を訴えるのが主な仕事である。


 所属しているのは室長のスメラギに、彼の補佐官であるシラハ。それ以外に吸血鬼が二人と人間が二人の合計六人だ。

 この六人であちこちの広報を担当しているのだから、なかなかハードな職場である。

 事実、シラハが本部に戻ってきても、六人全員が揃っているのを見た事はほとんどない。皆それぞれに各地を飛び歩いているからだ。


 ひと仕事を終えたシラハが本部に戻ったのは、上司から連絡が来た三十分後だった。

 時間が時間なだけに人気はない――というわけでもなく。夜が主な活動時間である吸血鬼達は、この時間が勤務時間でもあるためか、大勢の姿が見えた。

 最初は驚いたが、この仕事に就いて二年。さすがにシラハも慣れた。


「あ、シラハちゃんじゃないか。今から出勤かい?」


 歩いていると、少し遠い場所からプロメテウスの同僚に声をかけられた。

 中性的な雰囲気の、格好良い女性が吸血鬼のメノウと、大柄で強そうな熊みたいな男性が人間のイツキだ。

 この二人が、先述の広報室の仲間である。

 おや、と思いながら、シラハは二人のいる自動販売機のところに近づいた。


「こんばんは、メノウ様、イツキ先輩。ちょうど外回りに行ってきた帰りなんです。お二人も仕事の帰りですか?」

「ああ。少し前に戻って来たばかりでね。室長に報告してきたところなんだよ」

「そうでしたか」

「ところでシラハちゃん、見てくれたまえ」


 メノウはそう言うと、自動販売機を指さした。

 ずらりとトマトジュースが並んでいる。吸血鬼達の強い希望で、ワンフロアに一台ずつ導入されたトマトジュース専用の自販機だ。

 メノウの白い指先がその中の一本を指さしている。

 見本のところに『新発売』と書かれたシールが貼られていた。


「ハバネロ入りトマトジュース……」

「美味しそうだろう? しかも面白い事に、ハバネロの果肉入りなんだ!」

「…………」


 即答できなかった。

 シラハはトマトジュースも、辛い物もそんなに嫌いではないが、ミックスして飲みたいかと言われるとそうでもない。

 しかも果肉入りである。いやだ。

 率直にそう思って、助けを求めるようにイツキを見れば、彼は悲痛な顔で首を横に振る。


「フフ……俺はもう、覚悟をしました」

「摂取確定なんですか」

「すでに渡されているんですよ、ホラ」


 イツキはそう言うと、左手を持ち上げた。そこには見本と同じ缶が握られている。

 

「大丈夫だよ、飲めなくなったら私が飲んであげるから!」

「先輩は慎みをもってください」

「慎みでもったいないが救えるのかい? いいや、否だ! 私はこの世から、もったいないを失くしたい!」

「急に壮大な事いわんでくださいよ」


 イツキはジト目になってそう言った。

 このコンビは相変わらず仲が良いなぁとシラハは思った。


 ちなみに吸血鬼の中でもメノウは親しみやすい部類だ。人間に対しても見下すような言動はしない。

 シラハは吸血鬼は嫌いだが、メノウは少し別だ。もちろん最初は警戒していたが、面倒見が良くて気さくな性格の彼女の事は、好印象を抱いている。

 もっとも、スメラギという第一印象最悪の吸血鬼と組んでいるから、よりそう思うのかもしれないが。


 メノウと組めば、もっと穏やかに仕事できそうな気もする。

 そんな事をしみじみ感じていると、


「というわけで、シラハちゃん、これをどうぞ!」


 件の缶ジュースを渡された。しかも二本だ。


「というわけというか、どういうわけで?」

「アタリが出たらもう一本! で、私とイツキ君の分で二回当たってしまってね! スメラギ君にも渡してくれたまえ!」

「さすがメノウ様。相変わらずの運の良さですね」

「いや、このトマトジュースだけ、アタリの確立がおかしいんですよ。さっき買っていた人だって当たっていたし。新商品とか書いてあるけど、実は売れない商品をパッケージだけ変えて、あとはアタリでどんどん出しちまおうとか、そんなんじゃないですか?」


 あり得るのではないだろうか。

 そう思って、シラハは缶ジュースの賞味期限を確認する。

 三カ月だった。ぜったいに短い。

 イツキの言う通りだと確信したシラハだったが、


「イツキ君は想像力が豊かだね! けれど、それが理由ならば、もったいないを失くそうとする努力は素晴らしいじゃないか!」


 なんてメノウは肯定して笑う。何とも、ポジティブな吸血鬼だ。


「ま、まぁ確かに……? 言われてみれば、それはそれで悪くない気が……?」

「だろう! フフ、さすがイツキ君! キミはよく分かっているね! さすが私の補佐官だ! 愛しているよ!」

「ぐっ!? げっほげほ!」

「急に咽てどうしたんだい」

「あんたに慎みがないからですよ!」


 イツキは顔を真っ赤にしながらそう怒る。


(痴話喧嘩みたいだなぁ……)


 少しばかりほっこりしながら、シラハはそう思う。

 同じ言葉を言っているのに、スメラギとメノウとで、こうも印象が変わるとは。やはり人徳の差だろうか。

 そんな失礼な感想を抱いていると、廊下の向こう――シラハの在籍する広報室の方向から、スーツ姿の男が歩いて来るのが見えた。


 ひょろりとした体格に細長の顔、神経質そうな顔にモノクルをかけた吸血鬼だ。絵本の中の吸血鬼をそのまま引っ張り出したような男。

 彼はプロメテウスの銀行部に所属するディンゴ・クロイツ。役職は次長だ。

 スメラギを目の敵にしており、何かにつけて広報室に嫌味を言いながら絡んでくるので、シラハも覚えがあった。


(広報室の方から来たと言う事は、また(、、)か)


 そう思いながら、近くに来た時、シラハは一応は形式的に軽く会釈をする。イツキもだ。メノウだけは「やあ、ディンゴ」と片手を挙げている。

 ディンゴは片目を上げ、


「おやおや、広報室の皆さんじゃありませんか。こんな場所で雑談とは、ずいぶん暇なんですねぇ」


 なんて言った。


「暇に見えるかい? ちょうど外から帰って来たところだよ。そちらこそ、どうしたんだい? スメラギ室長に用事でも?」

「いえ、メノウ様。今のところ、銀行部の次長とやり取りをするような仕事はなかったはずですが」


 メノウの言葉に、シラハはそう補足する。するとディンゴは、ぐっ、とバツが悪そうな顔になった。


「そうなのかい? では君も暇なのだね、ディンゴ! 良かったら、この自販機のトマトジュースをどうだい?」

「ひ、暇ではありませんよ! それにハバネロ入りなんて気味の悪いものを飲めるか! 失礼します!」


 ディンゴは目を釣りあげ、顔を真っ赤にしてそう怒鳴ると、速足で去って行った。

 後ろ姿を見てイツキが「本当にいつも暇だな、あの人……」なんて呟いている。

 それを聞きながら、シラハはひょいと腕時計を確認した。


「すみません、私はそろそろ。スメラギ様に呼ばれていまして」

「あっそうだったのか。呼び止めてごめんね」

「いえ。これ、ありがたくごちそうになります」

「無事に生還してくださいね、シラハさん」

「二重の意味で聞こえますが。では、失礼します」


 二人に見送られ、シラハはその場を後にした。



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