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管理機関プロメテウス広報室の事件簿  作者: 石動なつめ


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18/20

聖人体質の血 後編

 赤黒い物体の、顔の部分。口が開く。牙が見える。

 まずい、

 そう思った瞬間、シラハの身体が勢いよく横に押された。スメラギだ。彼がシラハの肩を押して、狂鬼から回避させた。

 だが、狂鬼の勢いは止まらない。

 シラハが受けるはずだったものを、スメラギが代わりに食らう。狂鬼の牙が、翼の切っ先がスメラギのわき腹を抉る。


「ぐう……!」


 スメラギの顔が歪む。僅かに遅れてシラハは狂鬼を蹴り飛ばし、壁にぶつかった彼女の足に向けて銃弾を撃ち込む。

 ギャッ、と悲鳴が上がり、身体を覆っていた赤黒い塊がパチンと弾ける。


霧の散歩道(プロムナード)……ッ!」


 スメラギはそれを見逃さない。血の芸術(ブラッドアート)で狂鬼を拘束する。

 動きが鈍くなった狂鬼。その首にシラハは手刀を落とす。もう一度短い悲鳴を上げると、狂鬼は白目を剥いて倒れ、身体からは赤い入れ墨がスウと消えた。

 狂鬼の症状は落ち着いたようだ。

 ほぼ同時に、スメラギが床に倒れた。


「スメラギ様!」


 シラハが駆け寄ると、スメラギは痛みをこらえるように息を吐く。

 かけた眼鏡に、僅かに血が飛んでいる。


「迷いました、申し訳ありません!」

「ハハ、だろうねぇ……。キミにしては珍しい……ああ、いや。キミらしいとも言える、かな」


 スメラギの声は掠れている。傷口から血がドクドクと流れていた。


「キミ、素っ気ないフリして、だいぶお人好しだから……さ」


 くつくつ笑うスメラギ。その体に、薄っすらと入れ墨のような赤い光が見え始めた。

 シラハは息を呑んだ。スメラギも自分の身体を見て「ああ」と呟く。


「さすがに血の芸術(ブラッドアート)を連発し過ぎたのと、これじゃ……こうなるか」

「直ぐに外へお連れします」

「キミの体格じゃ無理だ、間に合わないよ。外へ出ても、プロメテウスの広報室長が、狂鬼になって暴れたら厄介だ。……内側にいた方が、評判的には安全。キミはとりあえず、メノウ君達の方へ避難すると良い」

「ですが!」


 このままでは、スメラギが狂鬼になってしまう。

 イカロスで狂鬼になった場合とは状況が違うのだ。あれは、効果が切れるか気絶させれば元に戻る。

 けれど自然になった場合は違う。実際に血が足りていないのだ。イカロスで減った体内の血は、効果が切れれば戻るが、怪我を負った等で失われた血はそうそう簡単に戻らない。

 輸血をするか、血液を摂取するしかない。


(私のせいだ。私が迷ったりしなければ)


 ぐっとシラハは歯を噛みしめる。


「スメラギ様、眼鏡をお借り出来ますか。あとで弁償します」

「壊す前提に聞こえるねぇ……」

「壊します」

「……キミ、何をする気だい」


 スメラギの問いに応えず、シラハは彼の顔から眼鏡を外し、床に置く。

 そして銃のマガジンを片方のレンズに振り下ろした。

 ガシャン、

 と音を立ててレンズが割れる。シラハはその破片を手に持った。


「――――聖人体質の血は飲めます」


 そしてスメラギに向かってそう言った。

 スメラギは軽く目を開く。


 これは公にはされていない事だ。

 触れると吸血鬼を焼く聖人体質。しかしその血は吸血鬼を焼かない。普通の人間と同じように、吸血鬼は摂取する事が出来る。

 ただ、やはりその血は、普通の人間のそれとはだいぶ違うのだが。


 けれど、その話を聞いてもスメラギは落ち着いていた。


「……知っているよ。経験済みだ。僕の……育ての親が、シラハ君と同じ聖人体質だった」


 スメラギは静かにそう言った。え、とシラハは驚く。


「僕はね、人間に育てられたんだよ」

「人間、ですか」

「そう。馬鹿が付くほどお人好しで、優しくて。要領は、あまり良くなかったなぁ……」


 ぽつり、ぽつりと。スメラギは話す。その目は、彼にしては穏やかだった。


「あの人、聖人体質という事を隠していてね。何とか上手くやっていたけれど……ある日、僕が馬鹿をやって大怪我を負って。狂鬼になりかけた時に血をくれた」

「…………」

「すごいよねぇ、聖人体質の血って。ほぼ一瞬で、狂鬼化は収まったよ。……だけど、その後で運び込まれた病院で、バレてしまってね」


 スメラギの目が細くなる。手で、傷口を抑え、一度息を吐いた。


「――――プロメテウスに処分された」

「処分……」

「そう。その頃はまだ、聖人体質を保護しようって考えがなかったからねぇ。あっという間の事だったよ。僕が目を覚ました時には、もうそういう事(、、、、、)になっていた。……シラハ君が産まれるよりずっと前の話だよ」


 スメラギは静かに、淡々とそう語る。

 先ほどカナタが言った「プロメテウスに家族を奪われた」とは、その事なのだろう。

 だが、あまりにも。――――あまりにも、惨い。

 自分の過去と重なって、シラハは顔が歪むのが分かった。


「……シラハ君、僕の事が嫌いでしょ。どうして、そういう顔をしているんだい」

「どういう顔ですか」

「泣きそう。……いやはや、ちょっと嬉しいね。珍しいものを見たよ」


 フフ、とスメラギは笑う。


「あの人の血を飲んだボクは、しばらく他の人間の血を受け付けなくなった。聖人体質の血というのは、そういうものなんだってね。一度口にすれば、引き返せない。まるでドラッグのように。……まぁ僕は、よもつへぐいのようにも思えるけれど」


 よもつへぐい、とは、古い時代にあった話だ。

 死後の世界で作られた食べ物を一度口にすれば、その世界の人間になって、二度と現世に戻れない。

 言いえて妙だなとシラハは思った。


 聖人体質の血液は、一般の人間の血液の倍くらいに燃費良い。味も良いらしい。

 けれどその反面、依存性がかなり強いのだ。一度飲めば抜けきるまで他の血を、一滴たりとも受け付けなくなるくらいに。

 一口飲んだ吸血鬼はその血を求め、聖人体質の人間を襲い、そのまま焼けて死ぬ。そういう仕組みのようだ。

 本当にことごとく、吸血鬼を滅ぼすために存在しているような人間だと、シラハは思っている。


 一応、助かる方法はある。

 抜けるまでの間は輸血に頼るか、ごく少量の聖人体質の血を他の血に混ぜて、慣らしていくかだ。

 公にされていないのは、その事を知られれば人間や吸血鬼問わず、聖人体質の人間が利用されるために狩られる(、、、、)可能性が高いからである。

 共存を掲げるプロメテウスにとって、その情報は、外には絶対に知られてはいけないものとして扱われている。


「だから飲めない、ですか」

「いいや。――――情けない話だがね。あの時の事を、思い出してしまうから、嫌なんだ。人の血が飲めないのもそういう事情でね。だから悪いけど、僕は飲まない」


 それは明確な拒絶だった。シラハは一度目を伏せて「……そうですか」と言うと。

 次の瞬間には、何のためらいもなくレンズの破片で手の平を切った。 

 スメラギがぎょっと目を剥く。


「ちょ、ちょっと、キミ。僕の話を聞いていたかい」

「耳はまだ遠くないので、しっかり聞いていましたが」

「そうか、それは良かった……ではなく。何でそんな事をしているんだい」

「スメラギ様に飲んで貰おうと思いまして」

「……いやシラハ君? 本当に僕の話を聞いていたかい?」


 これにはさすがのスメラギも半眼になった。

 だが、シラハは頷く。


「もちろんです。ですが、スメラギ様が広報室長ではないと、うちの広報室は回りません」

「…………え?」

「責任を取ります。血の提供はしますし、抜けるまで協力します。ですので、飲んでください。私が迷ったから、あなたはこうなった。スメラギ様の怪我は私の責任です。だから。――――あなたを狂鬼には、絶対にさせない」


 スメラギの目をまっすぐに見て、シラハは言う。ぽたぽたと手から血が落ちる。

 それを見ながらスメラギはぽつりと呟く。


「……キミのせいではないよ。キミの性格を把握していて、躊躇いそうな情報を漏らしてしまったのは僕だ」

「いいえ。それでも、判断を迷ったのは私です」


 首を横に振り、シラハは腕を差し出す。


「飲めと」

「はい」

「……キミは本当に」


 そこでスメラギは言葉を区切った。その後、何と言おうとしていたかシラハには分からない。

 スメラギは一度目を閉じた。そして次に開いた時には、赤い目に、拒絶の色は消えていた。

 

「責任を取ってくれるだなんて、まるでプロポーズのようじゃないか」

「そのような意図はございません」

「つれないなぁ。……分かった、飲むよ。だけど、一つだけ条件がある」

「条件?」


 シラハが聞き返すと、スメラギは頷く。


「キミの血を飲んでも、怪我で流れ出てしまう。……だから、シラハ君。焼いて、止めてくれないか」

「ですが、それは」

「聖人体質の血を上手く使って、ほんの少しずつ触れれば何とかなる。――――これも、経験済みでね」


 フフ、とスメラギは笑う。そしてシラハを見上げて「やってくれるかい?」と聞いた。

 シラハは自身の手と、スメラギの傷口を順に見る。その間にもドクドクと血は流れている。

  時間がない。


「――――やります」

「それでこそ僕の補佐官だ。――――では、頼むよ、愛しいシラハ君」


 少しだけ楽しそうなスメラギの軽口を聞きながら、シラハは傷口に手を伸ばした。

 

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