リンゴの香りの招待状 後編
お披露目されたエイカ・アサクラの新作ジュエリーは、蝶々がとまった花をモチーフにしたイヤリングだった。
花の形のローズクォーツに、プラチナで作られた蝶。散りばめられた小さな宝石。
揺れるたびにキラキラと輝くそれは、遠目で見ても美しい。
「へー、実物を見ると綺麗なもんだねぇ。招待客の中に何人か、同シリーズの物をつけている人がいるみたいだし」
「実際にトロイメライシリーズは人気ですからね。あとは忖度では?」
「言い方! だけど、そうだねぇ。やっぱりシラハ君にも用意しておけば良かったかなぁ」
「御冗談を、似合いません。スメラギ様の方がお似合いでは?」
「褒められているのかどうなのか、微妙に悩むところだね!」
そんなやりとりをしていると、壇上のエイカが手を広げ、
「では、ここで私から皆様に、ささやかですが贈り物がございます!」
と、よく通る声で言った。
すると会場の端に控えていたスーツ姿のスタッフが、各々トレイに箱を乗せて、招待客に近づいていく。
何だろうかと思っていると、程なくしてシラハ達の所にもやって来た。
「どうぞ、こちらを。エイカ・アサクラより、皆様へ。本日の記念に、今作のイヤリングと対になっているブローチです」
と言ってトレイの上の箱を開けた。中には、先ほどエイカがお披露目したジュエリーと、よく似た形のブローチが置かれている。
違うのはローズクォーツで出来た花弁の一枚が、別の赤い宝石になっている事だろうか。
こちらも綺麗なデザインだ。けれど、とシラハはスメラギを見る。さすがに受け取るには高級過ぎるのだ。
「ま、いいんじゃない? くれるって言うんならさ。スタッフさんも次へ行けないから、ほらシラハ君も受け取って」
「無料より高いものはないと言いますが……承知しました」
スメラギが受け取るのを見て、シラハも手に取った。二人がブローチを手に取ると、スタッフは別の客の方へと歩いていく。
見送りがてら周囲を見れば、皆それぞれ、受け取ったブローチを着けているところだった。
なるほど、確かに。さすがに身に着けないという選択肢はないだろう。
とりあえず、着けた方が良いのだろう。そう思ってブローチを持ち上げた時、赤い宝石が目に留まった。
綺麗で、美しいそれ。最初はルビーかと思ったが、こうして近くで見ると、違うものに感じられた。
「…………」
少し、気になった。身に着ける前に、シラハは指でそっと、その宝石に触れる。
途端にその花弁が、ボウッ、と音を立てて発火した。
シラハは反射的に、ブローチを手で握る形で火を隠す。
そして同時に、もう片方の手でスメラギの腕を掴んで止める。
だがスメラギもシラハのブローチの異変に気付いたのだろう。まだブローチは手に持ったままだった。
シラハが触れて――――聖人体質の人間が直に触れて燃えるのは、吸血鬼絡みの何かだ。
周りから見えないように、スメラギはブローチをシラハに渡す。シラハがそれを受け取って握れば、同様に赤い宝石部分が燃えた。
「スメラギ様」
「うん。シラハ君、いったん会場の外に出るよ」
素早く周囲の様子を確認したスメラギは、表情は笑顔のままそう言うと、そっと扉に向かって歩き出す。
シラハもそれに続いたが、扉の前には屈強そうなスタッフが立っていた。スタッフというより、ガードマンという方が相応しいかもしれない。
彼は扉に近づいたシラハ達を見て、僅かに首を傾げた。
「どうなさいました、お客様?」
「ああ、すまないね! 実は急な仕事の連絡が入ってしまって。会場の中だと邪魔になってしまうから、少し外に出させてもらいたいんだがね!」
スメラギは上着の内ポケットからタブレットを取り出すと、スタッフに見えるように掲げた。
それにしても、相変わらずよく回る口である。そんな失礼な感想を抱きながら、シラハはスメラギの言葉を聞いていた。
しかし。
「なるほど、そうでしたか。ですが、申し訳ございません。そろそろエイカ・アサクラの話も終わりますので、もう少しお待ちいただけますか?」
にこにことスタッフは笑って、スメラギの頼みを断った。
「待てたら良いのだけどね。あいにくと、急ぎなんだ」
「そうですか、では――――」
スタッフがそう言った直後。瞬きする一瞬で、彼の服の袖から銃が滑り落ち、スメラギのタブレットを撃ち抜く。
「これなら、お出になれないでしょう?」
そしてスタッフはそう笑った。
あらま、とでも言うように、スメラギは穴の空いたタブレットを見る。
「ちょっとちょっと、乱暴じゃない? 高いんだけどねぇ、コレさぁ」
「それは申し訳ございません」
まったく悪く思っていない調子で、彼は謝罪の言葉を口にする。
(なるほど。つまり、まとめてグルという事か)
シラハがそう判断していると、背後でざわめきが聞こえ始めた。それと同時に、バタバタと人が倒れる音も。
二人が振り返れば、そこは異様な空間と化していた。
会場にいた招待客のほとんどが床に倒れて、まるで眠っているかのように目を閉じている。
倒れた者の胸では、先ほど配られたブローチが、赤く光を放っている。
無事でいるのは、ブローチを着けていない者達だけだ。
「これはまた、派手に始めたものだねぇ」
呆れた調子でスメラギが呟く。
エイカ・アサクラの新作ジュエリーのお披露目会に来ていた者達は、そのほとんどが有名人だ。
そんな場所でこれである。よほどの度胸か、自信があるのだろう。
「おやおや、やはり。さすがプロメテウスのお二人だ。よくお気づきになられた」
壇上から、エイカがシラハ達を見てそう言った。
薄く微笑む笑顔に向けて、スメラギが肩をすくめて見せる。
「褒められたよ、シラハ君」
「嬉しくない褒められ方をされていますね」
「あっはっは、同感だ!」
そして笑うと、スメラギはすうと目を細くし、
「聞く方が野暮という感じもするけど、一応聞いておこうか。これは、どういう事かな? エイカ・アサクラさん」
「フフ。嫌だな、スメラギさん。ご存じでしょう、私の事は。あなたはそういう目的で、私のアトリエを訪れたのですから」
エイカはさらりとそう返す。声こそ明るいが、お互いの目は決して友好的ではない。
「まぁ、ですが、ここはお答えしましょうか。見ればお分かりかと思いますが、私はあなた方の仰る反乱分子――――の関係者、というわけですよ」




