完璧な彼女 下
一日に無事仕事を納められたので二日彼女の両親に挨拶に行った。実家から送られてきていた冷凍の蟹を持っていったので夜はそれを使った鍋になった。彼女がいつも以上にニコニコしていてどうやら僕と自分の両親が仲良くしているのを見るのが嬉しいようだった。
「夜遅くまですみませんでした。」
「いいのよ泊まっていけば良いのに。」
「そうだ、そうだ。」
「すみません、明日は実家に帰ろうと思っていて。」
「そう、じゃあ運転気を付けてね。」
「はい、それでは失礼します。」
彼女の両親に見送られて車を出発させた。彼女は蟹を食べつつ熱燗を飲みベロベロになってあっという間に眠ってしまった。
実家はおせちは作っていないようでお雑煮だけを食べて後は餅位だった。昼には飽きてしまい弟と二人でファストフードのドライブスルーに来た。
「俺はセットとバーガーもう一個食べる。兄ちゃんは?」
「うーんいつも来ないから何を食べようかな。」
「彼女さんが美味しい料理を作ってくれるもんな。母ちゃんはバーガーだけで父ちゃんはナゲットだけ大量に買うてこいって。」
「んーじゃあ新しいバーガーのセットにするわ。」
「じゃあ兄ちゃん頼むな。」
「はいはい。」
ドライブスルーを終え実家に戻ると彼女から電話がきていたので弟に荷物を全て持たせて車の中で折り返す。
「ごめん、今気が付いた。どうした?」
「なんかー声が聞きたくなって!けんくんの。」
「声って明日には会うじゃないか、ていうか昼から酔ってるのか?」
「お正月だもん。」
「まあそれもそうか。楽しそうで良かったよ。」
「うん、楽しいよ。また明日ね。」
「ああ、また明日。」
「おかえりけんくん。」
彼女が玄関で俺に抱きつき離れない。
「ただいまってまた飲んでるのか?」
「お正月だもん。ねえけんくん。」
僕の顔を引き寄せてキスをし体に触れていく僕も同じように彼女の服を脱がし体に触れる。僕達は久しぶりに一緒に眠った。
「初詣行くか?」
「うん。行く。」
二人でいそいそと服を着て神社に向かう。四日の夕方ともなれば人は少なめで待たずに賽銭箱まで辿り着ける。僕は二人の健康と事故がないように祈った。
帰りに甘酒が飲みたいと彼女が言っていたので買って渡す。
「どこか開いている店はないかな?」
「うん、お腹空いたね。」
「ファミレスなら開いてるかな?」
「そうだね。駅の近くの。」
「ああ。」
ファミレスでステーキとハンバーグを頼み彼女がステーキを一口食べたいと言うので一口サイズに切ってフォークにさし食べさせてあげるとまた嬉しそうに食べている。なんだか子供みたいで僕も笑ってしまった。
「何してるんだ?」
夜中に目を覚ますと彼女が隣におらず冷蔵庫の前に立って缶チューハイを飲んでいた。
「あっこれはちが。」
「眠れないのか?」
「……うん。」
「そうか。」
僕は彼女に近付き優しく抱きしめる。可哀想に思って頬にキスをしてそのままもう一度抱きしめる。
「さあベッドに戻ろう。」
「うん、でもこれ後ちょっとだから飲んじゃうね。」
「ああ。」
僕がベッドに入ると彼女がすぐに戻ってきたので安心して眠りについた。
「今日は仕事だろう。」
「うん。」
「これお弁当、気を付けてな。」
「うわぁありがとう。けんくんは七日からだもんね。」
「ああ、明日まで休みだ。」
「残念、私も一緒に休みたかったな。」
くしゃっと笑う彼女を久しぶりに可愛いと思った。
「はいはい。行ってらっしゃい。」
「ただいまぁ。疲れたぁ。」
「おかえり夜鍋にしたけど食べるか?」
「うん。ビールも。」
とコンビニの袋を僕に見せる。
「おお、じゃあ先に風呂入れば?寒かっただろ。」
「けんくん優しいね。」
「別に。」
彼女に言われて気が付いた確かに最近、彼女の為に何かをしてあげようという気持ちになる。
「乾杯!!」
「ああ、よそってやる。」
彼女は一気にビールを飲み干しコンビニの袋から500mlの缶チューハイを開けて飲み始めた。
「明日も仕事だろ大丈夫か?」
俺は鍋を皿によそいながら言う。豆腐と白菜と鶏肉だけにしておく。うどんと豚バラも入っているが避ける。
「大丈夫よ!あー豚肉も入れてよ!」
「夜だけどいいのか、良いなら入れるよほら。」
「うわぁーい。美味しい。」
「良かった。」
結局、500mlの缶チューハイを飲み干しもう一度350mlのビールも飲みきっていた。
「けんくん。」
「悪い、うるさかったか?」
彼女をベッドに寝かせた後、小さな音で映画を一人で見ていたら彼女が起きてきた。時計を見ると一時前だった。
「ううん、なんかまた眠れなくて。」
「酒はやめとけよ。」
「う、でも眠れないの。」
「それでもやめろ。」
「う、ん。」
そしてだんまりを決め込みモジモジしながら冷蔵庫の前をウロウロしている。
「ああ仕方ないな。350の方、一本だけだぞ。」
「うん!!」
そして三口で飲み干し満足そうにベッドに戻っていった。僕は一時停止していた映画の再生ボタンを押した。
「うえ、けんくん。しんどい。」
「そりゃそうだろ。」
僕はコーヒーを渡す。彼女が顔を背けるので仕方なく優しく飲ませる。朝食も食べないと言うので粉のコーンスープをお湯で溶かす。
「ほらコーンスープだぞ。」
「うぇ。」
「ほらあーん。」
ふうふうしてから飲ませてやる。つい最近までこんな彼女の姿有り得なかったのに。
「あーん。美味しいけどうぇ。」
「おい、大丈夫か?今日は絶対に飲むなよ。」
「はーい。」
「はいお弁当これな。」
「ありがとう。うー。」
「ただいまぁ。」
「おかえり、今日仕事出来たのか?」
「なんとかぁ。」
「明日から大丈夫か?」
「大丈夫。けんくん先に出ちゃうし気を付ける。」
「まあそれならいいが。」
「今日は飲まない。けんくんの言いつけ通りにする。」
「あ、ああ。今日は豆腐そうめんのにゅうめんにした。キャベツとナスとうす揚げの味噌汁だ。」
「美味しそう。お風呂入ってくる。」
なんか元気がないな。しょんぼりと浴室に向かう彼女の背中を見ていた。
「ただいま。」
「けんくんおかえり!」
「ああって飲んでるのか?」
夕食を作りながらまた手に缶チューハイを持っている。髪も乾かさずに。
「今日は反省したから一本だけ。それよりけんくん仕事どうだった?」
「いつも通りだったけど。」
まあ一本ならいいか。僕は彼女の背後に引っ付きフライパンを覗き見る。僕に少しもたれた彼女が笑って言う。
「そう、良かった。今日は生姜焼きだよ!」
「美味そうだなぁ。風呂入ってくる。」
「うん!」
「おかえり!今日は早かったね!」
「ただいま。」
今日は飲んでないみたいだな。
「今日はカレーだよ!」
少し気になったので声をかける。
「ああ、ありがとう。なあ仕事辛いのか?大丈夫か?」
「大丈夫よ!全然問題ない!お風呂入ってきて!」
「ああ、ありがとう。」
次の日もその次の日も飲んでいない。そして彼女は出勤で僕がたまたま休みになったのでいつも通りに起きて朝ごはんを作って待っている途中でトイレに行き戻ってくると朝から缶チューハイを飲む彼女と目が合った。
「え、けんくんなんでいるの?」
「休みなんだよ。ていうか仕事前に飲んでるのか?」
「あっこれは…。」
後ろ手に隠されてももう見てしまった。
「本当に大丈夫か?何かあったんじゃないのか?」
彼女を優しく抱きしめる。どうしてこんな。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
理由も言わずに泣きじゃくるので代わりに彼女の会社に電話をかけた。
「もしもし、私佐野の婚約者の鷹見と申します。はい。いつも佐野がお世話になっております。今朝から佐野の体調が悪いようでして大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんが本日はお休み…はい…はい。よろしくお願い致します。失礼いたします。」
彼女のスマホを返すと泣きながら謝り続ける彼女を抱きよせる。
「けんくんごめんなさい。ごめんなさい。」
「泣かなくていい。今日は休みにしてもらったから。一緒に居よう。」
「本当に仕事とかじゃなくて、ごめんなさい。ごめんなさい。」
彼女をダイニングの椅子に座らせてコーヒーの準備をする。
「大丈夫だから、さあコーヒー飲んで。」
「ありがとう。」
「じゃあご飯食べよう。」
「うん。」
昨日の夜に飲んだらダメだと言い聞かせておいたので大丈夫だと思うが家に帰るまで心配で仕方がなかった。
「おかえり、今日は揚げ出し豆腐とナスのはさみ揚げだよ!」
「おお、美味そうだなぁ。」
良かった、酒を飲んでもないし会社にも行ったようだ。
「けんくん、お風呂も湧いてるよ。」
「ありがとう。」
安心してさっと風呂に入った。
「すみません、鷹見さんの携帯でよろしかったですか?」
「はい、そうですが。えっとあなたは?」
「申し遅れました私、佐野さんの後輩の木下と申します。えっとなんとも言いづらいのですが、佐野さん朝から飲酒をして出社したようでして、フラフラだったので一度仮眠室で寝かせまして。何とか他の者には知られずにタクシーには乗せられそうなので後はお任せしても良いでしょうか?」
「えっ!分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。すぐに出ます!20分で帰りますので!」
「分かりました。こちらの会社からはタクシーだと15分か20分位だと思うのでもう少ししたら乗せますね。すみません一緒に帰る事ができたら良かったのですがこちらも忙しくて。」
「いえ!ありがとうございます!」
スマホを切ってすぐに上司に相談し後輩に引き継ぎをして会社後にした。タクシーを必死に捕まえて何とか20分で帰る事ができた。彼女と同棲を始める時にそれぞれの仕事場の真ん中に家を借りようと決めていたのが功を奏した。
「良かった彼女のタクシーはまだ来ていない。」
マンションの前で待っていると5分程でタクシーがやってきた。彼女をおろし料金を払って礼を言う。うんざりとした表情のまま消えて行った。
「大丈夫?。」
「う。」
「とにかく話はあとだ。家に帰ろう。」
「うーん。」
そして玄関先で吐かれた。幸い靴にかからなかったが。彼女を着替えさせた後自分も着替えて洗濯機をまわす。
風呂を沸かして玄関の掃除をしてリビングに戻ってくると彼女が冷蔵庫の前で缶チューハイを飲んでいた。
「何してるんだ、どうして飲んでるんだよ!」
「なんで飲むかって?だって…だって心配してくれるんらもん!一緒に住んでからいっつもいっつも私がどんらけ尽くしても愛してくれない!私ばっかり好きなまま!」
髪を振り乱し舌足らずで鼻声で話す彼女。
「な、何を言ってるんだ?」
僕の叫びを飲みながら聞いている。
「らって、飲んでたら気にかけてくれて。なんれもしてくれるんらもん。私に尽くしてくれて愛してくれる。あたしの事この前可愛いって思ってくれたでしょ。分かるんだよ!」
確かにそうだ、玄関に倒れ込んでいる彼女を見た時不思議と嬉しかった。
「…。」
吐きそうになりながら彼女が叫ぶ。
「お酒を飲んでる時だけなの?じゃあお酒を飲んでいない私ってなんなの?けんくんに愛してもらえないなら私なんて…ずっと考えてたけんくんに愛される方法、それがこんな。そしたら私怖くて…震えが止まらなくておかしくなりそうだった。でもねお酒を飲むと止まるの。お酒を飲まないとけんくん一緒に居るのも怖いの。」
「僕と居るのが怖い?」
「怖いよ。だっていつ他の女にとられるのか時間の問題だった。こんなに好きなのに後はフラれるのを待つだけなんて気が狂いそうだった。だから何でもしてあげて完璧な女性になったのに、完璧を目指せば目指す程けんくんが遠くなっていくの!だから必死に飲んでるの!」
そしてまた一口飲んでゲホゲホと咳き込む。そんな彼女を見て可愛いと思う。
「おい、飲むなよ。」
冷蔵庫の前に転がる缶を見て言う。彼女は僕の言葉を無視してまた一口飲みながら笑っている。
「うふ、大丈夫。えヘヘ、けんくん私の事好き?」
飲み切った缶を置いて濡れた手で僕の顔を触る。
「好きだ。」
「ふっ。」
僕の言葉に呆れた様に鼻を鳴らして新しい缶を開けてまた酒を飲む。もう酒を止めるつもりもない僕は彼女の言葉の続きを待っている。
「壊れていく私が好きなんでしょう。」
「は?」
「けんくんは私が壊れれば壊れる程愛してくれる。落ちれば落ちる程尽くしてくれる。終わっていく私を見て喜んでた。」
「わかった。分かったから。もうやめよう。」
「どうして?お酒を飲んでいない私を愛せる?」
そこで僕の服に盛大に吐いた。彼女の申し訳なさそうな汚い顔に気持ちが昂りキスをした。
「僕は…僕の為にここまでしてくれる人は初めてだ。愛してる。」
「けんくん。じゃあ一生そばに居てね。」
「ああ。誓うよ。」
それから嘘みたいに彼女は飲む事をやめ以前の完璧な彼女に戻った。
あぁやはり彼女は最初から完璧で破綻していたのだと理解する。僕を捕らえる為の罠だったのだ。
「けんくんどうしたの?」
彼女の完璧な笑顔にふっとあのボロボロの彼女の顔を重ねる。僕はもう彼女に囚われている。