完璧な彼女 上
僕の彼女は完璧だ。
20時以降は白湯以外口にしないし夕食では炭水化物を食べない。お風呂上がりのスキンケアも頭から爪先まで入念で胸まである栗色に染めた髪も綺麗に乾かしている。遅くても23時にはベッドに入りスマホは持ち込まない。
「どうしたのけんくん?」
「ううん、なんでもない。」
今も僕の為の夕食を作りながらスキルアップに必要な資格の勉強をしている。彼女はスープやサラダだけなので僕の為に別の食事を用意してくれているのだ。もう風呂を済ませたので洗濯もしてくれているし帰ってきて掃除機もかけてくれていつも綺麗な部屋を保ってくれている。
「はあ。」
「けんくん何かあった?」
彼女の顔も見ずに素っ気なく返事をする。
「ううん、何もないよ。大丈夫。」
そして彼女を無視しスマホを片手にトイレに行く。同棲を始めて一年僕達の関係は完全に冷めきっている。一緒に住む前は彼女の完璧ぶりをそういうものだと理解していたけれど住み始めると目について仕方がない。嫌味なく全てをしてしまう君にイラついてしまう時さえある。そういう時は彼女から離れるようにしている。きっと彼女も気付いている。僕達は時間の問題だ。
「ただいまぁぁぁ。」
忘年会から帰ってきた彼女はへべれけで珍しく完璧ではない姿だった。
「大丈夫か?ほら立って。水を持ってきてあげるから。よく一人で帰ってこれたな。」
靴を脱がしコートとジャケットを脱がせて抱きかかえる。
「んーん。後輩が近くに住んでて送ってくれたの!」
「そうか。ソファに座って。」
「はーい。」
「水飲んで。」
コップに水をいれて渡すとコクコクと水を飲み目を潤ませてこちらを見ている。
「ありがとう。けんくん。」
「ああ、お風呂入れる?」
「えーああ。」
と考えながら眠ってしまう。僕は仕方なく服を脱がせていく。もう今日はいつも着けてるブラは良いだろう。パジャマを着せて彼女がいつもしているように化粧を落としていく。アイメイクはポイントリムーバーをコットンに染み込ませて閉じ目に少し置き擦らないように優しく落とす、その後、バームを手で温めてから顔に塗る。ここまでしているとさすがに目が覚めたのか彼女が目を開けた。
「えっけんくんがしてくれたのありがとう。」
「ほら後は顔を洗うだけだから、洗面所に行こう。」
「うん。」
そして優しくバームを流して洗顔フォームをネットに付けて泡立てる。そしてまた擦らないように泡で顔を洗い何度か顔に水をかけて泡を落とす。
「ほらできた。」
僕が満足そうに言うと彼女が珍しく子供みたいに笑って喜んでいる。
「けんくん、すごいありがとう。」
「いつも見てるからな。」
「けんくん本当にありがとう。私、本当に嬉しい!」
僕に抱きついて言うので抱きしめ返す、体が触れ合ったのはいつぶりだろう。
「けんくん、私やっぱりお風呂入ろうかな。」
「ああ。気を付けてな。」
「うん。」
「ただいまぁぁぁ。」
「おかえり、今日も飲んできたのか?」
「今日は会社で仕事納めの会があったの!」
「そうか。」
今日は靴を脱いだ途端ぺたりと座り込んでしまったので、昨日したようにコートとジャケットを脱がせて抱きかかえる。昨日と違うのは彼女がなかなか立ち上がらない事だ。
「どうした?」
「抱っこして。」
「はあ、仕方ないな、ほらおいで。」
僕が屈むと首に腕をまわすのでゆっくり立ち上がり彼女のお尻を支えてリビングのソファまで歩く。彼女は嬉しそうに僕の肩に顔を埋めている。
「けんくん、あったかいね。」
「風呂入ったからな。」
「ふーんお風呂ね。」
「さあ降りろよ。」
「やだ。」
「おい。」
「このままお風呂に入りたい。連れてって。」
「そんなキャラだっけ?」
降りる気配がないので仕方なくそのまま連れて行く。脱衣所兼洗面所でやっと降りてくれたので出て行こうとすると腕をつかまれた。
「なんだよ。」
「お風呂にいれて。」
「嘘だろ。」
「本当。」
「はあ。」
深くため息をついて服を脱がし風呂の椅子に座らせる。頭から雑にシャワーをかけて頭を洗う。その間、彼女は雑に化粧を落としている。
全てを終えて彼女が湯船に浸かると言うので入浴剤を入れてやる。
「ありがとう。」
「ああ、もう出るぞ。」
「ねえけんくん、私の事まだ好き?」
僕は彼女を見て少しゾッとしてしまった。さっきまで酔ってヘラヘラしていたのに今は真顔でこちらを見ている。
「何言ってんだ?」
「ねえ好き?」
表情を崩さずにもう一度言う。彼女に全てを見透かされる様な気がして目を逸らす。
「そうじゃなきゃここまでしないだろ。」
彼女から逃げる様に言い浴室から出た。
「けんくんおかえり。夜ご飯もうすぐできるよ。」
良かったいつもの彼女だ。昨日は続きを話す事が怖くて先に寝てしまって朝もいつもより早く出たので何かを言われるなら夜だと思っていたが…まさか覚えていないのか。
「ただいま、ありがとうって珍しいね家で飲むなんて。」
夕食を作る彼女の手元には缶チューハイがあった。
「大人になったのかお酒が美味しいって思い始めて。コンビニで買ってきちゃった!」
珍しい、健康と節約の為に特別な日以外には飲まなかったのに。
「そうか、美味しいなら良いんじゃないか。」
「けんくんの分もあるよ。」
「ありがとう、でも仕事が忙しくて明日も早いんだごめん。食べたらさっと風呂に入って寝るよ。」
明日早出なのは嘘じゃない、仕事が忙しいのも事実だ。
「そっか、じゃあご飯すぐに出すね。」
「助かるよ、ありがとう。」
すると彼女は微笑んだ。
「ふふっ。」
「どうしたんだ?」
「だって久しぶりだったから、助かるなんて。嬉しい。」
確かに久しぶりに言ったような。彼女を世話して触れて少し気持ちが戻ったのかもしれない。
「あーすまない。いつも感謝してるよ。」
「ううん、けんくんありがとう。なんだか久しぶりにちゃんと話せてる気がする。」
「大袈裟だな。」
「ただいま。」
「あっおかえり!」
少し慌てた様子で何かを隠したので見るとまた違う缶チューハイだった。
「別に隠さなくていいよ。毎日、仕事終わりに飲む人も多いだろ。」
「あ、うん。ありがとう。」
「仕事大変なのか?」
「ううん、大丈夫。」
嬉しそうに微笑んでいる彼女とキスをした。彼女から自然に久しぶりなのと謎のタイミングに動揺したがもう一度唇を重ねた。
次の日の朝、昨日の事が気にかかってお弁当を作っておいたが、今気が付いた。そうだ彼女は仕事を納めたんだった。まあいいかお弁当位どこかのタイミングで食えるだろ。今日は30日だしそろそろ彼女は実家に帰省する筈だ。一応良かったら食べてとメモを貼って家を出た。
「おかえり、けんくん。お弁当ありがとうね!」
「ああ、そういえば帰省はいつするんだ?」
「明日、朝一番で帰ろうかなって。」
「そうか車で帰るんだろう。気を付けてな。」
「うん、けんくんは仕事終わりそう?」
「いや、一日も出勤だな。」
「そう。大変だね。」
「だから二日に挨拶に行くってご両親に伝えておいて。」
「うん、わかった。」
彼女がいない寒い部屋で年越し蕎麦を食べて眠りについた。