大好きだったモノ
ミトくんに会ったのは暗くてうるさいバーのカウンターだった。友達のバカップルと来ていて速攻はぐれたので2人を探している最中だった。カウンターで休もうとお酒を頼んで1人でビールを飲んでるミトくんを見た瞬間。ビビビって雷が落ちたみたいに全身に電流がかけ巡った。
「お兄さん、1人?お連れは?」
忘れもしない。じっと見つめてしまってミトくんが会釈をしてくれてやっと絞り出した言葉がこれだった。なんとも無礼な問いかけ。
「いや、居ないよ。1人でこれだけ飲んだら出るつもりだから。」
メガネをあげながら笑顔でミトくんが言葉を返してくれたそれがとても嬉しくて私もニッコリ笑顔で返す。二重の目が優しく垂れて私を見ている。その瞳の綺麗さに言葉を失いかけながらまた言葉を絞り出す。
「同じのを一杯奢るからお話ししない?」
ミトくんはびっくりしたのか少しだけ目を見開き頷く。
「いいですよ。ご馳走になります。」
それから意気投合して2時間話し込んでいた。ミトくんは昔、映画監督志望の若者だったけど今は映画の配給会社に勤めているらしい。映画の道だけは捨てられなかった未練がましい男なんだ、と寂しく笑っていたのを今でも覚えている。でも映画の話になると目をキラキラさせていた。私は普通のOLだけど映画は大好きだったからミトくんの話についていけてそこがミトくんも気に入ってくれたみたいだった。そこから何回かデートを重ねて5回目のデートで言葉に出して付き合おうって言ってくれた。
私たちのデートは専ら映画館デートかお家で映画鑑賞デートばかりだった。感想を言い合ったりあのシーンが好きだとか僕ならこう撮りたいとかそんな事ばっかりだったけどとても楽しかった。なんだかミトくんの深い所まで見せてもらっているみたいで特別なんだって感じてた。
「ミトくん今日は何を見るの?」
「今日は旧作のイタリア映画を見ようと思ってるよ。僕が好きな映画だから君にも見て欲しくて。ブルーレイは家にあるから何か食べるものを買いに行こうね。」
「うん。何かお酒も買いましょう!」
「そのつもりだよ。」
ミトくんが出会った頃と変わらない笑顔で頷き私の手を握る。外で手を握る事が恥ずかしかったのにミトくんと付き合い始めてからもう普通の事みたいになっていた。
「ねぇ後3ヶ月で付き合って2年だね。どこか美味しいレストランでお祝いしない?」
私は少し窺うように言う。前の彼は記念日とか嫌いだったしミトくんも重いってなるかもしれない。1年目は祝ってくれたけど2年なんて祝う必要ないって思ってるかも。
「いいね、素敵だ。ぜひ2人でお祝いしよう。」
出会った時と同じ笑顔で頷いてくれる。
「良かった!約束ね!私とっておきのレストラン予約しとくね!」
と私がスーパーの入口の前で小指を出すと、
「ふふ、そんな子どもみたいに。大丈夫約束するよ。」
ミトくんがそっと小指を出して絡ませ指切りをしてくれてそのまま手を繋いでくれる。そして仲良くスーパーでお買い物を始めた。
「ご飯は何にする?」
「そうだなぁ、寒いし鍋とか?」
「それなら家にお正月で余ったお餅があるからそれも入れよう。」
「わーい。そうと決まれば鍋つゆ買う?」
「そうだねお餅を入れるならなんだろう?ちゃんこ鍋風?っていうのがあるけど。」
「それがいい!美味しそう!」
「さあ、ある程度買い物したし帰ろう。」
「はーい。」
袋詰めを終えてエコバックを1つずつもってスーパー出た時だった。ミトくんが女性とぶつかった。私はこの出来事を一生恨むと思う。
「ミト?」
そしてミトくんの腕を掴んだ。ミトくんも自然に手が触れる。
「サラ?こんな所で。」
「ええ。家が近所でってごめんなさい。彼女さん?」
「ああ、今お付き合いしている。」
「そう、急にすみません大学時代の友人でサラです。」
サラという女性が会釈をしながら言う。
「どうもこんにちは。」
とぎこちなく会釈を返す。
「それでミトはまだ映画を撮ってるの?」
「いや、もう撮っていないよ。だけど映画にちょっと関係のある職に就いてる。」
「そっか……。」
「ミトくん。」
私がそっと腕を引っ張るとミトくんが小さく笑いかけてくれて話を切り上げようとしてくれた。
「ああ、ごめんね。帰ろうか。じゃあサラ。」
その女性がミトくんの言葉を遮るように話す。
「待って!彼女さんごめんなさい。後数分だけ。今、トシユキが映画の脚本書いててこれに人生の全てをかけるって意気込んでて。私も手伝ってる、ていうか映画研究会全員。だけどミト。あなたが足りないの!あの映画にはあなたが必要だわ!お願い監督として私たちの所へ来てほしい!皆あなたを待っているわ!私も……。」
「サラ……。」
そして手を取り見つめ合う2人。
何故だろう、私は今、映画が大嫌いになっている。