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憧れ


「明日、まだ日が昇る前に2人で村を出よう。君が私を選んでくれたなら、私も君だけを選ぶよ。次期村長の座なんて捨てて君とどこか遠くで暮らそう。」


私はこの言葉を信じて彼を待った。日が昇る前に言われた場所で、姉の式の為に仕立ててもらったワンピースに腕を通して彼を待った。暗くて寒い中、日が昇り始めて、完全にお日様が姿を見せて、日が落ちていきまた暗くなって。それでもずっと待った。

この村から出ることのできる唯一の道の近く、彼との秘密の場所。2人で隠れて会うのはいつも決まってこの場所だった。村の者があまり近寄らない崖の近くの見晴らしのいい岩の裏。

私は彼を信じてずっと待った。最初は彼に何かあったのかと不安になって、その後裏切られたのかと怒りを感じて、愛する人に対して疑うなんてと自分を責めて、また彼の身に何かあったのかと不安になっての繰り返し。

なんだかデパートで迷子になった時を思い出した。もう誰とも会えないような、だけど心のどこかで迎えを期待しているような。それでも彼は来ない。朝日が現れても彼は現れない。

私は無心で待った。待って、待って、待って、ずっと待って気が付くと私は岩になっていた。



「この木の実美味しいね。」

「ふふ、そうね。でも食べ過ぎちゃダメよ。皆にも残しておいてあげないとね。」

「はーい。」

「さあ家に帰りましょう。今日は皆で重なって寝ましょうね。」

「わーい。藁の寝床だーいすき。」

「うふふ。」


「ええ好きよ。」

「僕も君が1番好きだ。一緒になろう。」

「ええすぐに結婚しましょう。」

「ああこちらの両親は喜んでいるよ。」

「まあ嬉しい。私の両親もよ。」


「ここが村かー遠かったなぁ。でもやっと豊かに暮らせそうだ。見てごらんあの青々とした草木を。」

「ええ素敵ね。この子もきっと喜ぶわ。」

「そうだね。元気に産まれてくるのが待ち遠しいよ。」

「美代子も友達ができるといいなぁ。」

「えぇすぐに馴染むわ。大丈夫もうすぐお姉さんですもの。」

「ふふそうだね。」


「恥知らず!娘を離して!村から出て行きなさい!」

「いやぁー!」

「待ってください!僕達は愛し合っているのです!」

「五月蝿い泥棒が!消えなさい!」

「待って!待ってください!」

「君のような者とうちの家系が釣り合うとでも?出て行け。」


「ねえ今日のおやつ何かな?」

「そうねえ。今日はクルミじゃない?」

「そっか。もうそろそろ冬眠だねぇ。」

「えぇ、でも大丈夫よ。なんにも心配いらないわ。」

「お父さんもお母さんもたくさん木の実を集めてるもん。」

「ええ帰りましょう。」


「綺麗ねここからの景色が1番好き。」

「あーぅー。だぁ。」

「ふふそうね。パパも帰って来るから帰りましょうね。」


「綺麗な星だなぁ。最期に見られて本当に良かった。ここから飛び降りたらやっと終わるんだ。やっと終わる。さようなら。」



色んな記憶、全てを見てきた岩の記憶。人や自然の記憶。


「私なんてちっぽけなんだなぁ。」

「そんな事はないよ!君は誰よりも素敵だ!…やっぱり…君は…外に出るんだよ!君はここにいてはいけない。」

「外?」

「ああ都会へ行くんだ!もっと大きな世界を見てくるんだ!」

「一緒に行かない?」

「私は…きっと無理だ。村長の息子だから。」

「そ、そっか。」

「ああ。君と行きたいが、きっと。」

「……一緒に生きたかったなぁ。」

「……明日、まだ日が昇る前に2人で村を出よう。君が私を選んでくれたなら、私も君だけを選ぶよ。次期村長の座なんて捨てて君とどこか遠くで暮らそう。」

「ええ!一緒に!一緒に行きましょう!貴方とならどこだっていいわ!」

「だけどもし私がここに現れなくても1人で行ってほしい。君はここを出た方が幸せになれる!私はそう信じている!」


そうだ岩になるまで忘れていた。彼は私にこの村を出る事をとにかく強く願った。現れなくても私だけでも外へと。その瞬間私は岩ではなく人間に戻っていた。


「あんた!村の外で何してたの!父さんも母さんも心配したのよ!バカ!」


「……彼は?」


「村長の息子はこの村で1番土地を持ってる家の娘と結婚したよ!あんた1週間も寝続けて!その間にね。」


「結婚……。」


「そうよ……あんた…可哀想に……。」


「うぅぅぅぅ。」


信じられなくて彼の家へ行った。そっと庭を覗くと仲睦まじくお茶を飲むあなたが居た。横には勿論例の娘さんが。ピッタリと隣に座るあなたと彼女。とぼとぼと家に帰り布団を被った。

一晩泣き続けて私は早朝、ひっそりと村を出た。着の身着のまま少しのお金だけを持って、誰もいない山道を歩いた。彼と過ごした秘密の場所。そこには変わらずあの岩があって私はそっと手を当てた。

朝露に濡れて少し冷たいそれは何となく懐かしい気がして涙が溢れた。


「さようならあなた。さようなら私の憧れ。」


あれは私の憧れだった。紛れもなく私の憧れだった。あなたと2人で座ってお茶を飲む事も一緒に居る事も家庭を作る事も全て私の、私だけの憧れだった。そう私だけの憧れだった。


「さようなら憧れだったもの。」







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