一本角鹿のステーキ
厨房を借りてから1時間後。
俺達は調理した料理を2人の元へ持ってきた。
「うっ…!?」
「お嬢様っ!?」
俺たちが入るなり、マリベル嬢は口を押さえて蹲った。
ふむ…これは…
「お嬢様っ、大丈夫でございますかっ…!?」
「…っ…大丈夫ですっ……少し…驚いただけでっ…」
「えっ…?」
「安心しな。マリベル嬢は、本当にただ驚いただけだからよ……てか、そこまで強く効くとは…配慮が足らなかったか」
「…い…一体どういう…?」
「…まぁ変に説明するより、見てもらったほうが早い…ミーア」
「はいっ!。こちらが一本角鹿のステーキです!」
ミーアが料理用皿をテーブルに置いて、被せておいた蓋を取り外した。
“じゅわぁぁぁぁぁぁあっ……”
「はわわわわぁぁぁっ…」
「…こっ…これはッ…!?」
鼻をくすぐる肉の良い油の香りとスパイス。
匂いを嗅ぐだけでお腹を刺激するほど美味しそうな香りを漂わせていた。
「料理技術なんて無いから、簡単に焼いただけだが…まぁ、一本角鹿のステーキだ」
「こ…これが本当にモンスターのっ?……まるで高級肉のよう…」
「高級かはともかく、ちゃんと料理したからな。普通の肉のように食えるぞ。気にしてる味も美味いと思えるはずだ」
「…そ…それはいったいどのような…」
「あぁ、それは……とりあえず、食べてからにしよう。2人とも限界みたいだからな」
視線を向ければ、口を開けて食べたそうにしている2人の姿…
いや、ミーアよ…お前は……まぁ、いいんだが…
「…そ…そうですね…」
「よし、2人とも。メイドさんから許可が出たから食べていいぞ〜」
「「いただきますッ!!」」
俺の言葉を合図に、2人は目の前に置かれたお肉を食べ出した。
「んんんんッ!!!」
「おッ…いしぃぃぃい!!!」
ミーアは幸せそうに、ミランダ嬢は味に驚いていた。
「美味いか?」
「はッ…はいっ…!。まさか、モンスターのお肉がこんなに美味しいなんて…」
「ははっ、喜んでもらえたようで何よりだ。とりあえず、よく噛んでゆっくり食べるようにな。必要ならまた作るから」
「はいっ!。はむっ」
頷くとミランダ嬢は幸せそうに、また肉を口に運び出した。
長い事満足に食えてなかったらしいからな…
美味しい食事を前に興奮が抑えられないんだろうな。
「…ほっ…よかった……お嬢様があんな笑顔に…」
「嬉しそうだな」
幸せそうに食べるミランダ嬢を眺めるメイドさんに話しかける。
「…この度はありがとうございます、スライムさん」
「別に感謝されるようなことはしてねーよ…」
「ですが、スライムさん…それにミーアさんも…お二人がいなければ、お嬢様が笑いながら食事を楽しむ光景を見るなんてできなかったと思いますので……」
「…まぁ……どうだろうな……あー……ちなみになんだが…モンスターを美味く食べる方法は……まぁ、あんたの事だから調べたりはしたんだよな?」
「はい…ですが、全く手がかりがなく…お恥ずかしいばかりです」
「…そうか…」
ミランダ嬢に対するメイドさんの様子から調べてないとは思わなかったが…
そうか…
やはり、“無かったことにしてやがったか”。
…まぁ、今となってはどうでもいいが…
「…」
「…スライムさん?」
「ん…あぁ…すまん、少し考え事をな」
「…スライムさんは、どうしてお嬢様に手を差し伸べてくださったんですか?」
「ん…どうしてとは?」
「いえ…私達から依頼していたのは調達のみ…別に調理に関しては無関係でもよかったはずです……なのに、ここまで…」
「…あー……そうだな……あえて言うなら…ミーアを小さい頃から知ってたからかね」
「小さい頃から…ですか?」
「……まぁ、あれだ…戦争とやらの被害者なんだよ…」
「……それは…」
「何の捻りもない話さ……満足に食べられず…ガリガリに痩せてた頃を知ってるから……変に感情移入しちまっただけだ…それに…」
…周りからの嫌悪のせいで、苦しんでる姿なんざ見たくは無いからな…
「…それに…?」
「…いや、忘れてくれ…何もない」
「…ふふっ…」
「…何だよ?」
「いえ…何だか、人と話してるようだなぁと…おかしいですよねっ」
「…ぅ…うん…」
元は人間ですとは言いづらい…
流石に信じてもらえるとは思っていないが…
「んんんッ!!」
「あっミーアさんっ。それ私のお肉ですっ!」
「んっ…へへぇ、早い者勝ちだよ〜」
俺達のしんみりとした空気とは違い、ミーア達は仲良く食事中…
…すまんね…ウチの弟子が…
「…すまん…」
「ふふっ、お気になさらないでください」
「…そういってもらえると助かる…」
「お礼を申し上げるのはこちらの方ですから…スライムさん、ここまでしていただいてもらった上で、まだお願いするのは申し訳ないのですが…お願いが…」
「…調理の仕方だろ?。別に構わないぞ」
「…よろしいのですか?」
「なに、別に隠しとくようなもんじゃないしな…」
「…ありがとうございます」
「まぁ全部教えるなんざ無理だろうが…とりあえず、一本角鹿の調理法からだな」
「精一杯学ばせていただきますっ、オシショウ様」
「…あぁ……え…ん?」
「スライムさんのお名前はオシショウというのでしょう?。それに、私が学ばせていただくのですからオシショウ様がよろしいかと」
「…あー……俺はスライムだぞ?」
「問題ありませんわ。それに、オシショウ様はお嬢様の恩人ですし」
「…」
…どうやら、彼女の中では既に答えが決まってるようだ……
まさか、この姿になって新しく弟子ができるとは…
「…はぁ…物好きだな…アンタも…」
「…ふふ、オシショウ様ほどでは…」
…確かに違いない…
「…まぁ…なんだ……やるからにはきちんと教えるよ……わからなければすぐに質問してくれたらいいから…んじゃ、アンタも食べな。味を覚えるのも学ぶ上で重要なことだからよ」
「ふふっ、はい」