愚者
男視点
バォッッ!
「はぇ…?」自分のオナラで目が覚めた。
周りを見渡すも誰もおらず。ほっとしたような寂しいような。現世の妻をすぐにでも追いたいのに追わなかったのは拒絶された現実と向き合うのが怖かったから。
駅員に深々とお礼と謝罪をして店に戻ると「スタッフルームへ」と書かれた紙が置かれていた。一瞬、彼女からの手紙かとときめいたが、この無骨な字はオッサンのそれだ。「まぁ俺もオッサンだけど…」ひとりごとが増えるのもオッサン化が進行しているといえる。
スタッフルームへ行き荷物を受け取る。睡眠はしっかり取れたはずなのに体が鉛のように重い。他人の幸や不幸を占っている場合ではなさそうだ。今日は荷物の確認を済ませ早く帰ろう。
淀みなく動いていた彼の手がふと止まる。
カードが…暖かい…。不思議に思いケースからカードデッキを取り出すと1番上のカードだけ表を向けていた。
「愚者…」またひとりごとを放ってしまった。
新しい出来事の始まり。しかし無計画だと大変なことになる、そんなカードだ。
鬱々とした思考を振り払うかのようにカードをガサッと鞄の中に差し込み、スタッフルームを出た。
生きる目的を失ったんだ。今日くらいは自暴自棄になってやろう。そう思うも、元来生真面目な性格が憎い。羽目を外そうと思うも、昔からどうしても理性が勝ってしまう。
呑んだくれようと近所の居酒屋の前まで来たが、体調が芳しくないのに人様にまた迷惑をかけてはいけないと思い直した。結局、普段自炊するため控えていたカップラーメンやらスナック菓子、ハーゲ○ダッツのアイスクリームなんかをコンビニでカゴいっぱいに買った。コンビニを出て手に握っている袋を見下ろして、これが俺に出来る羽目外しの限界かと思うと笑えた。
こんな小さい男、そりゃつまんないよなぁ。
現世では占い師をしているが、それも副業に過ぎない。両親とも公務員の家庭で育ち、グレずに大学まで進み、唯一反抗したのは公務員になることだったが、中堅企業に勤めるサラリーマンになった。
そして前世の妻を探すため、副業申請の手続きを踏んだ上で、週1、2回占い師をしている。
人の前世を視るには膨大なエネルギーを消費するため、普段は自分の中のスイッチをOFFにしており、基本的には占いの時にしか視ない。
こんなことなら、前世を視る能力なんていらなかった。彼女と結ばれるのに、なんの役にも立たないじゃないか。いっそのこと現在や未来を視ることができたら、彼女の行きつけのお店や同じ会社で偶然を装って働きたかった。なんて、これじゃストーカー染みてて気持ち悪いよな。
占いは所詮、思い立った時や思い悩んだ時にフラッと立ち寄る場所であり、そう頻繁に通うようなところではない。まして、目の前で倒れた占い師の元なんて、もう二度と来ないだろう。
俺は、脱け殻のようになりながらも、普段通り朝6時に起床し、会社へ行き業務をこなし、帰りはスーパーへ寄って自炊をし、24時には就寝する日々を繰り返していた。
そして、あれから一週間が経って、占いの日になった。
今日の営業が終わったら、テナントの責任者に占い師を辞めると伝えよう。そう心に決めて、椅子に座った。
もう、人の前世なんて視ない。
自分の前世にも縛られるのはやめよう。俺だって、別の人と新しい恋をするんだ。
「すいませーん。占ってください!!」
俺が一週間悩んでやっとの思いで決めた決意を秒で打ち砕くかのように、またしても彼女が目の前に現れた。




