急患
隠れ筋肉視点
「貧血ですね。鉄分のサプリ処方しておきますが、睡眠と栄養ちゃんと摂りましょうね。それが何よりの薬ですよ」
「…はい」
しょんぼりした様子の彼女からはどこか懐かしい香りがした。
ふじねこサイン会に向け、まさに家を出ようとした時に電話が鳴った。休日にスタッフから来る電話はだいたい朗報ではない。案の定、親戚の子がぐったりしているので診てほしいというものだった。
幸い、大事には至らなかったので今日の休日出勤はこれで終わりだ。
その子を乗せた車を見送り、問診票を見返しながら呟く。
「イラストレーターって大変なんだなぁ」
医師の仕事も大変ではあるが、体調を崩さぬように睡眠や栄養には気を遣っている。もちろん閉院日でも今日みたいな急患対応もあれば、勉強会に参加したりと、プライベートな時間はほとんどないに等しいが。
そんな激務の中でも心の癒しは忘れない。野良猫ちゃんを見掛けては撮り溜めたスマホの写真フォルダと、こっそり集めているふじねこグッズが私の心のオアシスだ。
そして、ぼんやりと今日会う予定の二人のことを考える。
彼女達は、会う度面倒を引き起こすトラブルメーカーだ。普段なら無理に関わることもないが、何故か私の第六感がそれを許さない。むしろ、今までにはなかった謎の嗅覚が、あの二人の窮地を知らせてくるのだ。
私が医師となったのは、父のクリニックを継ぐように言われたからではない。物心ついたときから、自然と医師を目指していた。何かを助けたかったのに助けられなかった後悔のようなものがずっとあって、次こそは助けるんだという使命感に駆られるように医学の道を志した。
そしてようやく医師になり、曲がりなりにも多くの人を救ってきたと思う。それでも、だ。それでも、身に覚えのない後悔が消えることはなかった。
なのに、あの失神してる占い師と困った顔の彼女を見た瞬間、私はようやく救いたかった人に出会えたような気持ちになったのだ。
これは運命だと思った。
尻尾があればブンブン振りたいくらいの高揚感を、必死に冷静な医師の仮面を被って隠した。彼女をなんとか引き留めたいと思い、医師の立場まで利用した。こんなにもなりふり構わず自ら何かを欲したのは初めてだった。
だから、院から彼女が何も言わずに立ち去った時、私は暗闇のなかで立ち尽くすしかなかった。戻ってこないとわかっているのに、寒空の下で待ち続けた。
あの占い師の元へ行けば、彼女の手がかりが掴めるだろうか。
思い悩んだ末に占い師がいた場所へ向かうと、近付くほどに何か嫌な予感がし、着くと人だかりが出来ていた。
掻き分けて中心部へ抜けると、そこにはなんと彼女がいた。泣き腫らした顔を見て、思わず言葉を失った。
彼女を守りたい。
そうか、私は彼女が好きなんだと自覚した瞬間、気持ちを隠そうとするあまり、彼女につい素っ気ない態度を取ってしまった。彼女が院から立ち去った理由は怖くて聞けず、ずっと会いたかったのに逃げるように立ち去ろうとしてしまった。
だから、占い師が引き留めた時、内心感謝したのだ。
猫カフェのティッシュを差し出された時、どうしたら彼女と繋がりを持てるか、必死に考えた。まさか占い師が彼女を誘ってくれるとは思わなかったが。
そんな風に物思いに耽っていると、またしても謎の第六感が何かを主張してくる。…嫌な予感がする。
私はスマホを手に取った。




