おねぇなせいでブラック企業をクビになりましたが、ホワイト企業に転職し私生活も充実できたので、今さら戻ってきてと言われてももう遅いです。
なろうラジオ大賞2 応募作品。千文字短編です。
「その服!」
びし、と社長が指すのは膝丈スカート、色は紺。
「シャネルのスーツ、ローン支払中ですのよ」
「その、なよなよした口調!」
「周囲には好評ですわ。お気に召しませんの?」
「俺は男らしい男が好きなんだ!」
「あらやだ。この筋肉、お好きだったでしょ、社長?」
「……っ! お前はクビだ!」
社長の一存で、私、解雇。
――― 毎日クレーム処理に追われサービス残業を続けてきたのに。
転職先は前と同じく、おにぎり屋でのクレーム対応係。決まるまでは不安で辛くて、つい泣いちゃう日ばかりだったわ…… でも。
「包み開けた途端に落ちちゃったんだけど」
「アラアラ。大変だったわねぇ。ケガはない?」
「あ、はい……」
「良かった。では、新しいおにぎり差し上げますね。パッケージについても検討いたしますわ」
「え、いえ…… 不注意だっただけなんで。替えてくれて、ありがとうございます」
「いいのよぉ。美味しくお上がりくだされば♡」
お給料は少し減ったけど、仕事は断然ラクになったわ。
――― 前の会社では疲弊した従業員がおにぎりを握るせいか、形が歪んでたりホコリが入っちゃったりして、怒り狂うお客様が多かったんだもの。
しかもどんなに誠心誠意込めて謝罪しても、結局は私の体格と筋肉を恐れて逃げ帰るお客様ばかりで…… 虚しかったのよ。
今は、お客様は皆優しいし、残業ゼロでネイルやまつエク、お肌のお手入れに時間も掛けられるし!
心身共に充実しているわ。
そんなある日。
「戻ってきてくれ……!」
前の会社の社長がやってきて、頭を下げるのよ…… 困っちゃうわ。
なんでも私がいなくなった途端に、狂暴化するクレーマーが増え店のシャッターに 『潰れろ!』 『社長交代!』 と落書きされるようになったんですって。
「その落書きは昔からよぉ」
「…… え」
「私、始業前に消してましたもの。あと 『社長交代』 はクレーマーでなく従業員ね」
「…… ええっ」
「私、気持ち良いの大好きなのぉ。雰囲気が良くなるように、お掃除して悩み聞いてお菓子差し入れて、皆の不満解消してたのよねぇ」
私の後釜は男らしいマッチョのイケメンだそうだけど…… 残念ね。
「すみませんでしたぁっ! 戻ってきてくださいぃっ!」
「ごめんね。あなたは良い暇つぶしだったけど、もう…… クビにしてくれてありがとう」
土下座されてももう遅いわ。
けどお礼は、心底から言いたいのよね。
だって私の指に光っているのは、今の社長から貰ったエンゲージリングなんだもの。