7話 コモドン
湯船に浸かる文化のある世界でよかった…
広い湯船でのびのび足を伸ばす。長身になってしまった体でもちょっと平泳ぎぐらいはできそうな広さだ。
「…おいしょっとぉ」
女子らしさを捨てた掛け声とともにあがる。髪が長いからびちゃびちゃだ。早く拭かないと。
「タオルタオルー…はっ!」
もしかして…これも頑張れば乾いちゃう系……?さっきメイドさんがそれっぽいことを言えばなんとかなるって言ってたような。
「……ちちんぷいぷーい」
何となく乾燥した状態をイメージしながら指をクルクルと回す。
すると、一瞬ムワッと熱気と湿気がこもったと思ったら次の瞬間にサワサワーっと風が吹いた。体を触ってみる。ぺたぺた。
「乾いてる!」
嬉しい。これは嬉しい。ちょっと小躍りしてみる。
「いぇ〜い─ッ!」
ちょっとはしゃいでいたら、廊下と浴室を繋ぐドアが少し空いていた。そしてその隙間からこちらを見るメイドさん。
ヤバい忘れてた。まだ全裸だ。
「……早く服着ないと通報しますよ」
ピシャッとドアを閉めて行ってしまった。怖い。
着替えが入れてあるというか籠を覗くと、下着と部屋着のようなものが出てきた。その部屋着が、なんというか…すごく女子っぽい。Tシャツジャージで過ごしていた私には縁がなかった代物だ。淡いライムグリーンのショートパンツ。合わせた色のゆるっとした半袖。
女子力高いのかルーシュさん。
いそいそと着替えて廊下に出る。
「こちらです」
待っていたメイドさんに促されて進んだ先は食卓だった。キッチンのそばに大きなテーブルがあり、その上には美味しそうな匂いの料理が並んでいた。少し驚いていると、メイドさんが声をかけてきた。
「お口に合うと思います。よく噛んで食べてください」
……この人ルーシュさんのなんなんだろうな。オカンかな。
そういえばご飯を最後に食べたのは何時だろうか。この体になってからは前にいつ食べたのか分からない。
「いただきます!」
そう言ってパチンと手を合わせると、少し不思議そうな顔をされた。
近くにあった麺のようなものを一口食べる。パスタのような見た目だが、かかっているソースは緑色。緑…緑かぁ……。別に何も思い出したりしていない。もぐもぐ。
「美味しい!」
「きちんと噛んで飲み込んでから喋ってください」
「すみません」
やはりオカンだったか……!
見た目に反して酸味のある味だった。ナポリタンみたいな。もぐもぐと一心不乱に食べる。お腹すいてたんだなぁ。
「ルーシュ様がお食事されている間、少しお話させていただきます。質問は最後にまとめて受け付けますので、お口は食事に集中してください」
もぐもぐ。
「まず、私の名前はサランです。ルーシュ・ルネージュ様にお仕えして、メイドを務めさせて頂いております」
もぐもぐ。なるほど、サランさんか。
「あなたはルーシュ・ルネージュ様。冒険者をやっておられます。ランクはSです」
もぐも…ぐ。Sってどのぐらいのランクなんだろ。
「そして、ルーシュ様はバカです」
もぐ…。やっぱりバカだったか……。
「本日も、軽い調子で『コモドンと追いかけっこして来るっす!』と言って出ていきました」
ごくん。「〜ッス」系の喋り方なんだ?!この見た目で?!!
「敬語を習得しきれなかったとお聞きしたことがあります」
「いや敬語習得って、そこは頑張って欲しいよ!」
てか、コモドンってなに。何それ。ドコドンみたいな。
「コモドンは今日あなたが倒した魔物ですよ。お風呂の間に素材をカバンから抜かせていただきました」
え、あれコモドンって言うんだ……ネーミングセンス皆無じゃん。
「魔物は最初にそれを発見した人物が名付けますので」
ネーミングセンス皆無だよその人ってか、
「…なんか私の思考読んでらっしゃいます?」
「私はあなたの事を120%知るメイドなので当然ですね」
いや当然じゃないと思う。またチェシャ猫みたいに笑った。にんまぁ〜りみたいな笑い方すごいな。
「お食事は終わりましたね。質問を受け付けますよ」
サランさんが食器をシンクへと持っていった。
「じゃあ、まず教えていただきたいんですが、なぜ私はあんな所で寝ていたのですか?」
ずっと気になっていた。なんで洞窟の中で寝ていたのか。危険だからもうやらない方がいいと思う。
「あんなところ、とは、洞窟の中でしょうか?」
「そうです」
「それならば、こちらを見ていただくのが早いかと。少々お待ちください」
そう言ってパタパタとどこかへかけていき、さっきまで私が着ていた服を手に戻ってきた。
「こちらに、迷子防止に追跡映像を撮れる魔具を入れているのです」
そう言って数あるポケットのひとつから紫色の丸い石を取り出した。
迷子防止。なんかもう驚かなくなってきた。
サランさんが石に手をかざすと、紫色に淡く光った。
「その、魔具というのは?」
「魔力を利用して使う機器ですね。ルーシュ様も洞窟へ持っていったはずですよ」
「え、あの光る玉ですか?」
こくんと頷いたサランさん。淡く光っていた紫色の光が強くなり、何か映像が投影された。
「映りました。これがルーシュ様ですね」
楽しげに鼻歌を歌っている人物が映し出される。