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2話 始まりの(下)

 また、変わらない日が始まる。

 担任の先生が出席をとり始める。


「あべー、いしかわー、えのもとー…」


 今のうちに息を整えよう。ゲフンゲフン。これからパンを咥えながら走るのはやめよう。すっごい口の中パサパサ。


「…ささきー」


 いや、でもパン以外に走りながら食べられるものってあるのか?なんだろう?……おにぎりとか?


「ささきー」


 おにぎりは米がバラってなりそうだしな…やはりもっと違うものが…


「おい、佐々木〜」


 こう、走りながらでも息がつまらない…なにか…いい食べ物が…


「佐々木〜返事しないとお前今朝ギリギリで登校したの遅刻扱いにするぞ〜」

「ッ、はい!」

「よーし居るなー。次たなかー…」


 あぶなかった。これ以上遅刻するわけにはいかない。

 かなり平凡で、探せば同姓同名の人だって見つけられると思う。佐々木彩夏(さやか)。17歳。家族構成は父、母、弟そして私の4人。元ヤンの母とオタクの父をもつ私は、父親に影響され立派なオタクに成長した。アニメ、マンガはもちろんゲームなど、いわゆるオタクっぽいものは大体好きだ。


 特にラノベを小さい頃からよく読んでいた。作品に魅了されると自分も作ってみたいという衝動に駆られ、上手くはないが下手でもないという微妙な絵や小説を投稿するようになった。数える程しか来ないコメントを貰うために少しずつ更新するのが最近の趣味だ。


 私のふわふわしたくせ毛に電車のつり革が届かない程の低身長は、元ヤンの母親譲りで、小さい事をからかわれるたびにキレていたら知らぬ間に女番長となっていたという。何でそんな人とうちのへにゃへにゃの父親が結婚したのか分からない。父親にすっかり毒気を抜かれたのか、母は見た目に見合うふわふわとした言動でなんだか気が抜けてしまう。たまに怒ると本当に怖い。


 成績は良くもなく悪くもなく。授業態度も普通。小さめである以外に何も無い私は、かなりの頻度でぼおっと妄想している事が多い。今少しずつ書いている小説の構想を練っているとも言う。


 この前まで考えていたのは、女性騎士の物語である。すらっとした長身に、長い髪を後ろでひとつにまとめた美人で、眉目秀麗、頭脳明晰。そんなクールビューティが大活躍という物語である。



 ***


 授業を受け、妄想も捗り下校の時間となる。


「はぁ〜今日も頑張ったなぁ、私!」


 てくてくと帰宅途中である事を思い出した。


「今日1話放送日じゃん!!ヤバい録画忘れてた!!!」


 ずっと応援していた作品が小説からマンガ、そしてついにアニメ化まで辿りのだ。見ない訳にはいかない。


「5時20分……間に合う!いや、間に合わせる!」


 そうして私は本日2度目の全力ダッシュをはじめた。長年の遅刻癖と計画性の無さで、走るスピードはかなり速いと自負している。

 曲がり角にさしかかる。ここが今回の重要な反省ポイントである。

 ──勢いよく曲がり角に走り込んだ私を迎えるようにトラックが走ってきたのである。

 左右確認はとっても大切。みんな気をつけよう。


 そこからの感覚は断片的だった。運転手さんの驚く顔。物凄い衝撃と全身が打ち付けられる感覚。


 運転手さん、ごめんなさい。


 お母さん、お父さん、弟よ、すまぬ。


 あぁ……アニメ見たかった……あと…あのゲームの新作まだクリアしてない……せっかく今日思いついたストーリーも…投稿したかっ………


 ─────ブツン


 ***


 ――どこかに沈み込むような感覚のあと。

 あぁ、死んでしまったのだなと思った。

 まだ買ってない漫画もあったのに…お金が無くて新刊を買えないからって渋るんじゃなかった……中古本でもいいから買って読んでおけばよかった…

 それにしてもなんだか涼しい。少し寒いくらいでもある。


 ──ピチャン…ピチャン…


 水音もする。道理で涼しいわけだ。水辺だもんな。うんうん。


「ッいや、なんでやねん!!あっ、声出た」


 思わず出してしまった声は今まで聞いた事のない声だった。低めの声で、男性にしては少し高く、女性にしては低い。魅惑のアルトボイス。


「なんだ魅惑のアルトボイスって……」


 思った事を口に出してしまったようだ。やはりこの声は私のもののようである。落ち着こう。声が出せるということは、声帯、喉、肺は多分ある。だんだん感覚が戻ってきた。水音を聞き取れたから聴覚はある。すんっと息を吸い込んでみた。嗅ぎ慣れない匂いではあるが匂いを感じることも出来た。嗅覚はある。徐々に感覚を確認していくと、ある事に気がつく。


「私、寝転がってる?」


 なんで?という事は、体はあるのか…?だいたい自分の状況が分かってきた。なぜかは分からないが自分が何やら水辺にいること。寝転がっていること。そしてその下がゴツゴツした岩のようであること。……自分の声ではないこと。怖くてずっと意識しないようにしていたが、視覚も確かめなくてはいけない。


「やだぁ……現実見たくないぃ……いや、でも見なきゃダメだ。よし、見るぞぉ!せーので見るぞ!!」


 気合を入れてぎゅっと目をつぶる。おし。掛け声と共に一気に目を開ける。


「せーのっうわぁぁぁぁぁぁ!!!足なっがぁぁぁぁ!!」


 そう。低身長だった頃から見慣れた光景ではなかった。足先がかなり遠くにあったのである。


「おっおっおふおふ!」

 ガバァ!


 驚きのあまり勢いよく起き上がる。幸運な事に服は着ていた。辺りを見渡すと薄暗い洞窟だった。傍には微かな光を放つ球状の物体。なんか怖いからこれは触らないでおこう。

 キョロキョロと見ていると近くに小川程度の水が流れている。ひとまずとても危険な場所では無さそうだった。



 ***



 とりあえず、今理解出来たことを頭の中で整理する。


 ・この場所が洞窟で、奥の方はまだ進めそうであること。

 ・自分の体が、自分のものではないこと。

 ・その体が、性別が女性であることに変わりは無いが、背が高く小川に映った顔はかなりの美形であること。

 ・髪や瞳の色が暗闇では分かりずらいが見慣れた黒色ではなく、服装もなんだかRPGゲームのキャラのようであること。

 ・………傍になんか光る玉があること。


 以上の点を考慮すると…オタク的な見解は……死亡からの転生というところだろうか。ヤバい転生しちゃった。こういうのはフィクションだからいいんだよ。ノンフィクションはちょっと困るよ。

 すっと光る玉に視線を移す。

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