帰って来た勇者、痴女に襲われる
やっと……
やっと清潔な世界に返って来れた……
俺は返って来たんだ。
遂に地球に……
かつて見慣れた路地裏の光景に、嬉しくて俺は思わず感動してしまう。
俺の飛ばされた世界は……なんというか汚かった。
中世レベルの文化?だったためか、いろいろと不衛生であれな世界だったのだ。
日本では汚ギャルというジャンルの生き物がいるのだが。
俺の飛ばされたルグラントと言う世界では、それが女性の標準だった。
と言えば、どれ程不潔な世界か分かって貰えるはずだ。
更に彼らには下水という概念はなく、小便は川や道路に垂れ流し。
流石に大の方は肥料などに回されるためか転がってはいなかったが、街中小便の染み付いたその汚臭は凄まじく。
その余りの臭さに俺は気持ち悪くなって吐いた程だ。
兎に角――
とにっっっかく――シャレにならない位汚い世界だった。
だから良かった。
本当に、返って来れて良かった。
心からそう思う。
っと、いつまでもこんな狭い路地で感動していても仕方ない。
取り敢えず家に帰るとしよう。
2年ぶりだから、父さんと母さんきっと驚くだろうなぁ。
そんな事を考えながら路地から出ると、電柱の側で円陣を組むように立つ5人の女性の集団と目が合った。
年の頃は全員二十歳前後と言った所だろうか。
井戸端会議をするには少々若い気もするが、ヤンママかなにかなのだろう。
目が合ってスルーはあれなので軽く会釈してその場を去ろうとしたら――――
「え!?ウソ!?マジ!?」
「男?男よね?あれって?」
「それっぽい格好してるだけじゃ……」
女達がざわつく。
男だと何かまずいのだろうか?
訝しんで足を止める。
すると一人の女が俺に近づき声をかけていた。
「ねぇ、君って男よね?」
「ええ、まあそうですけど。それが何か?」
俺は何処からどう見ても男だ。
生まれてこの方女に間違われた事はない。
それぐらい男にしか見えないビジュアルをしている。
なのに何故この女性はこんな質問を俺に投げかけて来たのか。
その意図が分からず俺は首を捻る。
「男……」
「男だって……」
「男よ……」
「男だわ……」
俺が男だと答えた瞬間、女性陣が皆驚いた様な表情に変わり。
男男と連呼する。
その様子に不気味さを感じた俺は、思わず一歩後ずさった。
その瞬間女達の表情が変わる。
目つきが鋭く、瞳孔が開き。
その視線は、此方をまるで射殺さんばかりの殺気が籠ったものへと。
この目を俺は良く知っている。
凶悪な魔物が、か弱い人間を狩る時の目だ。
欲望の赴くままに全てを喰らい尽くす、危険な眼差し。
俺は思わず剣を構え――
って!そういや剣もってないや!
この世界へは体一つで返って来たのを忘れていた。
なにせ日本で剣なんか持っていたら銃刀法違反で捕まってしまう。
だから置いてきたのだ。
剣が手元にないのは少々心細く感じる。
だがそもそも彼女達は雰囲気こそ危険極まりないが、魔物ではなく所詮只の人間の女性だ。
仮に持っていたとしても使えやしない。
下手に剣で殴りつけたら大怪我させてしまう。
そう考えると手を出す事自体アウトだ。
今の俺の腕力じゃ殺しかねん。
しょうがない。
兎に角逃げよう。
だが俺の判断よりも早く,彼女達が動いた。
その動きは人間の物とは到底思えず、まるで4足の獣の様な動きで俺に飛び掛かって来る。
しかもとんでもないスピードで。
「うわっ!?」
「つーかーまーえーたー」
不覚にも女に馬乗りされ、動きを封じられる。
虚を突かれたとはいえ、勇者である俺を抑え込むなんてこの女化け物か?
ぽたぽたと顔に生温かい雫が垂れ落ちてきた。
涎だ。
女の大きく開いた口が、ハァハァと荒く呼吸する度に俺の顔へと降って来る。
超気持ち悪い。
「ねぇ、きもちいいことしてあげるわぁ」
「け……けっこうです……」
俺は童貞だが、こんな気持ち悪い女に筆下ろしして貰う気は更々無い。
俺の初めては好きな人にと、決めてある。
こんなどこの誰ともわからん痴女にくれて堪るか。
腕を使って女の体を押しのけようとすると、両手両足に何か柔らかいものが絡みついて来る。
恐る恐る見ると、他の4人が俺の手足にしがみ付いていた。
4人とも恍惚の表情で涎を垂らしている。
何だこいつ等?
余りの事に背筋に怖気が走る。
異世界で数々の魔物と渡り合ってきた俺だが、こんな恐怖は初めてだ。
混乱していると馬乗りの女が顔をゆっくりと近づけてきた。
もう顔に彼女の荒い息がかかるほどの距離。
俺は本能的に顔を横に背ける。
瞬間、むちゅっと何か暖かいものが頬に触れ。
そのままチューチューと頬が吸い上げられる。
とんでもない吸引力だ。
ほっぺがちぎれそう。
こいつは俺のほっぺを吸って何がしたいんだ?
そんな物吸っても何も出て来ないぞ。
良くてニキビくらいのものだ。
いや、ニキビないけども。
手足に絡みついた感触がうにょうにょと動く。
女達が俺の手足にぐいぐいと体を押し付けて来ている。
流石に、このまま成すがままじゃ貞操の危機だ。
俺は少し強めに力を込めて体を無理やり起こし、自分の体に絡みついた女達を順次投げ飛ばす。
普通の女性なら受け身も取れず大怪我ものだが、こいつらの身体能力なら大丈夫だろう。
そしてその予想通り女共は空中で体を回転させ、ひらりと容易く着地してみせた。
やはりこいつら只者じゃない。
プロの痴女集団だろうか?
全員そこそこ可愛いので、他の童貞なら喜んで受け止めていたかもしれないが。
俺は愛のないH等する気はない。
「悪いけど他を当たってくれ!」
「他ぁ?そんなの居る訳ないじゃん?」
「そうそう、貴方だけよぉ」
貴方だけ……か。
女性に一度は言われてみたいと思ってはいたが、涎垂らしてる様な奴らに言われても全然嬉しくない。
俺は半歩後ろに下がり、視線をすぐ隣に建つマンションの屋上へと移す。
8階建てか……
彼女達の身体能力は人間離れしているが、流石にあそこ迄飛び上がる事は出来ないだろう。
俺は膝を大きく曲げ、勢いよく飛び上がる。
そして着地。
10,0だ。
屋上から下を見下ろすと彼女達が何かを喚いている。
予想通りここまでは追ってこれない様だ。
とは言え階段やエレベーターはあるので直ぐにここ迄来てしまうだろう。
俺は勢いよく屋上を蹴り、隣のマンションへと飛び移る。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
屋上伝いに何件かマンションを飛んで渡り。
もう安全だろうと判断してそこに座り込む。
別に体は疲れてはいないのだが、精神的に披露したので一息入れる。
「しかし何だったんだ?あいつら」
あんなプロの痴女集団が徘徊していようとは。
俺の居なかった2年の間に随分と治安が悪くなったものだ。
しかしあの身体能力。
全員元体操選手か何かとしか思えない。
良く分からないが、体操って競技はあんな風に頭がおかしくなる位厳しい競技って事なのだろうか?
ま、考えてもしょうがない。
「さて、うちに帰るか」
そう言うとゆっくりと立ち上がり、マンションから飛び降りる。
目指すは2年ぶりの我が家。
その道中に待ち受ける恐るべき運命も知らずに、今の俺は鼻歌交じりに実家へと向かうのだった。