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最終話後編 ~昨日と今日があるのなら~

明日無の戦いの行方はいかに…。

「ねえ明日無…よかったわぁ明日無…あなたのその顔、また見れた」


 母の不気味な笑みが少しずつ広がっていく。だが明日無は(それ)よりも、突如玄関から入ってきた男女七人の集団に、意識を完全に奪われていた。そいつらは明日無を取り囲むように移動し、おもちゃを見るような眼で見下している。その顔はやっぱり慣れない。何度見ても腸煮(はらわたに)えくりかえりそうなむかつく顔をしている。小学生からの同級生であり、母の言うことを聞く忠実な手下。いうことを聞けばお金が貰えるから、というだけで母にへいこらできる精神は本当に恐れ入る。

だがどんなに腹を立てても、一度も勝ったことがない時点で、自分の方がはるかに弱くて、ゴミなのだと本能が教えてくれる。勝てない。これで私はまた母のおもちゃに逆戻りだ。






――だったら何で戻ってきたの?


明日無の心から誰かが呟いた。霧で(おお)われていて見えなかったが、声だけで自分の声だと理解した。何故自分が自分に問いかけているのかは分からない。だが、それでも言い返さなければ…、釈明しなければいけないと思った。


(だから母に感謝を言いたかっただけ…)

――こうなることは解っていたはずよ?


 そんなことは…。もちろん承知の上だ。現実は、明日無の背後から拳骨が飛んできた。それを皮切りに全方向から次々と暴力が始まった。明日無だけに行われる非人道的行為。法律で何故か許される暴力行為。いとも簡単に傷だらけになっていく自分の体を肌で感じながら、内なる世界で明日無はもう一人の明日無に叫んだ。


(最後に別れの挨拶をして帰るつもりだった…でも、そうよね。簡単にはいかないよね)


 真実だ。もう一人の自分は過去の私であり、その言葉のなにもかもが正論なのだ。反論する気は、もうない。


――はぁ…何納得してんの?


(?)


 もう一人の明日無は呆れたようにため息をついた。髪をかき乱しているのだろうが、霧が邪魔して姿を見ることが出来ない。だが、過去の私の声色から、苛立ちに似たなにかを感じ取った。


――あんたの見てきた全ては、それだけだったわけ? ネットでもなんでも利用し…





……。忘れていた。幼少期、母から逃げ出すために、ネットを片っ端から調べたことがあった。体術でも忍術でも武術でも、何でも使って戦って………でも当時は体も小さく、覚える容量も少なかったから諦めていた。あの伝説の…。


――何よ…もう解ってんじゃない。だったら…


(うん。…ありがとう、私。気づかせてくれて…)


 なぜ今になって私の前に現れたのか。(ようや)く霧が晴れ、そこから現れたのは五歳児の私であった。向こうの私は照れくさそうに半眼で私を睨むと、眉を(ひそ)めてこう言った。


――もう…変わるんでしょ? 私

(うん)

――よし! じゃあ、もう行くわね…十四の私なんだから負けんじゃないわよ?

(うん…)


 ああ。そう言えば、当時の私はこうだった。素直じゃない、いつもぶすくれていた五歳児は、煙のように消えていった。そして私の心はいつしか晴天になっていた。迷いもない、ただ一つの答えを握りしめ、私は現実に戻っていった。






春王は、明日未が傷つく姿を見ていられないと思いながらも、明日未に言われた通り。じっと見ていた。明日未は母に会う前に、春王にこう言っていた。


――私は一人でお母さんと話したい。だからおっさんは、…見ててね。


 明日無の緩やかで、しっかりとした言葉に春王は快く了承したのだった。今明日無を助ければ、明日無の頼みを無下にするかもしれない。春王は拳が震えるほど握りながら、明日無をじっと見守り続けていた。

すると、ふと明日無の目の色が変わったことに気づいた春王は、明日未に近づいてこう言った。


「明日無…。一人で大丈夫ですか?」

(う~ん。…ちょっと難しいかも…)


 明日無を蹴りつける何本もの足で顔がよく見えなかったが、困っているのだと解った。明日無の悲鳴が少なくなったことで、いじめグループの一人が声を出した。


「おいおい…こいつもうバテたんじゃねえか?」

「へえ…さっきは逃げられたけど…もう逃がさないよ!」


 ドスッ。(うずくま)った明日無の鳩尾(みぞおち)に女の蹴りが命中した。ごほっごほっと明日無は嗚咽(おえつ)あげて蹴られた部位を抑える。人間の急所によく何度も殴れるものだ。だが、明日無は怒りに身を任せなかった。()えて我慢したのだ。そして敢えて蹴った張本人に向かって(にら)み付けた。

すると…


「こいつ…むかつくんだよ! この!」


 そうだ。この女の怒りの沸点は低い。もう一度同じ場所に蹴りを入れることは予想できた。ならばやることは…これだ!


「はあ!」

「ちょっ、何…っ!?」


 明日無はガシっと直撃寸前の女の足首を掴むと、そのままこちら側に引きずり込んだ。女は突然のことで訳が分からず「ぎゃあ!」と悲鳴を上げながら激しく尻餅をついた。その後の明日無の行動は素早かった。いとも簡単に女の手足の関節をへし折ると、いい具合に女の手足を組み替えていき…女を『武器』にした。

 いや、明日無だけではできるはずがない。


「明日未! 私も手伝います!」

「(うん…ありがと。いくよ!)武器がなければ作ればいい…。人間を武器にして戦う武術、(じん)()(けん)!」


 春王は明日無のやろうとしていることは判らなかったが、春王の本能がそうさせたのかもしれない。春王は死んで初めて人間の体に乗り移ったのだ。相手は娘ほどの少女。だが、明日無は拒否しなかった。それが春王にとってどれほど嬉しかっただろう。

こうして明日無の体は二人分の力が生まれた。一人なら余裕で持ち上げることが可能のはずだ。軽々と明日無の手により振り上げられた女丸太は、二名の男女めがけて突進した。


「「!!??」」


二名の男女は明日無の俊敏且つ未曾有(みぞう)の攻撃を前に、為す術なく女丸太の餌食となった。肋骨(あばらぼね)を広範囲で破壊され、武器にされた女の頭もぶつけたショックで泡を食って気絶した。


「次ぃ!」


ならばと言わんばかりに、肋骨が折れた男女二人の関節を折り曲げ、右手に斧、左手に槍に変えるや、明日無は二刀流で攻撃を再開した。明日無の行動の意図が読めず、誰も明日無を止めることが出来ない。迷いのない行動と俊敏さが合わさり、まるで忍者の如く、次々と自分よりも強い人間の体を組み立てていく。まさしく人間クラフト…!


「ぐああ!」ゴキバキ…

「いやああ!」ボキッ…


悲鳴と関節の折れる音が豪華な家の中で痛々しく鳴り響く。まさに悪魔と化した明日無の所業は、今まで明日無を(もてあそ)んできた七人に多大なるトラウマと癒えることのない傷を残した。


そして残ったのは、いじめグループのリーダー・名前も知らない男のみとなった。


「あ…あ、あ、ああ…」

「言い残すことは?」


 右手に(むち)、左手にブーメランを持った明日無は、完全に腰を抜かしたリーダーを見下ろした。形勢逆転どころではない。四面楚歌(しめんそか)状態からここまで持ち直した明日無(と春王)を前に、いじめのリーダーと安全圏で見守っていた紗絵は計り知れぬ戦慄を覚えた。窮鼠(きゅうそ)(ねこ)()む。まさにことわざ通りの展開に、リーダーは敗北という二文字が頭に浮かんだ。いや、まだだ。俺は今までどんな数えきれない卑怯な手を使って勝ってきた。…ならば、とすぐさま土下座すると、地面に額を擦り付けて泣きながら言った。


「ごめん。明日無! 今まで苦しかったよな! 俺が悪かった。もうしない! 絶対しない。神に誓ってしなへぶしっ!」


 だがリーダーの渾身(こんしん)の演技が言い終わる前に、明日無がリーダーの頭に向かって思いっきり蹴りを入れた。リーダーは仰向けで背後の壁に激突。その後脳震盪(のうしんとう)により視界が激しく(ゆが)んだ。戦闘不能といってもいいのだが、明日無は更にリーダーの股間に鞭を振り下ろし、トドメとばかりにブーメランの角で刺した。リーダーは鈍い声を漏らし、今度こそ武器の人間二人を含め、七人全員を()らしめたのだった。


 ちら…。明日無は一息つくと、母の方を向いた。紗絵は「ひぃ!」と悲鳴を上げ、少しずつ後ずさりを始める。…が、明日無は早歩きで母の目の前に着いた。


「あ…あ……すむ――」


 紗絵が本物の涙を流しながら出した震え声に対し、明日無はふと目つきを変えて言った。


「春王という男を知っていますか?」

「――――――――――――――え?」


 一瞬、紗絵の思考が一時的に止まった。が、かろうじて「春王」という言葉を頼りに少しずつ脳が動き始めた。そして導き出した答えは…


「知らないわ。そんな男…もし覚えたとしても、何? 明日無」


 紗絵は先ほどの怯えなど忘れてしまったかのように、真顔で答えた。そんな紗絵の言葉に、明日無の中にいる春王はふと笑みを浮かべて言った。


「それだけは変わりませんね。感情の起伏が激しく、何を考えているかが全く分からない。…でも私は時折見せる紗枝さんの笑顔に()れたのだと…改めて思いました」


これ以上問い詰めても、きっと答えは出ないのだろう。紗絵にとって春王とはそういう存在なのだと、改めて痛感した。だが、春王に悲しみはなかった。好きになったことも、それが原因で死んだことも、今となってはどうしようもない過去なのだ。時が止まらないのなら、進むしかない。春王は紗絵を見つめながら、紗絵の顔を忘れぬようにゆっくりと目を閉じた。


「は?」


 言葉遣いも明日無のそれとは違う。やっぱり明日無は変わってしまったんだ。早く元に戻さなければ…母として、明日無の親として…。紗絵は目をじっと明日無に向けたまま、両の手で床の周りを血眼になって探した。明日無を戻す方法を、明日無を治せる武器を…。

 すると明日無は母の行動の意図を読むように、紗絵の手を足でしっかりと踏みつけた。


「もう逃げない。逃がさないから…覚悟してよ。お母さん」


 それに怒りはない。だがとても冷たく、とても低い声が、紗絵の両方の鼓膜から脳へ、ナイフで貫かれるような痛みが走った。娘を取り戻すにはどうしたらいいか、紗絵の頭は超高速で駆け巡る。このまま娘に殺されるか、否か。そもそもなぜ私に敵意を向けるのか。どうする…? 周りに使えるものは…。紗絵は必死に目を周囲に放った。

すると、ゴンっと背後の縦長の棚に後頭部が当たった。そう言えばこの棚の上には花瓶があったっけ。………………………………あ。


「明日無…」

「…何?」


 さっきまで取り乱していた紗絵は、どういうわけか平静になっていた。明日無は母の変化にすぐさま周りを見渡そうとした。

 その時、「ゴンッ」と、母は自ら後頭部を後ろの棚に思いっきり打ち付けた。明日無は何故母がそんな行動をとるのかと棚の上を見ると、それは大きなガラス製の花瓶であった。花は生けられていないが、水は十分に入っていた。


(あ)


 明日無は何故忘れていたのだろうと考えた。そうだ。母を警戒しすぎたのだ。だから目の前の花瓶すら注意が抜けていた。…だめだ。花瓶が落ちるのが速い。ぶつかる…!


「明日未!」


 春王は咄嗟(とっさ)に明日無の前にダイブした。手を伸ばせば、花瓶を掴んで別方向に投げることが―――――――できたら…。春王の伸ばした手は、花瓶を側面にぶつかった。が、春王の手はするりと花瓶を通り抜け、そのまま春王の顔を通過した。幽霊じゃなかったら…。無常の事実が春王に突き刺さる。明日未のこれまでの奇跡が終わる。潰えてしまう…。それだけはだめだ。

 

 明日未…。


 誰か…明日無を……


 助けて…!


トン


「何してるんだ…紗絵さん」

「…お」


 明日無はその姿を見て、思わず口走った。明日無に落ちてくる花瓶を間一髪のところでキャッチした。二メートルを超える長身、上から下まで黒スーツに身を包み、鹿のマークのネクタイを着た男性。


「父さん…」

 

忠山(ただやま)(のぼる)。紛れもない明日無の実の父であった。


「セーフ!」

「よかった…」


 さらに玄関の前で明日無と同じ背丈の少女二人が、明日無達を見ながら安堵していた。登はその少女たちを振り返って話し始めた。


「この子達がすごい音がすると言って、まさかと思って来てみたら…紗絵さん。あなたはいったい何をして」

「登さん!」

「!」


 すると紗絵は血相を変えたように花瓶を持った登に抱き着くと、(まく)し立てるように口早に語り始めた。


「私、明日無を助けようとしたの。でも明日無がなかなかいうことを聞いてくれなくて…その花瓶で私を殺そうとしたの!」

「!!??」


 明日無はあまりの母の名演技に、全意識が母へ集中した。登は少しの間考えこむと、ハッと紗絵の両肩をがっしりと抱きかかえた。紗絵は動じることなく登をじっと見つめる。何の迷いもない紗絵の瞳が登の瞳を捉える。すると登の目つきは更に険しくなったかと思えば、力強くこう言った。


「紗絵さん…そうだったんですね…。分かりました…」


 そう言って(うなず)くと、登は後ろにいる明日無に振り返った。そして一言。


「明日無。紗絵さんに謝りなさい」

「…え?」

「紗絵さんがこんなに悲しんでいるじゃないか! 実の娘だろう! 何故助けないんだ!」

「???」


 明日無は次々と並べ立てる登の言葉に、酷く動揺した。そして頭の中からある記憶が浮かび上がってきた。あの男の子供なんだから…。それは母が私を(ののし)る時によく使う言葉であった。あの男から生まれた私だから、簡単に騙される程度の男の子供だから。

母は人間を上と下の二通りで判別する。下なら何をやっても許される。父も私も母にとっては下なのだ。紗絵はにこりと笑って、登の頭をよしよしと()で始めた。


「よかった。いい子ね…。登ちゃあん。私の言うことちゃんと聞いて…」

「うん! もっと撫でてぇ~!」


 父は既に母に懐柔されていたのだ。明日無が父に会うのは赤ちゃんの時以来だったが、今漸(ようや)く父の実態を理解した。明日無は、犬のまねごとをする父と飼い主のように頭を撫でる母を見て、一瞬だけ他人だと思えた。いや、思おうとした。自分がもしあの世界に入っていたら…もしネットで正しい家族の意味を探さなければ…あの(おぞ)ましい世界に私もいたかもしれない…。いや既に私もこの家族の一人か。母のおもちゃという道具なのだ。私の家族は終わっていた。最初からずっと――――

 春王は恐怖の目で両親を見つめる明日無を見て、なんとかしなくてはと思った。


(明日未が幸せになる未来…本当に救うことができるのか? 幽霊である私では限界が…)


 春王は歯を食いしばって考えるが、なかなか答えは見つからない。どんなに明日無に乗り移ることができたとしても、明日無のそばにいても、どれだけ明日無を助けられるのだろうか。死んだ人間は土に還れ。誰かに言われた言葉だ。だが…まだ還るわけにはいかない。今もこうして現実に打ちのめされている少女を残して()くわけには…。でも、一体どうしたらいい…?


 答えの見つからないもどかしさに、春王はふと後ろを振り返った。玄関先で(あわ)てふためく少女二名。どちらを信じ、助けたらいいか。ツインテールで無表情の少女とアフロヘアー(髪爆発風)の活気溢れる少女はひそひそ声で話し合っていた。


「ねえねえ…なんかやばそうじゃない? あの家族…」

「うん。昼ドラか朝ドラ…もしくは夜ドラのどちらかね」

「ひるどら…? なんかよく分かんないけど、とにかくどうする?」

「そうね…明らかに大人二人が変なのは確か」

「見るに堪えないわね。…というか、何で人がいっぱい倒れてるの? 手足が変な方向に曲がっちゃってるし…」

「興味深くて、鼻血出そう…」

「もう出てるわよ…(この変態が)。てか、この家おかしいよ。どうしよう…どっちの味方になれば…」

「待って」

「え…?」

「あれを見て…」


 ツインテールガールが指差した先は、明日無の姿であった。明日無は母と父の姿を交互に目に焼き付けながら、段々と目の輝きが失っていくように見える。誰かに助けてほしくても誰もいない。分かってくれない。アフロガールは明日無を観察していくうちに、胸が締め付けられるような気持ちになった。だが具体的にどうすればいい? どうすればこの子を助けられる?

 と、(うず)きだしたわいいが、どうすればいいのかわからないアフロガールの肩をつんつん突ついて、ツインテールガールが首を横に振って言った。


「違う…すぐ目の前」

「え…」


 ツインテールガールが指差した方をよく見ると、確かに少女の方角は少し違っていた。明日無より前方。だが、そこはただの床で人の姿はどこにもなかった。


「床を差してるの?」

「…あ、そっか幽霊か…」

「ゆっ!? ゆう…れい?」


 そう。ツインテールガールは見えていた。目の前で少女二人を前に土下座をするサラリーマン風の幽霊の姿が…。幽霊はまっすぐと視線を、己を見えているであろうツインテールガールに向けながら、言った。


「お願いです。助けてください。彼女を…明日未という少女を助けてください」

「事情を簡潔に」

「…誰に話してるの…?」


 ツインテールガールはまっすぐ幽霊と向かう合い、話を聞く態勢に入った。だが時間の猶予はない。早めに決めたいと思った幽霊・春王は、すぐさま話し始めた。


「明日未は母親にずっと虐待を受けてきました。そして父親も、既に母親の都合のいい家来になっています。このままでは再び明日未はまた母親という檻に閉じ込められてしまう。今チャンスを逃せば、今度は絶対に明日未を逃がさないように徹底した檻を作り上げるでしょう。紗絵は…明日未の母はそういう人です」


 春王の熱き瞳、そして熱き説明、燃えるような土下座を見せつけられたツインテールガールは静かに、だが胸の最も深いところから(たぎ)るような想いが生まれた。ずっと感情を押し殺してきたツインテールガールの顔は、(かす)かだが(ほお)が緩んでいる気がしたが、アフロガールの気のせいだろう。


「で…? どうするか決めた? 今日ノ神籤(きょうのみくじ)

「正式名称で言うな。(さく)()弓削(ゆげ)!」


 二人は交互に目配せすると、二匹の(おおかみ)になったかの如く、春王の両側を通り過ぎた。一糸乱れぬ今日ノと昨矢のソニックブームは、明日無一転に向かって行った。

 その頃、明日無は父・登に右腕を掴まれていた。


「明日無…。どうして親のいうことを聞かないんだ?」

「私たちの教育方法が間違っていたのかも…」


 母・紗絵は、登の後ろでわざとらしく明日無を(のぞ)き込みながら言うと、登は明日無を掴む腕をさらに強く締めて言った。


「だったら、もっときついお仕置きをしないとな…」

「いっ!」


 明日無は握り締められた部分から走る激痛に苦しんだ。だが登は止める気はないようで、更に強くしていった。紗絵は苦しむ明日無を楽しそうに眺めている。これが忠山(ただしやま)家の日常。明日無の悲鳴が、傷が、痛みが忠山家の(うるお)いを満たしていく。

 だが、これは明日無の望んだ家族じゃない。こんな家族があってたまるか…。でも、もう力が()いてこない。さっきのいじめグループの戦いで力を使い切ってしまった。せっかく春王と共にここまで来たのに…もう――――。明日無は希望無き諦観(ていかん)と明日の無い絶望を覚悟した。






 その時、明日無の左腕に別の何者かが掴まれた。背後から初めて聞く声が鳴り響く。


「待ちなさい!」


 明日無は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で後ろを振り返ると、アフロヘア―の少女が鬼気迫る勢いで更に叫んだ。


「あんたここで死にたいの?」

「…」

「返事ぃ!」

「はい!」


 何だこいつは…。知らない人が何故か私にかまってくる。明日無の心は激しく動揺し、体が動こうとしない。登の方は、もう一人の少女に明日無を掴んでいた方の腕を()まれている。


「は・な・せ!」

「んー!」


 理解が追い付かない。一体何が起こっているんだ。明日無は周囲を何度も見渡しながら必死で情報をかき集めることにした。が、その前に春王が明日無に向かって勢いよく言った。


「明日未。この隙に逃げますよ!」

「え…でもこの」

「話は後―!」

「むー!」


 昨矢は力いっぱい歯を突き立てにかかった。だが、背後から紗絵が昨矢の両腕を(しば)り上げにかかった。


「あんたたち一体何なのよ! 離れなさい!」

「んー!」


 その時、春王は左手に力を()め、紗絵の前で掲げて、念を唱えた。すると紗絵は「ああ!」と悲鳴を上げながら後ろの壁に叩きつけられ、その場で倒れた。昨矢は無事。紗絵だけが飛ばされえたようだ。今日ノは登が昨矢に噛まれた部分を抑えている隙に、登に向かってドロップキックを繰り出すと、丁度登の鳩尾(みぞおち)にクリーンヒットし、登は「おぅえ!」とめちゃくちゃ痛そうな顔で前のめりに倒れた。

 自由となった昨矢と今日ノは、自由になった明日無の両の手を握ると、更に叫んだ。


「逃げるよ! 明日未!」

「逃げましょう。明日未!」


 二人の言葉に明日無は、何故か心にどうしようもない衝動が生まれ、それが口いっぱいに広がる感覚になった。そして口は自然と開かれ、ついに零れた。


「…うん!」


 一歩。また一歩。さっきまで動かなかった足が少しずつ前に進んでいく。それが明日無にとってどれほど嬉しかったのだろう。いつの間にか明日無は泣きながら走っていた。明日無の涙につられるように、昨矢と今日ノも一緒に泣きながら笑い出した。三人は泣き笑いしながら玄関のドアを開け、忠山宅から脱出していった。


 そして…残された忠山夫妻は、開かれた玄関のドアを見て、途方に暮れた。明日無を取り戻したくても体中の節々が痛くて立ち上がれもしない。


「あ…すむ…」

「あ…痛い…痛いよ…紗絵さん」


 そんな二人を横目に、春王は冷たい目を送って言った。


「さようなら…紗絵さん」


 それだけを残して、春王は忠山宅を颯爽(さっそう)と脱出した。






 走る途中。アフロヘア―の今日ノがハッと我に返ったように、言った。


「あ、…でもどうしよう。これって犯罪じゃない? 私たち誘拐犯になっちゃったかも…」


 (ほとん)ど平常心のツインテール昨矢は、またも無表情でこう返した。


「そうかしら。あっちの方も悪意がありそうだったし、それを引き合いに出せば私たちはただの誘拐犯ではなくなるかもしれないわ」

「…」


 何故この二人は私を助けたのだろう。明日無は不思議そうに眺めながら、言った。


「どうして私を助けたの」

「そりゃあ…」

「幽霊さんに助けてくださいと言われれば、私は助ける」

「私は見えないんだけどね、幽霊」

「おっさん…」


 明日無は二人の話から、春王が自分を助けるために頑張ったのだと確信した。すぐさま周りを見渡すが、春王はどこにもいない。「春王!」と叫んでも、どこにも春王はいなかった。そして明日無は、そのまま昨矢の家に転がり込む形になった。






 結局昨矢の家に泊めてもらった明日無は、改めて幽霊が見える昨矢に聞いてみた。


「おっさんは…どこにいるの?」

「おっさん? …あああの幽霊なら、あなたのそばにずっといるわ」


もし昨矢の答え通りなら、春王が見えるはず。だが明日無がどこを向いても春王を視認することが出来ない。これはどういう意味なのだろうか。昨矢はふむ…と考え込むと、ある仮説を立てた。


「もしかしたら霊感を失ったのかも…」

「え…じゃあ」

「大丈夫。私、弁護士のお母さん居るから」

「あたしも、警察官の親父いるから、明日未。頼れ! どーんとな」


 そうして明日無に新たな仲間が出来た。その代わり、春王を見ることが出来なくなってしまったが、それでも明日無は泣かなかった。傍に春王がいるとわかっているから。だったら堂々と戦おう。まだあいつらは諦めないだろう。どんな手を使っても私を連れ戻しに来るだろう。だったら、私の戦いはまだ終わってはいないのだ。無力だった私のそばには、新たにできた友達がいる。


「私…早く大人になりたい。そしてお母さんになりたい。春王みたいな人と子供と一緒に、いい家族になりたいの」

「そう…いい夢じゃないかしら」

「あたしらも手伝うよ。悪者ぶったおそうぜ!」


 明日無の新たな決意と共に、三人は手を組み、立ち上がった。まだ子供だけど、大人を巻き込んで、引っ掻き回してでも勝たなければならない目的が出来たのだ。


 明日無は昨矢からもらった六法全書を読んでいたが、今はもう夜中。三時間近く読んでいたら眠気が襲ってきた。そんなある日…。明日無の耳元で何かが聞こえた。


「明日未…あなたが幸せになれたなら…私はきっと還れるでしょうか。いえ、まだ明日は解りません。どうなるのか、でもこれだけは忘れないでください。あなたのそばには私がいること。ラーメン屋の釘満、本屋の店員さん、そして友達がいることを…」


 それは春王のような声だったが、よく聞き取れなかった。だが、それでも明日無は春王だと思うことにした。傍にいる。それが明日無にとっての自信につながるのだから…。


 明日無の明日はわからない。


 だからこそ、踏みしめよう。今の自分を…昨日の自分を…明日の自分に預けるように…。


 忠山明日無。十四歳。新たな明日無の戦いが始まるのだった。


 祝完結!

 …というよりかはこっから先は弁護士とか警察とか、もう私の引き出しでは到底出だしえないので、残念です。まあ自分が出しえる全力を出したので、後悔はちょっとですね。子供だからって舐めてはいけません。いずれ大きな力に成長していくのです。いつまでも弱い明日無だと思うなよ…? 春王が見えなくなっても、明日無の戦いはこれからです。昨矢と今日ノと共に、明日無は新たな一歩を歩き出します。


 …後の展開は、これを最後まで見ていただいた方と私で紡いでいくでしょう。物語に終わりはないのですから…。では本編のカミラギ・ゼロに移るとしますか!(切り替え速くてすみません)

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