02 ~おっさんの元婚約者探し開始~
中学二年の少女は自殺する寸前、とあるおっさんに呼び止められる。おっさんは幽霊であった。おっさんと少女、二人の奇妙な時間がこうして始まるのであった…
多くの人が集まる繁華街。今私は、町一番の繁華街のど真ん中で、呆然と立ちすくんでいた。
「ここが…繁華街…」
私にとって何年ぶりだろう。生きる気力を失い、家に引き篭るようになってから、約五年が経っていた。小学校までいた虐めっ子たちは、中学に入っても尚替わることなく虐め続け、家にも居場所はなかった。唯一自室が私の住処にして全てであり、ネット環境が唯一残された私の道だった。飯も便も風呂も、親がいない時を見計らってやり過ごした。
「ゴクリ…」
五年も経てば町も変わる。すっかり昔を失った今が、今の私を狼狽させていた。別世界…は言い過ぎか。けど、人々が賑わう声、足音、ものが擦れ合う音、数の重圧、息苦しくて死にたくなる。…私が長い間避け続けてきた全てが、そこにあった。私の体は次第に震え始める。頭の中がぐちゃぐちゃしてまともに考えられなくなる…。そんな中で考え出した答え。早く逃げなくては…ここから。自分のあるべき場所へ…そう思った瞬間、
「何していますか? お嬢さん」
「!」
私の肩に伝わる違和感。おっさんの霊が私の肩に触れていることが解った途端、私の体は大きく跳躍して、おっさんから離れた。理解したとはいえ、得体の知れないものに触れられる恐怖感は未だに大きかった。出来れば幽霊に話られたくも、見たくもないが、こればかりはしょうがない。まだ肩に触れられた感触が残っている。しかもその違和感には覚えがあった。ずーっと昔に同じように肩に手を乗せた誰か…その誰かはまだ全然わからないけど…でも――
「私は明日無。明日が無いで明日無。親にとって私の明日なんかどうでもよかったんでしょ…」
あ、余計なこと言っちゃった。あ~あ。おっさん固まっちゃった。まあ、いいけど…最初から同級生や親のサンドバックにあってきて、よくここまで生きてこれたものだ。まさに奇跡の子。そしてこれからもずっと外からも中からも嬲られ続けるくらいなら…私は死を選…
「それじゃあ、明日未と呼ぶことにします」
「…え?」
「明日は未知なる…と書いて明日未…うん。いい名前だ」
このおっさん何言っていんの? 私の話聞いてた?
「どうしましたか明日未さん?」
「いやだから明日無だし」
――この人何言ってんの?
――誰に話しかけてんだろうね…
――ねえねえお母さん…
――しっ! あっち見ちゃいけません!
私はハッとして周りを見た。異様な視線の集まる先、それは当然私であった。おっさんは幽霊、そして私はそんなおっさんと話しているんだ。この公衆の面前で。幽霊は人には見えない。何がどうして私にしか見えないのか分からないけど、今私は、周りの人からは何もない場所から話しかける変人として見られているのだ。周りの視線が痛い。チクチクと針のように、私の周りに突き刺さる。私は人混みが苦手だ。尚且つこんな大衆から視線を浴びせられた暁には…もう――
「ひいっ!」
「明日未譲!」
私は逃げた。周りの視線から逃げるように目を瞑ったまま、とにかく足をめいいっぱい動かした。横腹が痛くなっても、息が苦しくなっても、全てを我慢して無我夢中で走りまくった。そして気づいた時には…
「ここ…どこ?」
知らない店の中に入っていた。全力疾走したせいで私の長年の運動不足からなる激しい動悸、息切れ、吐き気、荒息、更には足の痙攣っぷりに、さっきの悲鳴はないわ~と思った。私は横腹の痛みを必死で抑えながら、少しずつ呼吸が収まるのを待った。その間、店内の客と店員の怪訝な視線が痛いほど伝わってくる。でも、もう少しだけ待ってほしい。落ち着いたらすぐ出て行くから、迷惑はこれ以上掛けないから…
「明日未…お嬢さん。落ち着きましたか?」
「…呼び捨てでいい。…てか明日無だから私…」
まだ聞こえてくる。私は誰かに聞こえないように小さな声で返した。ふと目だけを後ろに向けると、おっさん幽霊はいつものような無駄に凛々(りり)しい顔で、疲れ一つなく私に視線を送ってきた。それもそうか、幽霊に足はない。余裕で私の所まで飛んでくることなど造作もないのだ。ネットの情報は定かではないが、少しずつ幽霊のことが解ってきた気がする。
おっさんの熱い視線…そんなに真剣な目を向けられても困る。ただ純粋に私のことを心配してくれているのだろうが…。だがしかし、誰かに心配されたことのない私は反発するように、おっさんから視線を外した。まるで磁石だ。そして気を取り直して、ゆっくりと深呼吸をする。
すぅーはぁーすぅーはぁー
うん。息も落ち着いてきた。足の痙攣も収まって、動悸も小さくなった。これならいつでも店を出ることが出来る。そう思って踵を返そうとしたその時、横から甲高い声が聞こえた。
「明日未! 何ですかここは!? 本が大量に棚に敷き詰められていて…しかも全部漫画ばかりではないですか!」
「…え?」
おっさんの驚きに呼応するように、私は店内を見渡した。驚いた。ここが日本中の漫画本を揃える本の百貨店『BOOKINFFINIAR』なのである。私はネットでしか本を読んだことがないから、実際の本に触れたことは教科書以外には殆どない。携帯という便利機能のお陰である。
「しかも広い…」
思わず感想を零すほど、二階にわたって本棚が並べられ、本棚の間に人がそこかしこに並んで読んでいる。気に入った本があればそれをまとめて買うのが主らしい。何冊の本を手一杯に持った客が、レジに向かっていく。本棚は中央に七列くらい並んでいて、壁にも棚があって、ぎゅうぎゅうに漫画が置いてある。どれほどの漫画家が残してきたのかが店の入り口でもよく解る。すごい。この一言に尽きる。
ふと私の前に店員がかけ寄ってきた。
「初めての方でしょうか…?」
「! …はい」
いきなりの声掛けに私は吃驚して小さな声で返してしまった。だが店員は怒ることなく、私の小声を聞き入れ、私にここのルールを教えてくれた。
・本を立ち読みしてもよいが、座って読んでは駄目
・飲食禁止、本を汚す・盗む行為厳禁
・周りの人に迷惑を掛けない
・要らなくなった漫画(以外の本でも可)は、言い値で買い取らせていただきます。一冊最低100円から~
・セクハラや万引きは二十台以上の監視カメラでしっかりと残しますので、警察のお世話になりたくなければ上記のルールを守って、静かに読みましょう。
・気に入った本は早めに購入を! 明日になったらもう買われてるかも?
店員は懇切丁寧に教えた後、深々と礼をして元の持ち場に戻っていった。まさに店員の鑑。礼の一つもできなかった私相手にきっちりと礼をする相手は、おっさんの次にこの店員であった。おっさんは私の横で店員の説明を聞いたのか、大いに燥いでこう言った。
「明日未! 私たちも読んでみませんか?」
うわあ…。大の大人が肘を上下させて今にも本を読みそうな勢いを我慢している。でも…
「う…うん。そうね――」
電子書籍しか読んだことのない私は、初めて見る紙の本に少しだけ興味が湧いていた。店員の教え方がよかったのか、店の迫力に押されたのか、私の手は自然にとある漫画本に手が伸びていった…。
満喫してしまった…。気づいたら一時間半も読み耽っていた。私が一番気になっていた『とりあえずケロっと!』全十巻を読み切ってしまった。…正直最後まで夢中で読んで、読み終わった後は少しの間余韻を楽しんでいた。おっさんに至ってはあっちやそっち、いろんな本の一巻の最初の二、三ページをぺらぺらと捲っては、満足したようにすぐに棚に戻して他の漫画を向かい側の棚本に手を伸ばす。その行為を何度も繰り返していた。これは本だけでいえば浮気性である。だがふとある疑問が過った。それは、幽霊が本と読むという行為そのものである。幽霊、即ち透明人間が突然本をぺらぺら捲りだしたらどうだろうか…。空気がやったなんて言い訳は通用しない。すぐ隣でそれをされたらびっくりすること間違いない。
だがこのおっさんは凄い速度で本を読んでいるので、おっさんが通った後の風を感じるだけで、それ以上の驚きはなかったのだ。どんだけ漫画にハマってんだと、私はおっさんを横目で見ながら感心した。そして私ももうちょっとだけ他の漫画を読んでみようかと思って、棚に手を伸ばそうとした。
その時――
「よお…」
「え――」
私の背後から突然声と同時に寒気が襲った。バッと真っ青な顔で振り返ると、そこに現れたのは…
「久しぶりだな…いや一週間前だっけか?」
「お…なんだ明日無じゃん…」
「なんだなんだ…」
私の同級生にして、私を今も尚弄んでいるいつもの男子四人組のメンツであった。
明日無とおっさん。少しずつ幽霊を理解する明日無に新たな来客が現れる。それらは明日無にとって最悪の来客であった…。
今週ついにシャドールストラクですよ! シャドール好きにはたまらないです! 人形好きにはたまらないです! もう買いです! ポケモンも変わらずに呑気にやってます。…で、メタモンはいつ進化するんですかね? ポリゴンも進化できたし、メタモンもワンチャンできるのでは…?