01 ~自殺少女と土下座サラリーマン・終~
タイトルの続きはすぐ下に…
死にゆくお嬢さん…どうかこの私めに知恵をお貸しください!
何か言ってるんですけど…喋り方なんか変だし…何で私なの…?
やっとこんなクソみたいな世界からさよならできると思ったのに、やっとネットで見つけた崖に来たっていうのに、よりにもよって知らないおっさんに絡まれてしまった…。
死に装束に制服を選んだのも、他に服がジャージや体操着しかなかっただけだ。ここに来るまでの金は親の金から奪ったものだ。別に罪悪感は微塵もない。体中に巻かれた包帯は私が今まで受けてきた忌むべき暴力の証。こんなものを刻み続けるくらいなら…心も体もとうに限界――そう思っていたのに、あと一歩、足を前に出せば死ねたのに…
「邪魔しないで」
そう言って私はもう一度前を向き直り、足を一歩前へ出し…
「そこを何とか!」
サラリーマン風のスーツ姿を着た七三分けのおっさんが、女子中学生相手に頭を地面に減り込ませるような完璧な土下座を見せつけている。大人の癖に情けない。私に頼まなければいけないほど、助けてくれる知人がいなかったのだろうか。けれどもう少し探せば、私よりももっとましな人を探し出せるのでは…? いいや、もうそんなことを考えている気も起きない…。
「話だけでも聞いていただけないでしょうかぁ!」
(イラ…)
「ほんの一分でも、十分でもいいですからぁ!」
(イライラ…)
「お金なら…あ、なかった。だったら腹踊りでも靴舐めでも何なりと」
「分かったからうっさいなあ! 死なせてよもう!」
「…え?」
私は耐えきれず叫んだ。崖の向こうに向かって、恥ずかしいほどの大声を上げた。すぐ後、私の叫びを誰かに聞かれたのではないかときょろきょろと周りを見渡し、いない事を確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。そして真後ろで土下座をするおっさんをギロリと睨みつけた。
「私はしがないサラリーマンでした…」
「…」
おっさんはその場で勝手に話し始めた。私は一旦崖から離れ、おっさんの横、拳三つ分開けて座った。私は体操座りで、おっさんが背筋を伸ばして正座をして話していた。おっさんの話は簡潔に話すとこうだ。
結婚を決めていた相手がいた。だが結婚直前になって、まさかの相手が浮気していたという真実を友人から聞かされたおっさんは、すぐさま婚約相手に話した。だが、その婚約相手は聞く耳持たず門前払いされた。だがおっさんは諦めず、婚約相手の仕事場で待ち伏せていたが…。待つこと一時間、漸く婚約相手が仕事場から顔を出した瞬間、背後からハンカチを口に当てられ気づいた時には…
「死んでいました…」
「……え?」
私は今一度おっさんを頭からつま先までじっくりと眺めた。足先がゆらゆらと火の如く揺らめき、頭の上には丸い輪っかが浮かんでいた。マジックかもしれないので、呼吸を落ち着かせてとりあえず輪っかに触れようとすると、ビリッと電気が走ったように、私の手を弾き飛ばした。そして今度はおっさんの体を手当たり次第に触れようとすると、私の手は空気の如くおっさんの体を通り抜けていった。
「えええ!!??」
と、ここで漸くおっさんが幽霊であると確信して驚いた。わたわたとおっさんから逃げるように後退りしていくと――自分のすぐ後ろが崖の下だと解るとまた
「ぎゃああ!」
と仰天して、おっさんの元へ駆け寄った。そしてまたおっさんが透けているとしるやまた驚いて…を何度繰り返すこと早十分。漸く疲れた私は、おっさんの隣でゼーゼーはあはあと荒い息を漏らしていた。
「お嬢さん…もう収まりましたか?」
「はあはあ…うん。…何か御免…(幽霊相手とはいえ恥ずかしい…)」
「…お嬢さん」
「なに」
「驚くのは構いませんが…やはりスカートはちゃんと閉じることをお勧めします…」
「え? …あ」
私はおっさんの言葉で我に返った。スカートが完全に捲れていたのだ。不可抗力なのはわかっていたが、私はすかさずおっさんの頬をバチンと叩いた。
「ゴッ!」
「これはしょうがないんだからね! あんたも目を瞑っていれば…」
「可愛いキリンさんでしたね」
「中身を言うなー!」
バチンと二発目は逆の頬で決めた。…暫くして腫れた頬の痛みが治まったのか、おっさんは再び話を再開した。
「あの…先ほどの件は本当に申し訳なく…」
「いいわよ。もうすっきりしたから…許してないけど」
「大変申し訳なく!」
「分かったらから! …で? どうしたいの婚約相手のこと?」
「…ってことはじゃあ!」
「だからどうしたいのか言って!」
私はまだ了承はしていない。けど、おっさんは私の一言でぱあっと張り詰めていた顔を緩ませ、淡々と話し始めた。
「私は…あの人にどうしても聞きたいのです。どうして浮気をしたのか。私の何が駄目だったのか。その理由が判れば成仏できる気がするのです…」
「おっさん…本当に馬鹿ね…」
何ですぐ自分が悪い方へ持っていくの? と言おうとしたけど、それが丸々自分に返ってくるのが判ってしまい、思わず噤んだ。ふとおっさんのどうしようもない真面目顔が、今の私と重なって見えた気がした。…がブンブンと首を横に振って否定すると、不意に立ち上がった。
「おっさん、行くよ。自分を捨てた女に会いに行くんでしょ?」
「! …はい! お嬢さんの目的を途中で遮って申し訳ありません」
「当たり前の当然よ。…でも、いいわ。どうせ今日死ぬつもりなのは変わらないから…今日見つけられなかったらこの話なしね」
「はい! それほど距離はありませんので、ご安心ください!」
「…敬語止めてくれる?」
「いいえ! やめません!」
はあ。年下に対しても敬語を止めないおっさんに、私は若干のイライラしながらも、おっさんの目的を手伝うことにした。…というか、これって私が手伝う必要があることなのだろうか…と思ったが、今はとりあえずおっさんの気の済むまでやらせてやろうと思った。…そうしなければ一生付きまとってくるんだろうなあ…。
~自殺少女と土下座サラリーマン・終~
全四話を予定している短編です。死にゆく少女と無念の死を遂げたサラリーマンの霊が出会えば、物語は迸る。頭に過った瞬間描かなければいけないと思った次第です。だから早めに書きたかったのですが、少々時間がかかってしまいました。話も一話で終わると思っていましたが、結構長くなりました。まあその分四倍にして面白くすればいい。寧ろどんどん面白くなっていけばいいと思って書くので、新たな娯楽を見せれたらいいと思います。思います多いな…
出来れば一か月にいないに完結させたいです(ただの希望)。