シェイキングの童話
その者には不思議とわかった。
人を虜にする術が染み付いていたのだ。
平凡な家の育ちで、特別な学びも経験もない。
抜きん出た際に溢れているわけでもない。
凡愚の域を逸脱することのない、
大衆に混じれば目に留まることもない。
そんな者であった。
だが、その者には1つだけ才があった。
それは、人を虜にする才であった。
その者には人が何を求めているかがわかった。
人が自ら気付くことのできない深層の心理を理解した。
そしてそれを望まれるがままに演じ、
ときには最友の、ときには最愛の存在となった。
しかし、その者が満たされることはなかった。
むしろその者の心は、日を重ねる毎に荒廃していった。
愛されたかったのである。
求めていたのだ。素顔の己が認められ、愛されることを。
抜きん出た才も財も美貌もありはしない、
この凡愚を「大切に想っている」「愛している」と
心からの祝福をかけてくれる存在を。
だがそれは叶わぬ願いであった。
その者の門出には、その者を悼む者が大勢集った。
故い話に花を咲かせた。
花々は咲き誇り、咲き乱れた。
色とりどり、多様な花の様相。
そんな光景を額の向こうから、柔和な笑みはいつまでも見つめていた。