005「女のフリをする見習い」
話は、少し前にさかのぼる。
「ハァ? なんで、俺が」
「だから、言ってんじゃん。あたしの履歴書に、あんたの写真を貼って送ったら、午後から面接に来いって電話があったの」
「意味わかんねぇよ。イテッ!」
丸いこたつで、求肥に包まれた大福のようなアイスを食べている少年に向かって、少年と顔がよく似た少女がミカンを投げつける。ワンヒット。
コントローラーの側に落ちたミカンを拾いつつ、少女もこたつに入る。位置関係は、対角線上だ。
「あたしだって、分かんないわよ。メイドカフェ的な場所を想像してたら、本格的なメイドの募集でビックリしたんだから」
「どうせガサツな姉ちゃんのことだから、ろくろく求人要項も読まずに応募したんだろう? イッテェ!」
天板が揺れ、上に乗っていたリモコンが落ちる。どうやら、少年は少女の蹴りを食らったようだ。ツーヒット。
そして、少年がリモコンを拾っている隙に、少女は一つ残っていたアイスを口に入れる。
「あっ! それ、俺のだぞ」
「二つあるんだから、良いじゃない。ケチケチしない。ミカンあげるから」
「いらねぇよ。イテテ、イテテテ、そこ、急所だから!」
少年が手の甲でミカンを払い落とすと、少女はこたつの中から少年の足を引っ張り出して掴む。こたつの中では、グイグイと踏みつけるような動きをしているらしい。スリーヒット。
床をバシバシと叩きながら少年が涙目になっていると、少女は気が済んだとばかりに手を離し、話を戻す。
「とにかく。女顔で背が低くて、下手したら私より線が細いボーイソプラノなあんたが悪いのよ」
「オウフ。ひとのコンプレックスを、列挙しないでくれよ」
「事実じゃない。恨むなら、仕事をしない成長ホルモンを恨みなさい」
「無茶苦茶じゃないか。まぁ、いいや。それで、俺は何をすればいいわけ?」
放射線状にミカンの皮を剥きながら、少年が諦め半分に質問すると、少女はニヤニヤと不敵な笑みをたたえながら答える。
「そりゃあ、あたしの代わりに面接に行くのよ。大丈夫、大丈夫。文化祭の女装コンテストの時みたいに、とびっきりカワイ~くしてあげるから。――あっ、コラ、待て!」
「待てと言われて、待つ奴がいるか。――ムギャ!」
立ち上がって廊下に出ようとした少年を、少女はタックルの要領で腰にしがみついて引き止めると、そのまま米俵でも運ぶかのように抱え上げ、足で襖を開けて奥の部屋へと連行していく。
「逃がしゃしねぇよ」
「ひぃ!」
このあと少年は、エクステ、ファンデ、シリコンパッドなどの威力により、冒頭の姿に変身させられたのでありました。
メイドとしての仕事を断ることも、男であることをカミングアウトすることも出来ないまま、アヤメとして働くことになってしまった可哀想な少年のその後は、読者の皆様のご想像にお任せします。
・アヤメ
五月五日生まれと勘違いされているが、実際は四月二十九日生まれ。見習い。優柔不断で流されやすい性格のせいで、他人のとばっちりを受けてばかりいる、罪なき不幸体質者。