004「男のフリをする執事と」
「今まで居た建物が母屋で、この先にある建物は離れ。離れは、家事使用人専用の建物です。お洗濯と、家事使用人のお風呂場はコチラですから、間違えないように」
「はい」
二人が板張りの渡り廊下を歩いていると、離れの方からスミレと同じメイド服を着た人物が、腕に猫を抱えて歩いてくる。そして、二人の存在に気付くと、歩みを止め、アヤメに軽く会釈をしてから、カミツレに近付いて話しかける。
「カミツレ。その方が、今度新しく来るって言ってた子なの?」
「そうですよ、スイレン。アヤメと言います」
「よろしくお願いします」
アヤメがペコリとお辞儀をすると、スイレンと呼ばれたメイド服の人物は、口元に片手を添えながら微笑む。そして、何か思いついたように、前かがみになって猫を床に降ろす。すると、猫はチリンと首輪の鈴を鳴らしつつ、カミツレの足元にすり寄る。
そこから視線を上げれば、カミツレは、自然な笑みを崩すまいとしながらも、口元を引きつらせていることが見て取れる。
「スイレン。まだ、今朝のことを根に持っているのですか?」
「あら、なんのことかしら? 二枚舌を使わずに、ハッキリおっしゃい」
イマイチ状況が飲み込めないアヤメを放置したまま、カミツレはスイレンに頭を下げる。
「化粧水の瓶を落としたのは、私です。ゴメンナサイ」
「私じゃなくて、濡れ衣を着せたこの子に謝って」
「ごめん、なさい」
顔面蒼白になりながら、カミツレが足元の猫に謝ると、猫はミョーとひと鳴きして、スイレンの方へ戻る。
スイレンは、屈んで再び猫を抱えると、セミロングの髪を揺らしながら、悠然と母屋の方へ向かって行く。
アヤメは、悔しそうに唇を噛みしめているカミツレに、遠慮がちに話しかける。
「苦手なんですか?」
「えぇ。幼い頃に、小指を噛まれたことがありまして」
「あっ、猫のほうじゃなかったんですけど」
「えっ? あぁ、スイレンとは、それなりに仲は良いほうですよ。同室ですし、歳も近いことですから」
「ん? 男女で同じ部屋なんですか?」
アヤメが、真面目な顔で素朴な疑問を投げかけると、カミツレは、クスッと吹き出してから、可笑しげに説明する。
「気付いてなかったのですね。フフッ。説明するまでもないと思っていましたよ」
「ということは?」
「男性の装いをしていても、身体は女性そのものです。キク様がご主人さまを亡くされて、以前より異性への不信感がお強くなられましてね。それ以来、花森家は、ずっと男子禁制でございます」
「へぇ、そうなんですね」
「さぁ、急ぎましょう。予定外の出来事に時間をロスしてしまいましたから」
「あっ、はい」
タッタッタと小走りで離れに向かうカミツレを、アヤメは、どこか腑に落ちない複雑な表情をしながら追いかけていく。
・スイレン
七月七日生まれ。侍女。しっかり者で常識人だが、身内には毒舌家でクールビューティー。感情的にならないが、怒らせると一番怖い。ストレートのセミロング、パッチリ二重が特徴。