003「内輪揉めと食卓の危機」
「つまみ食いをしたのは、この口か!」
「ギュムム……」
カミツレとアヤメがキッチンへ入ると、コックコートを着た人物が、サロペットを着た人物の口を、片手で両頬と一緒に挟んでいるところであった。
ふと調理台に視線を移せば、アイシング途中のジンジャーブレッドが並べられており、そのうち一列だけ一つ数が少ないことが見てとれる。
二人の存在に気付くと、コックコートを着た人物は、サッと手を離し、サロペットを着た人物はホッと安堵の息を吐く。
その様を見たアヤメが、無言のまま何か問いたげに視線をカミツレに移すと、カミツレは、平然と説明を始める。
「紹介します。こちらは、新しく家事使用人になった、見習いのアヤメです」
「どうも、アヤメです。よろしくお願いします」
そう言ってアヤメが頭を下げると、サロペットを着た人物がアヤメの肩口を平手でバシバシ叩きながら、フランクに話しかける。
「へぇ、アヤメって言うのか。私は、ヒマワリ。庭師をしてるから屋敷内にいることは少ないけど、このツインテを見かけたら、気軽に声を掛けてね。こっちのあざといワカメ頭より、ずっと良いから」
「誰がワカメ頭よ、残飯掃除機」
「うるさい、かまととヒイラギ!」
「なによ、太陽ブス!」
「およしなさい、みっともない!」
アヤメを挟んで言い争う二人を、カミツレは、よく通る声で短く一喝した。そして、数秒ほど気まずい沈黙が流れたあとで、何事もなかったかのように二人について説明を始める。
「今のやり取りでおわかりでしょうが、こちらのコックコートを着てる方が、ヒイラギ。主に料理を担当してます。それから、そちらのサロペットを着てる方は、ヒマワリ。庭の手入れを担当してます。邸内を一周見回ったあとで、手始めにお皿洗いをしてもらいますから、この場所は覚えておいてください」
「あぁ、はい」
アヤメが、やや不安を滲ませながら返事をすると、カミツレは安心させるようにアヤメの背中にそっと手を置き、目を細めて微笑む。そして、口元はそのままに、目は笑ってない表情でヒイラギとヒマワリの方へ顔を向けると、真綿で針を包むような声音で忠告をする。
「あまりにも就労態度が悪いと、奥さまにご報告しますからね?」
「ひっ! それだけは勘弁してよ、カミツレ」
「ちゃんと仕事するから、今のは見逃して。ねぇ、心優しいカミツレ様」
燕尾服の袖を持って哀願する二人を、まるで合気道のようなスマートな仕草で振り払う。
「今回は、何も知らなかったことにします。でも、次は無いと思いなさい。でないと、二人の食事は、台所破壊神スミレに作らせますからね。――それでは、次はランドリーの方へ行きましょう」
「はい」
カミツレは、二人の頭を軽くポンポンと撫でたあと、スタスタと廊下に向かって歩いていく。
アヤメは、コメツキバッタのようにペコペコと二人にお辞儀をしつつ、素早く後を追いかけていく。
・ヒイラギ
十二月二十五日生まれ。料理人。あざとい猫かぶり娘で、計算高い。可愛い物や綺麗な物に目がない。よく他人を揶揄うが、根は面倒見が良い。パーマ毛のあるショートヘア、口元のホクロが特徴。
・ヒマワリ
七月二十日生まれ。庭師。身振り手振りがオーバーで落ち着きは無いが、誰とでも仲良くなれる。つまみ食いの常習犯で、ムードメーカー。ツインテール、垂れ目が特徴。