静寂の月 九日(雨)
静寂の月 九日(雨)
強くもなければ弱くもない、普通の雨が降った。
窓を伝うナメクジに驚いて声を上げた日だった。ずっと見ていたら可愛く思えたのは誰にも内緒だ。
雨の日はどうしても客足が遠のく。
だからいつも、棚の補充に時間を充てている。特に精製に時間がかかる魔法薬や、つきっきりにならないと機嫌を悪くするお菓子を優先して作る。
今日もそうした。
それなのに、お客さんがちょくちょくやって来る。ありがたいことだ。改装効果かもしれない。
魔法薬の注文もあった。
辛いものを食べられるようになる薬を欲しがっていた。
舌の感覚を鈍くすればいいのだろうか。辛味のみを指定して感じなくさせればいいのだろうか。
後者だった。
どうやら憧れの人と食事をすることになったらしい。喜びもつかの間、予約したお店を知って唖然としたらしい。
そのお店は、火の拳。私は行ったことがないけど、知っている。辛いものが有名だ。
お客さんは辛いものが苦手だそうだ。どうか助けて! という話だった。
辛いものを食べられるようになるのが一番だと思うけど、そうも言っていられないのだろう。
明日来なさいと私は告げた。食事は明日の夜だそうだ。明日であれば間に合う。
私は急いだ。お店を閉めて、雨の中を走った。どうしてそんなことをしたのかと言うと、材料がなかったのだ。
幸いにも材料は見つかった。しかしそれだけで一日が終わった。まだ何も手を付けていない。
魔法薬は絵の具みたいに混ぜて出来上がり、とはいかない。
時間がないので、これを書き終えたら寝ずに魔法薬の精製をしようと思う。
どうして寝ないと決めると、眠くなってくるのだろう。やりたくない。それでも頑張らないと。