黄昏の月 十六日(晴れ)
黄昏の月 十六日(晴れ)
今日はお店を閉めた。特別な用事はなかったから、魔法薬の研究でも進めようかと思ったのだけど、外出しないのが冒涜なくらい晴れ晴れとした陽気を見ていると、自然と外へ足が向いた。
私もサンクシエカに慣れてきた。もう外出に地図はいらない。細い道でも方向から大体どの辺りに出そうかの推測くらいはできる。ぐねっと曲がった道は迷うけど。
小さくても、用が思い浮かぶところから順番に行ってきた。
まずは行きつけの市場。明日の買い物も済ませた。荷物を持ったまま歩き続けるのも疲れるので、一度帰ってからまた外に出る。
次に向かったのは傭兵組合だ。なかなか買えない魔法薬の材料を採取の依頼をする。材料は魔法薬を作る上で必須になる。大事なことだ。
私の勘違いでなければ、傭兵組合さんとは仲良くできている。そのおかげにしては大盤振る舞いなことに、今回の依頼料が無料になった。
私がお店を開くまで、サンクシエカでは魔法薬の入手が難しかった。今でも私のお店以外に魔法薬を出すお店は全く無い。だから魔法薬なしでの仕事と遠征をしていたそうだ。
私がサンクシエカに来てお店を開いて、魔法薬を大量に入手できるようになった。請けられる仕事の幅と安全性が増したのだとか。
傭兵組合の一階受付をよく見てみると、以前と比べて内装が綺麗で上等になった気がする。私の魔法薬を使って荒稼ぎをしているのかもしれない。嬉しい限りだ。
傭兵組合を後にして、フィアノさんのお店に行った。用事はない。挨拶と新しい品物を眺めに行った。
前、フィアノさんのお店で買った音響装置は、あまり使っていない。雨の音なんて鳴らしても、全然面白くなかったのだ。買った当初は面白いと思っていたのに。
衝動買いをしてはいけない。傭兵組合での依頼が無料になったから、手元にはお金が残っていた。
買ってしまった。置く場所なんてないのに。思い返すと、買わないと思いながら、買う前提でお店に入った気がする。
買ったのはおもちゃだ。柱の上に円があって、その縁がひたすら回り続けるだけというものだ。縁には黄色い謎の生物の模型が付いている。円盤に両手でぶら下がって、裂けてしまうくらい口を開けて笑っていた。
お店のカウンターに置こうと思う。お客さんの刹那の気晴らしくらいにはなるかもしれない。
何もしない一日だったけど、満足はできた。時間がゆっくりとした良い一日だった。