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第四話

 アカリにはすぐに追いついた。

 すぐに声をかけるのは何となく躊躇われたので、アカリから少し離れて後をついていくような形になってしまう。

 空はもう薄暗い青色に染まっていて、西空にわずか茜を残すのみとなっていた。いくつか浮かぶ雲は夕陽に当てられて濃い陰影を刻んでいる。人通りはもう絶えていた。かわりにあるのは夕食のいい香りと、家族のものと思しき談笑。

 風が冷たい。

 アカリは自分の肩を抱くようにして、一歩ずつ踏みしめるように歩いている。赤い髪を揺らしながら、少し頼りない様子で。

 ふいに、立ち止まった。

「お前」振り返ってユラノを見る。「何でついてきてる訳?」

 あからさまに迷惑そうな顔だった。敵意、と言ってもいいかもしれない。

「心配で……」

 そう言うと、鼻で笑われた。いや、鼻を鳴らしただけで、顔は笑っていなかった。

「見ての通り、あたしは一人で歩いて帰れるくらい元気だけど?」

 ユラノには正直なところ、ただの強がりに見えた。

「途中で倒れたりしたら大変だし。それに……」少しだけ、口ごもる。

「何かの拍子に、傷口が開いたら……血が、止まらないんでしょ?」

 アカリの顔から、表情が消えた。

「……なんだよ。やっぱり知ってるのか。あたしが」かすれ気味の声。「血の恋人だってこと」

「……うん」

「お前、だったらなんで、あたしに関わろうとするんだよ」

「え?」

「知ってるんだろ? あたしに関わると、穢れがうつる。そう言われてるってこと」

「……」噂では、聞いている。

 血の恋人は流した血を止められないがゆえに、忌み子とされている。

 この国では、血は聖なるものとして大切にされている。それは例えば毎食前に祈りを捧げることにも現れているし、血約騎士たちの顕す魔法はまさに血の聖性の具現と言える。

 血は聖なるもの。そして、血の恋人は流した血を止められない。 

 ゆえに血の恋人は聖性の浪費者、穢れ持つ者である――これが、血の恋人が忌み子とされる所以だ。だが。

「僕はそんなこと、気にしないよ」

 ユラノにはいまひとつピンと来ない話だった。血の恋人は忌み子であるという知識と、目の前にいるアカリの姿がどうしても一致しない。

 血を流すのが、そんなに悪いことか?

 アカリのどこが穢れているのか?

 だからその言葉は本音だったのだが、アカリはそう受け取らなかったようだ。

「うるせえな。どうせお前も後になって去っていくんだろうが」

「そんなこと」

「しないって言い切れるのか? うそだね。そう言って結局去っていった奴を、あたしは何人も知ってる。そう言えるのは、お前があたしらのことを何も知らないからだ」

 それはそうかもしれない。ユラノはアカリのことを何も知らない。

「迷惑なんだよ」

 唾吐くような声、赤い瞳が鋭くユラノを睨みつける。

「そうやって上から手を差し伸べるようなことしやがって。手を掴んで、引き上げられて、その後で叩き落とされるくらいなら最初っから下にいたほうが楽なんだよ。お前そういうこと考えたことあるか?」

 ある、とは言えなかった。

 絶句したユラノを論破したと思ったのか、アカリは背を向け、小さくため息をついた。

 風に乗って、わずか、呟きが耳に届く。

「……あたしに、関わるなよ」

 小さな後ろ姿。痩せた肩がゆっくりと遠ざかっていく。冷たい風になびく髪と、包帯。

(関わるな、か……)

 どうしてアカリはそんなことを言うのだろう。だったらどうして、彼女はあのとき――スレイヴに襲われたとき、逃げ遅れた女の子をかばったのだろう。彼女の言う通りなら、初めから助けようとせず、自分だけで逃げればよかったはずなのに。

 ユラノにはどうしても、アカリが穢れているとは思えない。

(……やっぱり放っておけないよ)

 ユラノはまた、アカリを追って歩き出す。

 そして、今しがた交わしたばかりのやりとりを思い出す。

 確かに、最初からずっと下にいたほうが楽だ、とは考えたことがなかった。けれど。

「下」が一体、どんなところなのか。

「下」にいる気持ちとは、どんなものか。

 それはユラノにも、想像することができた。

 三年前、身寄りを亡くしたときに知ったのだ。


 ――とは言え声はかけづらい。無言のままに後をついて行き、三層区の門を越え、二層区の門も越え、一層区に入った頃にはだいぶ自分がおかしなことをしている自覚が強まっていた。

 アカリは大きな通りを避け、敢えて入り組んだ路地を選んでいった。そのせいでついて行くのに必死になってしまったのだが、そうでなければとっくに声をかけていたと思う。

 陽はもうほとんど沈み、空は紺色に染まっていた。風も少し強まっている。

 アカリは一層区の居住街を抜け、更に街の外れへと歩いていく。

(あれ、こっちは――)

 ユラノは訝しく思う。この先は、傷痕断崖の近くだ。家屋の数は疎らで、あったとしても全てが廃墟。現在の四層区東部と同じ、放棄された区画だった。

 もしかしてこんなところに住んでいるのだろうかと考えたとき、アカリが振り返る。

「……もうあたしの家はすぐそこだ。満足しただろ? とっとと帰れよ」

「え、あ、うん」どうして今までついて来るなと言われなかったのか少し疑問だったのだが、どうやら単に諦められていただけらしい。「……でも、ここって」

「んだよ。確かにあたしらの他には誰もこんなとこに住んでねえよ。文句あんのかよ」

「いや、ないけど」

「だったらとっとと帰れよな。まさか、家までついて来る気か?」

「いや、そんなことは」

 今更に自分がしようとしていたことの意味を理解して、ユラノの頬が熱くなる。自分はただアカリのことが心配だっただけだ。けして家にまで行ってどうこうしようとか、やましい気持ちはない。……ないはずだ。

「じゃあ――」帰るよ、と言いかけたとき。

「お姉ちゃん!」 

 アカリが弾かれたように振り向く。区画の奥のほうに小さな影。

「キララ! なんで、だめだろ、こんなとこ出歩いてちゃ……!」

 そう言って駆け出す。

「だってお姉ちゃん、帰りが遅かったから、心配で」

 少女だった。髪は腰を越えるほどに長く、毛布を羽織っていてもなお目立つほどに体は細い。背の高さはミオと同じくらい――十二、三歳くらいだろうか。

 最も気を引いたのは、髪と瞳の色。赤い、アカリと同じ色だった。

「あれ――お姉ちゃん、怪我、したの?」

 キララと呼ばれた少女はそっと、包帯に包まれたアカリの腕に手を伸ばす。

「もう血は止まってるよ。キララが作ってくれた薬、持ってたから」

「そっか……でもすごい包帯。大丈夫?」

「ああ、平気だよ。あたしは平気。それよりキララのほうが心配だよ。体、大丈夫なのか?」

「うん、今日は結構調子いいから。っていうか、お姉ちゃん」

「何だ?」

「あのひと、だれ?」

 二人の視線がユラノに向いた。

「僕は」「たまたま行き会っただけ。だれでもないよ」

 自己紹介の暇もなく、アカリに声をかぶされてしまう。

「なあ、もういいだろ。帰ってくれよ」

「あ、う、うん」

 きっと妹なんだ、とユラノは思った。髪や目の色が同じだし、顔つきも似ている――何より、あの呼び方。ならばアカリの家がこの近くにあるというのも本当のことに違いない。

 家に帰り着くまで送るというのなら、これでもう十分なのだ。

「じゃあ、帰るよ。お大事に」

「ああ」

「え、帰っちゃうの?」

 アカリがキララの袖を軽く引いて、逆の手でユラノを追い払うような動作をした。ユラノは苦笑する。やっぱり歓迎されていない。潮時なのだ。

 ユラノはじゃあね、と言って帰途についた。キララはじゃあねと言ってくれたが、アカリは反応してくれなかった。

 もうすっかり陽は落ちてしまった。みんな心配しているかもしれない。特にリンヤ。出てくるとき振り切るような感じになってしまったし……。早く帰ろう。

 キララに対するアカリの態度を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。しきりに労わっているような様子だった。きっと仲がいいのだろう。やっぱりアカリは、本当はいい子なんじゃないか。

 そういえば――キララの姿。もう陽は落ちかけていてよく見えなかったけれど、隣にアカリがいたから何となく分かった。アカリも顔色が悪かったけれど、キララはそれよりももっと、具合の悪そうな顔色をしていた。 

 どこかで聞いたことがあった気がする。誰に聞いたかも思い出せないような曖昧な記憶だったけれど、キララに出会って思い出した、噂話。

 血の恋人には、病気の妹がいる。

 

「ねえお姉ちゃん、あのひとだれ? なんでここに来たの?」

 家に戻るまで、戻った後もずっと、キララはこの調子だった。アカリは正直参りかけていた。なぜならアカリはついて来た少年の名前を知らないのだ。だれと聞かれても返答に困る。

「ほら、いいからちゃんと毛布かぶって温かくしなって」

「ねえなんで隠すの? いいじゃない教えてよ」

「だから、たまたま行きあっただけだって言っただろ」

「うそ。用も無いのにここに来るひとなんて、いないじゃない」

「変な奴だったんだろ。あたしは知らないって」

「えー。なんか怪しいなぁ。お姉ちゃん隠し事してるんじゃないの? あの男の子結構かっこよかったもんねぇ?」

「はぁっ?」

 かっこいい? あいつが?

 顔が思い浮かんだ。黒髪。短め。赤い瞳。気弱そうな笑顔。すこし華奢で、頼りなさそう。

 でも、やるときはやる。

 助けてくれた。いや、正確に言えば、助けようとしてくれた。あたしは結局怪我をした。たぶん本当に何とかしたのはプリスの奴だろう。けど、剣を持って吸血鬼に立ち向かって行った。逃がそうとしてくれた。その勇気は、認めてもいい。でも。

「嘘だろ。っていうか、暗くて顔なんか見えなかっただろ」

「そうでもなかったよ? なにお姉ちゃん、その誤魔化し方、余計に怪しいよ?」

 そう言ってキララはへへっと笑う。

「怪しくない。大体――」

 自分は血の恋人なのだ。忌み子なのだ。キララの言いたいことはよく分かるし、興味だってないわけじゃない。だけど、無理だ。相手なんて見つかるわけがない。そんなことをしようとするだけ無駄、むしろ不幸になるだけだ。自分も、相手も。

 だけど今血の恋人だということを理由にすれば、きっとキララは哀しむだろう。この体質のせいで今までどんな目に遭って来たか、キララもよく分かっている。もううんざりしているはずなのだ。

 だからアカリは、違う言葉で否定する。

「――柄じゃ、ないしな」

 半分は本当のことだった。我ながら悪くない返答だと思う。

 キララは期待しすぎていると思うことがある。もう何度も裏切られてきたのに、まだ希望があると信じている。だからこんなに明るい。

 それが、アカリには眩しい。

 だけど、キララには明るいままで居てほしいとも思う。いつか幸せになってほしい。自分には無理でも、キララなら幸せになれるはず。血の恋人であることからは一生逃れられないけれど、病気はいつか、治るはずだから。病気さえ治れば、キララはあたしから離れられる……。

 アカリはキララのそばから立って部屋の中央に向かった。そこには小さな炉がある。床板を取り払って周りを石で囲んだだけの簡素なものだ。薪がくべられ、弱々しい炎を灯していた。

 橙色の光が壁を照らし、アカリとキララの影が写っている。炎に合わせて彼女たちの影も揺れている。

 アカリは炉で沸かしていたお湯を、木彫りの器に移した。そしてキララのもとに戻る。

「ほら、お湯。外寒かっただろ」

「ありがと。……ねえ、お姉ちゃん」

 アカリははっとしてキララを見た。先ほどまでの面白半分な様子とは、違う声だった。

「わたし、お姉ちゃんには幸せになってほしい」

「キララ……?」

「わたしが病気になってからずっと、お姉ちゃんわたしの世話ばかりしてるでしょ? だから自分のことが出来なくて、それで」

「何言ってるんだ、あたしはキララが元気になれればそれでいいんだ」

「でも、わたしは……」

 キララは俯いて、少しの間だけ、言葉を詰まらせた。

「……わたしのことは放っておいて、とは言わないけど。でも、もう少しくらい、お姉ちゃん自分のこと考えてもいいと思う」

 湯の入った器を持つ、キララの細い手に力が入る。

 アカリは、胸に小さな痛みを感じる。

「あたしには……」

 分からなかった。自分のこと。それは一体、どんなことだろう? どうすればいいんだろう?

「あたしには……、」キララしか、いないんだ。

「……お姉ちゃん?」

「……いや、何でもない。分かった、これから、考えてみるよ」

 キララはしばらく心配そうな表情でアカリを見ていた。

「うん。……きっとだよ」

「うん、きっとだ」

 そうしっかりと返事をしても、キララの表情は変わらなかった。


 窓から射し込む月の光が、プリスとミオの姿を青白く浮かび上がらせている。

「ミオ、薬塗るよ。腕出して」

「はい、プリス」

 ミオは左腕に巻かれた包帯をほどく。複雑な弧を描いて、腕から離れた布が寝台の上に渦を巻いた。

 プリスは寝台脇の台から薬瓶を取ると、中に入った軟膏を一掬い指につける。そっとミオの腕を取ると、傷痕に薬を塗り始めた。

「痛くない?」

「大丈夫。むしろ、気持ちいいです」

 これは、魔法を使った日――つまりミオの腕を切った日には、必ずしていることだった。傷が化膿したりしないように薬を塗る。切る部分は基本的に左腕なので、ミオ自身でも薬を塗ることはできるのだが、プリスは必ず自分でやるようにしていた。そうすることで魔法を使うことがどういうことか、その重みを、忘れないようにするために。

「必要なこととはいえ……、どうして、こんなことしなきゃならないんだろうね」

 ミオの左腕は、ざらついている。血約者ブリーデとして何度も傷ついたため、傷痕が消えずに残っているのだ。元々白い肌の上に、更に白い筋――傷痕が何本も走っている。三年に及ぶブリーデとしての日々、吸血鬼から街を守ってきた歴史、この傷痕はそういったものの証だった。

 プリスは万感の思いを込めた呟きを漏らす。

「世の中が、もっと平和ならよかったのに」

「でも、自分たちで望んだことです」

「うん。後悔はしてないよ」

 その言葉に偽りはない。わざわざ言葉に出す必要さえない気持ちだったが、二人はよく同じことを話している。これも、確認のためだ。

 薬を塗り終えるとプリスは包帯を巻き直す。慣れた手つきだった。手順、巻きつける強さ、そして方法。全てがミオのために考えられた、ミオのためだけの巻き方だ。

「はい、終わり。問題ある?」

「ないです」

「うん。じゃ、寝ようか」

 プリスとミオは横になって掛け布をかぶった。二人で、一つの寝台を使っている。枕も一緒。横になるとお互いの顔がすぐ目の前に来るので、安らかな吐息が感じられるのだ。

 おやすみ……、そう言うといつもならすぐに寝入ってしまうプリスだったが、今日は違った。

「……眠れませんか?」

 囁き声。プリスは目を開く。ミオの顔が、すぐそこにある。

「……うん」

「アカリさんのこと?」

「それもある……。けど、アカリのことはもう、終わったはずだ」

「……そう、ですね」

「だから、もう、いいんだ」

 プリスはそう言って、小さく長いため息をついた。それきり口を開かない。アカリのことは、プリスにとっては、心に刺さって抜けない棘のようなものになっている。

 ミオが掛け布の中で、プリスの手をそっと握った。やわらかくて、温かい手。一緒に歩いて行こうと誓った人の手だ。

 プリスは目を開け、話し始めた。

「……最近、隷属吸血鬼スレイヴの数が多いよね」

「確かに……気にしているのは、そのこと?」

「うん」

 プリスたちが「外の街」の警備をするようになってからの三年間、スレイヴどもが街へ来襲する頻度は多くとも月に三度、大体は一、二度だった。

 それが、この一ヶ月は既に五回。今日に至ってはスレイヴの数自体も、プリスたちの知る限りにおいて過去最大となった。

「不安なんだ。これじゃ、まるで……」

「……〈ロード・レーヴァの禍〉」

 ミオの呟いた言葉が不吉な響きを持って部屋に広がる。プリスはゆっくりと、噛み締めるように頷いた。

 三年前、ある吸血鬼の王(ヴァンパイア・ロード)がこの街にやって来た。事態を察知した「壁の中」の教会は血約騎士たちを派遣。戦場となったのは、ここ――壁の外の街だった。

 大量のスレイヴに埋め尽くされた街。人々は次々と吸血鬼の手にかかり、男性はただ殺され、女性は血を奪われた。血約騎士と吸血鬼の戦闘に巻き込まれて命を落とした者もいた。壊れた街、傷付いた人々。あのときの街はまるで、地獄のようなところだった。

 事態は結局、王の破滅をもって終息を迎えた。

 このとき多くの人が身寄りを失った。それだけではない。騎士が最後に放った大魔法は地を穿ち、地形を変えた。街中に突如出現した深い裂け穴、大地の傷痕は、現在〈傷痕断崖〉と呼ばれ、惨劇と共に街の人々に記憶されている。今はもう、そこには誰も住んでいない。……たった二人を除いては。

 プリスたちが血約したのは、このときだった。

 アカリと出会ったのも、このときだった。

 そして彼女たちが身寄りを失ったユラノ、リンヤ、カイと出会い、フリジア警備隊を結成したのもこの災禍がきっかけだった。

 あのとき――事の直前、来襲するスレイヴの数が大きく増したことが記録されている。

 丁度、現在の状況のように。

「もしかしたらまた、何処かの王がやって来るんじゃないか」

 プリスはミオを握る手に、少しだけ力を込めた。

「そうなったとき、わたしたちは、みんなを守れるのか。あのときみたいにみんな傷付いて、大切な人を亡くして、……笑うことが、できなくなるんじゃないか。そんな気が、するんだ」

 震えている。繋いだ手を通じて、不安がはっきりとミオに伝わる。

「大丈夫ですよ。……私たちは一人じゃない。二人でひとつの血約騎士です。しかも」

 ミオは励ますように、ぎゅっと手を握った。

「あなたは五十年に一人いるかいないかと言われるほどの天才騎士、十歳にして〈魔女〉型第五階梯――〈達人アデプト〉に名を連ねるプリス・フリジア=ミスティールじゃないですか」

「……その血約者ブリーデミオ・フリジア=エメレインも、血に秘める魔力の強大さで有名だ」

「そう。だから、大丈夫」

 ミオはプリスを抱きしめた。そうされると、プリスは自分の小ささを思い知る。

 ミオの言う通り、プリスは天才だった。騎士としてだけでなく、心の年齢――知能においても。皮肉にもそのことがプリスに、小さな身に余るほどの想いを抱かせてしまっている。

 どうかすると潰れてしまいそうになる彼女を、ミオはいつも支えてくれる。今腕の中で温かさをくれている、大切なひと……。

「大丈夫ですよ、プリス」

 抱きしめる腕に力を込めると、それ以上の力で抱き返される。それはプリスに、例えようもない安心をくれるのだ。

「そうだな……。ミオがいれば、大丈夫、……だよね」

 プリスは顔をあげた。不安が消え去ったわけではない。けれど、ミオと一緒ならば、たとえ不安でも笑うことができるのだ。

「ひとこと、言わせてもらうなら――」

「はい」

「わたしは〈魔女〉じゃない。〈魔法少女〉だ」

 ミオは小さくふきだした。つられてプリスも笑う。

 それは、いつものプリスだった。


「あっ、ユラノ!」

 家まで帰って来ると、そんな声が聞こえてきた。屋根の上から飛び降りて駆け寄ってくる、月灯りに鮮やかな白い髪。リンヤだ。

「リンヤ! ずっと外で待ってたの?」

「うん。おかえり。大丈夫だった? 何もされてない?」

「ただいま。大丈夫、そんな心配するようなことなんか何もないよ」

「そっか」

 リンヤは安心したように息をつく。しきりに両手を擦り合わせていた。

「寒くなかった?」

「ユラノがくれたマフラーがあるから、大丈夫」

 そう言ってリンヤは首に巻いたマフラーを手に取る。彼女の髪と同じ、白いマフラー。三年前にユラノがあげたものだった。ずいぶん気に入ったらしく、リンヤは本当にずっと身に着けている。ユラノとしては軽い気持ちであげたのだが、そこまで気に入ってもらえると悪い気はしなかった。

「明日、壁の修繕作業だね。頑張ろうね」

「うん。簡単に壊されないように、しっかりやらないと」

「わたしはお手伝いだけだけど、一生懸命おいしいご飯とか作るから。カイに教えてもらってるんだ、最近」

「そうなんだ。うん、期待してるよ」

 リンヤは嬉しそうに笑うと、ユラノの手を握った。

「早く寝よ。明日も早いよ」

 手を引いて家の中に入っていく。冷たいけど、しっかりそこにあることが分かる、温かい手だなとユラノは思った。

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