第14話 ニセモノノワタシ
「学校で会う私はニセモノなの」
聖子先生に引っ張られるままゲームコーナーまで移動すると、動かないクレーンゲーム機を見つめながら聖子先生は哲学的なことを言った。
「ニセモノ、ですか?」
「そうよ」
聖子先生は小さく頷き、視線を泳がせながら辿々しく言った。
「私、極度の人見知りのコミュ障で、まともに人の目を見て話せないの。ここだけの話、新任教師として教壇に立ったときは生徒にバカにされて学級崩壊寸前にまで陥ったわ。私の黒歴史ね。でも、これじゃいけないと一念発起したのが、キャラクターを演じることだったの。その変身アイテムがメガネ」
聖子先生の告白によると、普段かけているメガネはなんと度なしの伊達メガネらしい。
「メガネをかけて、髪を下ろして、華やかなメイクと衣装を身に纏えば、スパルタ女教師クロカワセイコ先生の出来上がり。元々コスプレも趣味だったから、難なくできたのよ」
そう言うと聖子先生は自嘲気味に笑った。
「セイコ先生を演じるようになってからは学校生活が驚くくらい順調になったわ。生徒からは慕われ、同僚の先生とも上手くやれるようになった。でもどれだけ人間関係が改善しようとも、私の精神は疲弊していった。だって」
聖子先生の揺れる瞳に捉えられ、不覚にも心臓がドキッと跳ねた。弾丸チョーク狙撃準備段階の鋭い眼光に射抜かれるドキッ、ではなく、異性の魅力に触れての、ドキッだ。
「だって、みんなが慕っているセイコ先生は私じゃないんだもの。セイコ先生が手に入れた生徒との信頼や絆は私のものじゃない、全部あの女のもの。本物の私は暗くて寂しい牢獄にひとりぼっちで幽閉されて、いつも嫉妬にかられているわ。もう気が狂いそう」
聖子先生は拗ねた女の子みたいな仕草でクレーンゲームに額を押し付けた。
「自分で自分に嫉妬してバカみたいだってわかってる。でもセイコ先生を演じるたびに、本物の黒川聖子が悲鳴を上げるの。『ここから出して、教壇に立つ女はニセモノよ。本物はここよ』って。崎山君は私のことがキライでしょ?」
「キライというより……」
ここは嘘をついても仕方がないと思い、オレは胸の内を素直に打ち明けることにした。
「正直に言うとオレ、ずっと聖子先生が苦手でした。すみません」
「謝らなくていいの、薄々気づいていたことだから。私、君に厳しいものね。でも、だからかな。セイコ先生にマイナス感情を抱いている崎山君といるとすごく気楽なの。本物の私を見失わずにすむから」
会話が途切れ、ゲーム機の陽気なBGMだけがオレたちの間に横たわっている。
オレは気まずい雰囲気の中、隣に立つ聖子先生を改めて見上げた。
学校では髪を下ろしているのに、長い髪を頭のてっぺんでお団子にした聖子先生は喪服姿の悲壮感も相まって、まるで別人の美しい女性。
もし、オレたちが赤の他人でご近所に住んでいたとしたら、聖子先生と挨拶を交わした日は「ラッキーな一日」になる、と勝手なジンクスを作ってしまうに違いない。
だからというわけでもないが、オレはふと思い立ってクレーンゲームをすることにした。
百円玉を投入口に落とし、レバーとボタンに指をかける。
「遊ぶの?」
聖子先生の死んだ魚のような目がクレーンを追いかけた。
「あのフィギュアを狙います。勝算はありませんけど」
オレはアクリル板の先、箱に入った一体のフィギュアを指差した。深夜アニメのヒロインのひとりであるそのキャラクターは、ちょうど今の聖子先生と同じお団子ヘアと黒いドレス姿だ。
「聖子先生、彼女をここから出してあげましょう」
「へー。崎山君って、こういう清楚系お嬢様キャラが好きなんだ」
「べ、別にそういうわけじゃ! オレはニセモノのセイコ先生に囚われている本物の聖子先生を、クレーンゲームの中に閉じ込められているフィギュアに見立てて──」
「ごめんね、わかってる。からかっただけ」
フフフと聖子先生はやんわりと相好を崩した。学校で会う聖子先生とのギャップに拍子抜けしてしまうが、獲物を狩る肉食獣のような視線で睨まれるよりはマシに違いない。
「あーあー、残念ね……」
一回目のチャレンジは見事失敗に終わった。続く二回目以降は聖子先生がスポンサーとなって五百円硬貨を入れてくれた。
本当ならば、埒が明かないポンコツアームを早々に見限って、真之助の幽霊チートを最大限活用し、クレーンゲームの中から直接取り出し口へ景品を落としてもらいたいところだが|(恐らく反則だと即断られるだろう)、今は頼れる相棒がいないため、信じるべきは己の実力のみ。
次こそは腕の見せ所だとオレは息巻いたが──。
結局気合いだけが空回りし、聖子先生に二千円の損失を被らせたところで、フィギュア救出大作戦は失敗に終わった。




