第13話 TETSUYA
真之助から逃げるようにして、ひとり桜花川の河川敷を離れたオレが向かった先は、近くのCD・DVDのレンタルショップ『TETSUYA』だ。
今朝、真之助がアメゾンのサブスクにはないスパイ映画が観たいと言っていたことを思い出したからだ。
「誰にでも聞かれたくないことのひとつや二つあるもんだよな、悪かった」
謝罪の言葉にDVDを添えれば、きっと真之助の機嫌も直るに違いない。心が逸り自然と小走りになる。
途中、桜花川に架かる『一夜橋』のたもとで、釣糸を垂らす侍の姿を見た。真之助が追いかけてきたのかと喜んだのも束の間、風に揺れる葦と見間違えたことに気付き、溜め息を吐いた。
ひとりで歩く河川敷はゴールのない迷路のようで心細い。すぐ脇を流れる桜花川の圧倒的な支配力の前ではひれ伏すしかないし、河原でイチャつくカップルはムカつくし、どこまでも続く代わり映えのない風景は退屈だ。
守護霊が見えるようになり日常が非日常に取って代わった。たった六日。されど六日。
少し前まで真之助がいない穏やかで平和な日常が当たり前だったのに、いつもおかしな冗談を言って笑わせてくれるあいつが隣にいないと、牛肉抜きの牛丼を食べているかのようで、日常に物足りなさを感じてしまう。
喉から手が出るほど返して欲しかった日常がこれほどまでに無味乾燥だったとは。
すっかり真之助に毒されてしまったようだ。笑いが腹の底から込み上げてくる。
さて、非日常を取り戻しに行きますか!
オレはTETSUYAの自動ドアをくぐった。
※ ※ ※
お目当てのスパイ映画を無事にレンタルできたオレはブックコーナーで漫画を立ち読みすることを思い立ち、店内を少しブラつくことにした。
週刊少年漫画雑誌を手に取り、パラパラと流し読み、そして棚に戻す。そんなことを二回ほど繰り返した頃だろうか、脳天を撃ち抜くような鋭い視線を感じ戦慄が駆け抜けた。
店員さんに立ち読みを注意されるのだろうか、と読んでいた漫画から恐る恐る視線を上げると、見ず知らずの美女がオレを睨んでいるではないか。
視線がかち合うと、美女は開いていた雑誌に慌てて顔を隠した。
ビックリしているのはオレの方だよ、と内心思いながら、オレは美女の視線に既視感を覚えた。
こんなこと、以前にもあったような。どこで? つい最近? いや、毎日──。
記憶を辿りながら、ゆっくりと美女の元へ歩を進める。隣に並んでみて、既視感の正体がわかった。
「聖子先生じゃないですか」
「さ、さ、崎山君。偶然ね!」
雑誌から顔を上げた美女改め聖子先生は不自然な笑みを張り付けた。プライベートな時間に声を掛けたらマズかったかなとは思ったが、次の言葉が吐いて出る。
「何だか、いつもと雰囲気が違うと思ったら、今日はメガネをかけていないんですね」
「そ、そ、そうなの。メガネがないと誰かわからないと言われるんだけど、崎山君はよく私だとわかったわね」
「学校で毎日会ってますから」
弾丸チョークを投げるときと同じ殺気を感じたからわかったのだ、とはあえて言わない。
「聖子先生はTETSUYAにはよく来るんですか?」
「きょ、きょ、今日は知り合いの法事があって、たまたま近くに来たものだから」
「だから喪服なんですか。この辺り神社仏閣の集まる寺町が近いですもんね」
プライベートで会う聖子先生は法事というイベントのせいもあるが、意外にもナチュラルメイクで好感度が高かった。
肉食獣を思わせる濃いめのアイラインと、キラリと光るメガネがないだけで、取っつきやすいし、喋りやすい。
そして、何より──驚くほど可愛らしい。学校で会う聖子先生の百倍増しで魅力的だから、うっかり会話も心も弾む。
これは友人Aに話すべきか否か。心に秘めておくのは罪か否か。軽く良心の呵責に苛まれるくらいには隠しておきたい出来事だ。しかし、何か違和感がある。
「さ、さ、崎山君は? 本を買いに?」
「オレはどちらかと言うと立ち読みはついでで、レンタルが目的です。トメ・クレーズのスパイ映画なんですけど、残り一本だったところ、運よくレンタルできたんですよ。聖子先生はその雑誌、買うんです、か──」
聞いてしまってオレは気がついた。
雑誌のタイトルは「月刊ボーイズラブ」。
聖子先生はわたしと同じだから──。
安藤さんの言葉が甦る。
聖子先生の浮き足だった言動から、これは恐らくというか、絶対に知ってはいけない、触れてはいけない、担任としては秘しておきたいプライベートを覗いてしまったのだ。
オレは殺人事件に出くわした目撃者のように硬直した体と視線をゆっくりと弛ませながら聖子先生から後ずさった。ここは何も見なかったことにして立ち去ろう。
「……それじゃあ、また学校で」
「違うのっ! これは生徒がどんな漫画に興味を持っているか知っておきたいから勉強のためよ。本当に本当なのよっ!」
あまりにも必死な聖子先生は湯気が出そうなほど真っ赤な顔をして首をブンブンと横に振った。色素の薄い茶色の瞳には涙が滲んでおり、これではまるでオレが聖子先生を苛めているみたいではないか。罪悪感がズドンと胸にのし掛かってくる。
「泣かないでくださいよ。オレが泣かせたと勘違いされるじゃないですか」
まさに天変地異だ。いつもはオレが叱責され泣かされる立場なのに、教師と生徒の立場が逆転している。
「私、メガネがないと、ひどいコミュ障で泣き虫の豆腐メンタルなのよ」
「何ですか、その初期設定」
「ここで見たことを誰にも話さないと約束してくれるまで帰さないから!」
「話しませんから、離してくださいよ!」
こんなはずじゃなかった。
図らずとも、またひとつ友人Aに明かせない秘密が増えてしまうとは。
オレはガックリと肩を落とした。




