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事あるときは幽霊の足をいただく!  作者: 北大路 夜明
第6章 Time is running out
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第12話 無に触れる

「……結局、携帯電話見つからなかったな」


「うん」


 オレたちはベンチに腰を掛け、河川敷グランドで少年たちが元気にサッカーボールを追いかけ回している様子を眺めていた。


 練習試合なのか公式試合なのかわからないが、とにかく点を稼ぐゲームが開催されており、チームはユニフォームの色で分けられていた。現在、オレンジチームが優勢で、丁度ブルーチームのゴールネットを揺らしたところだ。


 飛ぶ虫を叩き落とすようにブルーチームの少年たちが悔しそうに拳で宙を殴る。そのやるせなさは今のオレの心境を丸映しにしていた。


「まあ、例え携帯電話が今頃見つかったところで三年間も野ざらしだったわけだし、データが生きているはずがないよな。となると証拠はじいちゃんの手帳だけってことか。ああ、もっと収穫が欲しかったぜ。豊原さんを追い詰められるような確かな証拠が、さ」


「あとは三田村さんたちを信頼しよう。私たちにやれることはやったよ。もう充分だ」


 真之助はどこまでも前向きで肯定的だ。その達観した前向きさが時に眩しく、時に歯痒い。


 オレはやり場のない焦燥感を(ふところ)に抱えたまま、ベンチに寄りかかった。視線はサッカーボールを追いながらも思考は未練がましく事件から離れられない。


「三田村さんたちが再捜査に乗り出した切っ掛けって、じいちゃんが通り魔事件の犯人を知っているとのタレコミがあったからなんだろ? 警察に情報を提供したのって誰なんだろうな」


「さあ。案外、意外な人物だったりして」


「意外って……豊原さんとか? まさか、そんな()()かよ、あの人」


 またもやブルーチームがゴールを決められた。「クソ!」と無意識が心の声を発したとき、隣で真之助が「やった!」と小さく感嘆の声を上げたから、オレは驚いた。


「お前、オレンジを応援していたのか。普通は負けているブルーを応援するのが人情ってもんだろうが」


「フツーは勝っている方だよ。私は負け戦はしない主義なんだからさ」


「だったら、どっちが勝つか、賭けようじゃねえか」


「挑むところだ!」


 賭けの内容はいつかと同じく勝った方が負けた方の言うことを何でも聞くという至ってシンプルなやつに決まった。


 スポーツ賭博は違法であるし、ましてや少年サッカーに賭け事とは言語道断に違いないが、金銭を賭けるわけではないのだから、スポーツの神様も許してくれるだろう。オレたちは思い思いの声援を送った。


 結果はというと──オレの応援が届き、見事ブルーチームが逆転勝利した。終盤、オレンジチームの凡ミスがブルーチームの気運の呼び水となって、あれよあれよと同点まで追いつき、PK戦でゴールが決まったのだ。


 この賭けはオレの勝ち。優越感にどっぷり浸りながら王様の如く横柄に足を組み、隣で地団太を踏む真之助に哄笑を浴びせていると、オレンジチームの小学生たちがやって来てオレを指差した。


「お兄ちゃんのせいで負けたんだ。仕返しで高校受験に失敗する呪いをかけてやる。チービ、チービ!」


 コンプレックスを逆撫でする罵詈雑言(ばりぞうごん)を口々に吐いて走り去っていった。


「おい、クソガキ共。戻ってこいよ。ぶん殴ってやる!」


「大人気ないなあ」


「それはお互い様だっつうの!」

 

 憎まれ口を叩きながら、いつの間にか真之助とこうして言い合いをするのが日課になったなあと心の片隅でぼんやり思う。


 出会った頃は真之助のふざけた言動に軽く殺意を抱くほど腹が立ったが、今では幸福感に似た穏やかさを感じるようになっていた。


 おかしな話だが、真之助と一緒なら、豊原さんへ向かう怒りや憎しみ、不安などの黒々とした塊も、グラスの中に浮かぶ氷のように徐々に輪郭を失いながら小さくなっていき、事件は必ず解決できるのだと強い確信が持てるのだ。


 そうだ! 事件が解決したら真之助とパアッと派手に打ち上げをしよう。三田村さんと安藤さん、ついでに友人Aも呼んでもいい。場所はそうだな、「|Cafe・cachetteカフェ・カシェット」にしよう。いや、やっぱり家で真之助と二人、ゲームをしながらお菓子をむさぼるのもいいな。気兼ねなくワイワイやろうじゃないか。


 そんなことを考えていたら、早くも一件落着した気分になり、「真之助、ありがとう」と感謝の気持ちがするりと口から滑り出ていた。


「いきなりお礼なんてどうしたのさ?」


 フライングした言葉を取り消すこともできず、オレは堪忍する。


「じいちゃんの最期のルートを辿れたのはお前のお陰だよなあと思ったんだよ。たまに礼を言っておかないと罰があたるじゃねえか。それに久しぶりに桜花川(おうかがわ)にも来たことで思い出したこともあったし」


「思い出したこと?」


「オレ、ここから見る桜花川の景色が好きだったんだ」


「へえ」


 真之助が感心したような声を漏らした。


「水恐怖症だから拒絶反応がまだあって少し怖いけどさ、溺れる前までは桜花川によく遊びに来ていたんだぜ。知っていると思うけど」


 風を感じて目を閉じる。真之助が隣にいるからだろうか、不思議と水に対する恐怖心はなく薫風が心地よい。さて、心が満たされた次は体の番だ。さっきから腹が減ったと不満を垂れている胃袋を満たしてやらねば。


 オレはショルダーバッグをガサゴソやって、みたらし団子味のソフトキャンディーを取り出した。


「真之助も食べるか?」


 聞くが早いか食うが早いか、すでにクチャクチャやりながらキャンディーを放ろうとしたところ、とてつもなく眩しい光源でも見るようにして真之助の目が細められた。


「いらないよ、死んでいるからね」


「……あ、そうだったな。うっかりしてた」


 真之助は死者であることを忘れさせてしまうほど生き生きとして生者よりも生者らしい。無邪気な子供のようにコロコロと表情を変え、よく喋り、よく笑う。その雰囲気は、吹けば周囲に花を咲かせ、生命の躍動感を感じさせる春風のように朗らかだから、死にまつわる恐れと陰湿なイメージをいつの間にか遠くへと運び去ってしまうのだ。


「私の顔に何かついてる?」


 風を起こしそうな長い睫毛をパチパチさせて真之助はオレを見た。


「ずっと気になってたんだけどさ。真之助って、どうして死んだんだ?」


 オレは二個目のキャンディーを口の中で転がしながら、高まる好奇心に身を委ねた。


「パッと見、まだ二十代前半くらいなのに、ばあちゃんはお前を偉大な守護霊様だと崇めるだろ。ってことは、若いのにものすごい偉業を成し遂げて死んだってことじゃん?」


「千代の話が大袈裟なだけで、別に大したことはしていないよ。若見えするのは真と同じで童顔なだけだし。それに私は過去を振り返らない主義なんだ」


「大抵、偉業を成し遂げた大物は自分を大したことないって言うのがセオリーなんだぜ。ケチ臭いこと言わないで、教えてくれよ。頼む、この通り」


 手を合わせて拝み倒すと、真之助は根負けしたとでも言わんばかりに長い溜息を吐いたあとで、咳払いをして喉の調子を整えた。勿体ぶらずとも喋る気満々ではないか。


「では、拙者の話を聞いて下さるか。真殿」


「お、おう」


 礼には礼を。しかつめらしい口調で切り出す真之助に対して、オレは姿勢を正し、期待を膨らませて次の言葉を待った。


「実のところ、私は赤穂浪士のひとりだったのです。歴史の影に名は隠れてしまいましたが、我が殿、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の無念を晴らすため、怨敵、吉良上野介(きらこうずのすけ)を見事討ち果たしもうした!」


「これは……想像を遥かに超える衝撃だな」


 赤穂浪士と言えば、藩主に忠君を捧げる理想のサムライとして、映画、時代劇などで何度も映像化され、その敵討ちは美談として讃えられてきた謂わば、日本人のバイブルではないか。授業中の居眠りに忙しいオレでも知っているレベルの傑物だ。


 その英雄のひとりが真之助だったなんて!


 ビー玉大の涙を袖で拭いながら、おいおい泣く真之助に誇らしさと尊敬の念を抱いたとき、


「なーんてね。真がひどく期待していたから、はりきって創作してみたんだ」


「創作だと?」


「カッコいいよね、赤穂義士。でも、今の世情とはマッチしないかな。考えてもみなよ、現代のサラリーマンが社長のために命を懸けられるわけないじゃん。ちなみに由井正雪編と伊庭八郎編も創ってみたんだけど、どっちから聞く? あとここからは有料になるけど、オプションで異世界転生も付けられるよ」


 濡れた頬を一瞬で渇かし、飄々とおちゃらける真之助に、オレは堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。


「……危うく尊敬するところだったろうが」


「え、それって何か問題でもある? 私は尊敬してくれても一向に構わないんだけどな」


「誰がお前なんか……バーカ、バーカ!」


「ほら、サッカー少年たちが真を見ているよ。高校生にもなって恥ずかしいなあ。抑えて抑えて」


「ぐぬぬぬ……!」


 今オレはさぞかし真っ赤な顔をしているのだろう。感情を抑え込み、唸ることしかできないオレを見て真之助は高らかに笑う。


「これだから真をからかうのはやめられないんだよね」


「どうせ、お前が成し遂げた偉業なんて、鼻クソ程度のものなんだろうよ!」


 誰が見ていても構わない。今ここでこいつをぶっ飛ばす。


 なりふり構わず、怒りを解放しよう。握った拳に決意表明した矢先、なぜだろうか、オレは気勢がすっかり削がれていることに気がついた。



 アレ?



 スーッと波が引くかのように煮え繰り返っていた感情が跡形もなく消えていく。そして、打ち寄せる波のように新たな感情が表れた。最初はぼんやりとし正体がまるでわからなかったが、次第に焦点を結び、判別がつき始める。オレはそれを目の当たりにして戦慄した。



 それは後悔だ──。



 一頻(ひとしき)り笑った真之助に一瞬だけ「無」のような表情が浮かび、オレは悟った。


 真之助の過去に触れることはパンドラの箱を開けるのに等しく、これは禁忌だったのだ、と。


 「無」とは、光も闇も温度も生命の足跡も感じられない、深い深い谷底のような空っぽの世界。


 オレは一度だけ「無」に触れたことがある。


 白い棺桶に収まったじいちゃんの死に顔だ。オレは脱け殻になった物言わぬじいちゃんに恐怖した。


 その震えが甦る。


 真之助は明るい性格であるから、死と一番かけ離れた場所にいるものと思い込んできたけれど、実は一番近い位置に立っていたのだと思い知らされた。


 真之助の死人のような表情とじいちゃんの死に顔。


 「無」に飲み込まれた二人の顔がダブり、すっかり怖じ気づいたオレは、物憂げに桜花川を眺める真之助を置き去りにして、河川敷から逃げ出した。

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