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事あるときは幽霊の足をいただく!  作者: 北大路 夜明
第6章 Time is running out
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第11話 桜花川

 桜花川(おうかがわ)……源は県内一の標高を誇る暁山から発し県南へ流下。やがて東京湾に注ぐ一級河川。江戸時代は材木の運搬や農業用水として用いられ、人々の生活と密に関わってきた。現在では川下りや釣り、BBQなどのレジャー、夏は花火大会や灯籠流しのイベントも楽しめる。さらに日本桜の名所100選に選ばれた遊歩道は約二キロに渡る桜並木を散策でき、特に散り際、水面に浮かぶ花筏(はないかだ)はこの世のものとも思えぬほど幻想的かつ圧巻である。桜花川の恩恵は古往今来尽きることがない──。【桜並木市の歴史 著者豊原敦彦】



 

 閑静な住宅街をしばらく進むと、突然視界が開け、悠然と流れる桜花川が目の前に現れた。


 まばゆいばかりの陽光をきらめかせ、泰然自若と横たわる桜花川はまるで美しい鱗を身にまとった強大なドラゴン。それは勇者一行(オレたち)の行く手を阻むモンスターの如く立ちはだかっている。


 しかしまあ。


 ドラゴン様(桜花川)のご推察通りオレの足が竦んだのは紛れもない事実で、虎の威を借る狐ではないが、颯爽と風を切り先を行く真之助の威光を笠に着てオレはおずおずと付いて歩いた。


 真之助の揺れるポニーテールを見ながら、もしもと、考える。


 もしも真之助がいなかったらオレはこの場所を訪れたのだろうか?


 家族はじいちゃんの命日には必ず桜花川へ足を運び供養のためにと線香を供えてきたが、じいちゃんの死を受け入れられなかったオレはというと、手を合わせるどころか現場に近づくことさえできなかった。そうでなくても桜花川は小学生のときに溺れて以来因縁の場所なのだから、


 「じいちゃんの最期のルートを辿る」。


 こんな行動に出れたのは言わずもがな真之助のお陰なのだ。


 もしも真之助がいなかったら、事件解決のためとは言え、いつまでも踏ん切りが着かなかったに違いない。ほんの数日前まで「逃げモード」にギアを入れっぱなしだったオレには想像もつかないほどの大躍進だ。


「見たか、ドラゴンめ。オレのパーティーは最強なんだ!」


 優越感を胸に勝ち誇ったオレは桜花川に向かって下瞼を引き下げ、「ベー」っと舌を突き出した。


「ひとりで何してるの?」


「いいの、いいの。こっちの話!」


 振り返った真之助が不思議そうにしたが、「さっさと行くぞ、名探偵殿」と足取り軽くオレは真之助を追い越した。


 じいちゃんの遺体が見つかった場所はすぐにわかった。生前じいちゃんを慕った人たちが手向けてくれたのだろうか、色とりどりの花束が遊歩道を明るく賑わせていたのだ。


 明日で丸三年が経つというのに、今もなお、片手に余るほどの花束をじいちゃんのために供えてくれるなんて──みんなの想いに胸と目頭が熱くなった。


 オレは花束の前で膝を折り、両手を合わせてじいちゃんの冥福を祈った。


 瞼の裏側にじいちゃんとケンカ別れしたときのことが甦る。


 オレに鍵入りの植木鉢を渡したすぐ後のことだ。


 何を思い立ったのか一度一階に下りて行ったじいちゃんが再びひょっこり顔を覗かせ、「近いうちに温泉旅行に行かないか。水恐怖症を克服しよう」と言い出した。


 どうやら学校で「崎山は中学三年になってもシャンプーハットを使っているダサいやつ」と上野にバカにされたことを母さんから聞き及んだらしい。


 母さんめ、余計なことを話しやがって。とオレは内心舌打ちをして、じいちゃんの誘いを断った。


 だが、どういうわけかじいちゃんは退かなかった。今となっては優しいじいちゃんらしからぬ強引な言動に異変を感じるべきだったが、オレは水恐怖症は克服できないから恐怖症なのだと理屈を捏ねて頑なに拒んだ。


 もしかすると、じいちゃんはこのときすでに自分の身に危険が及んでいることを知っていたのかもしれない。


 じいちゃんの抱えていた案件が解決したあとの励みとして温泉旅行を思いついたのだと今ならわかる。


 三分ほど祈りを捧げたあと、オレたちは周辺の草むらに分け入ってじいちゃんの携帯電話が落ちていないか探し始めた。


 これはオレの妄想だが、あの日じいちゃんと揉めた豊原さんは歩道橋からじいちゃんを突き落とし、携帯電話を奪って現場から立ち去った。携帯電話には犯人にとって不利になる記録が残っていたため奪う必要があったのだ。そして証拠隠滅のために桜花川に携帯電話を投げ捨てた。


 事件から三年も経過しているのだから、証拠が残っている可能性は限りなく低いが、万が一ということもある。警察が見落とした「何か」がきっと残されているはずだ。


 オレには聞こえる。



 真、見つけてくれ。じいちゃんの最期の声を聞いてくれ──。



 オレの身体に流れる血とじいちゃんの血が共鳴し合い、ドッドッドッと心臓を叩くのだ。その訴えにオレは呼応する。



 じいちゃん!



 しかし、時間を忘れ真之助と二人、懸命に地面に這いつくばってもじいちゃんの携帯電話は愚か、事件と関わるような証拠は見つからなかった。


 それもそのはず、「探し物かい?」と土手の上から声をかけてくれた人があり、「家族の落としものを探している」と事情をかいつまんで話したところ、河川敷は県に委託された業者が定期的に清掃や整備などの管理を行っていると教えてくれた。半年前の落とし物だったらまだしも、三年も前の落とし物となれば、とっくに処分されているだろう、と。


 オレたちは礼を言って、この場を離れるしかなかった。


 探偵ごっこ終了を告げる鐘の音がいつまでも頭の中に響いていた。

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