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事あるときは幽霊の足をいただく!  作者: 北大路 夜明
第6章 Time is running out
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第1話 スパイ大作戦

 壁に身を寄せ、息を潜める。


 静まり返った家中にはオレの息遣いが聞こえるだけ。


 情報を盗み出すために敵のアジトに侵入する。


 気分はすっかりスパイ映画の主人公だ。


 ゴクリと生唾を飲み下すと、先を行く真之助が振り返った。結った髪が半円形を描く。


「オッケー。今なら千代はいないよ!」


 声を張り上げる真之助に、すかさずオレは唇に人差し指を当て、「シッ」と短い音を立てた。せっかくのスパイ映画の気分も台無しだ。空気の読めないやつめ、と叱責の意味も込め睨む。


「大声出すんじゃねえ。一階には父さんと母さんもいるんだからな。敵はばあちゃんだけじゃねえんだよ」


「だから、私の声は真にしか聞こえないんだって!」


 真之助は何度も同じことを言わせないでよと顔をしかめた。


 土曜日の早朝。


 一週間の疲れを回復させるため未だ夢の中にいる父さんと母さんに対して、余暇時間の富裕層であるばあちゃんが日課のジョギングで部屋を空けている今、オレたちに与えられた千載一遇のチャンスなのだ。


 オレは右手にあるにカギに一瞥をくれた。


 じいちゃんがオレに預けた植木鉢の中から見つかった鈍色のカギ。小さくとても軽く扱いやすいが、その正体に関してはなかなか重い口を割ってくれそうもなかった。


 机の引き出しのカギなのか、はたまた金庫のカギなのか。


 オレたちはばあちゃんの部屋に何かヒントが隠されているはずだと狙いをつけて、鬼の居ぬ間に探し出すことに決めたのだった。


「さあ、千代が帰ってくる前にチャッチャと終わらせちゃおう」


 真之助はトイレで用を済ませるような軽さで言うと、襖を横に滑らせる。が、勢いあまって襖を柱に衝突させるから、たちまちのうちに鋭い音が家中を疾走する。


「バカ、何やってんだよ」


「気にしない、気にしない。ラップ音、ラップ音」


「余計怖いわ!」


「ねえ」


 ようやくオレの気苦労をわかってくれたのか、にわかに真之助が声を潜めた。


「私たちさ、今スパイ映画の主人公みたいでワクワクするね。そう言えば、アメゾンのサブスクにスパイ映画がないんだけど、今度DVDを借りて来よう」


「誰がDVDなんか借りるか! 空気を読んだ会話をしろ。お前のお陰でスパイ映画がホラー映画に化けちまったろうが」


 精いっぱい声を押し殺し怒りをぶつけてみたところで、「ああ言えばこう言う」を地で行く真之助には敵いっこない。


 スパイ映画のテーマソングを下手な口笛でなぞりながら、早速部屋を物色し始めた真之助に、オレは大袈裟な溜め息を浴びせるのだった。


「真はどこのカギだと思う?」


 それから五分と経たないうちに、すっかり飽き飽きした様子で真之助が伸びをしながら訊ねてきた。


「鍵穴を探す範囲って案外狭いよね。タンスでもない、金庫でもない、机の引き出しの鍵穴でもない」


ばあちゃんの部屋(ここ)じゃないってことか。残るは──」


「「仏間だ!」」


 意見が一致したオレたちは足音を立てず速やかに仏間へ移動する。今度は襖の開閉に細心の注意を払いつつ、室内に侵入を試みた。


 入ってすぐ黒檀の仏壇が目に飛び込んでくる。


 日頃から先祖信仰の熱いばあちゃんが指紋ひとつ残らぬよう神経質に磨いているためだろう。


 仏壇の威風堂々たる出で立ちは、思わず触れるのも躊躇わせる博物館級の骨董品のようで仰々(ぎょうぎょう)しい。


 その仏壇の下段へ視線をずらす。と、観音扉の収納スペースがある。本来、線香や葬儀名簿などをしまう場所だが、何かにおうぞとオレの直感が騒ぎ立てる。


 恐る恐るツマミを引くと──三段の引き出しが現れた。


 隣り合わせの小さな引き出しと、その下には大きな引き出し。


 そして、大きな引き出しの右上にあった。


 鍵穴だ。


 興奮気味の真之助に早く早くとせっつかれ、挿し込んでみるとピタリとハマる。手首を反時計回りに捻るとカチリ。と明るい音。オレたちは顔を見合わせる。


「開いた!」


 逸る気持ちを押さえつつ、開かずの金庫を開ける番組のように勿体ぶって引き出しを開けると、真之助が大仰に手を叩き歓声を上げた。


「三田村さんが探していた孝志君の手帳だ!」


 黒い表紙の手帳をパラパラとめくれば、じいちゃんの懐かしい文字が几帳面に並んでいる。スケジュールと日記帳が一緒になったそれは三年前の元旦から始まり、じいちゃんが死ぬ前日までの記録が記されていた。

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