街案内と騎士を目指す者
「うわぁ~~! 人が! いっぱい! 建物も! いっぱい!」
門から見える街の光景に、セイレーンの少女は驚きを隠せない。
「すっごいねムラサキ! アタシ、こんな大きな街初めて見たよ! なにがあるんだろ!」
「そりゃよかった」
二年前の自分は、驚きはしたが期待より不安のほうが大きかった気がする。ジルカは目の前ではしゃぐ少女を見ながら、そんなことを思った。
森でサンドイッチを食べた後、イルイラと名乗ったセイレーンの少女は、便利屋をやっているというジルカに依頼をした。それはロンティルトの街案内。街の近くまではきたが、入るにはどうにも勇気が出なかったらしい。
「でもよかったの? お金、いらないだなんて」
「ま、今日はもう、やることもないから。変なモノを見せたお詫びってことで」
「別にいいのに。いま思えば、そんなにおっきなヘビじゃなかったし」
「あれは水が冷たかったせいで……いや、なんでもない」
悲しげな目をしたジルカを他所に、まだ門をくぐったばかりだというのにイルイラはちょこちょこと忙しそうに動き回る。その姿は鳥というより、好奇心に動かされる猫のようにも見える。
「イルイラはどこでも飛べるんだよな?」
「飛べるよ? ムラサキも見たでしょ」
「そりゃそうなんだけど、だったら気をつけなきゃいけないことがある」
「なになに? 街中で飛んじゃいけないとか?」
「街中“だけ”ならいいと思うんだけど……」
そう言って、ジルカは街の中心に建つグラウリース城を指差す。
「あの城の上だけは飛ぶなよ。魔法の結界が張ってあって、下手に近づいたら結界に捕まったところを宮廷魔術師にドン! だからな」
「こわ~……鳥もダメなの?」
「……イルイラは鳥扱いされていいのか? それは置いとくとして、普通の鳥なら大丈夫。一年くらい前かな、街にきた見世物小屋からグリフィンが逃げ出して、城の結界に引っかかってるのなら見たことがある」
そして宮廷魔術師に黒焦げにされたことを、イルイラに話す。グラウリース城は皇帝が住まう場所。危険があれば即対処となる。
「じゃあ街で飛ばないようにする!」
「そうしとけ」
こうしてジルカはイルイラを連れ、街を案内する。城の近くには美術館や大図書館など観光名所があるのだが、イルイラは静かな場所よりも騒がしい場所を選択する。
「見たことないの、たくさん!」
露店が多く並ぶ通りを中心に、ジルカは案内して周る。果物を使ったジュースを売る屋台に、大道芸を披露する芸人などもいる。皇姫の婚約式典が近いためか、いつも以上の賑わいを見せている。
……だというのに、妙な居心地の悪さを二人は感じていた。
「なんか、みんなアタシを見てる気がする……」
「気がするんじゃなくて、見られてる、な」
人前に滅多に姿を現さないというセイレーン。しかも腕が翼になっている亜人など、他にはいない。普段から亜人を見慣れているはずの住民も、物珍しそうにイルイラを見ていた。
「嬢ちゃん嬢ちゃん、あんたセイレーンだろ? だったら、羽を売ってくれねぇか。羽根飾りは高値で売れるって話、ほんとうなんだろ?」
「あ、あの……」
「さがれさがれ。こいつは商売にきてるわけじゃないんだ」
この様にイルイラに寄ってくる商人も出てくる始末。商魂たくましいといえばそれまでだが、今は街の外から多くの商人がきているため、マナーの悪い者も増えている。ジルカがいくら追い払おうと湧いてくる。
「こっちにきたのは間違いだったかな……イルイラ、別のところにいこう」
「う、うん。いいところあるの?」
「少しいった先に、美味いケーキを出してる店があるんだ」
「ケーキ!? 食べる! 食べたい!」
ということで二人は足早に通りを抜け、細い路地の先にある菓子店へと避難した。店長の女性が趣味でやっている店で、看板もなく場所も入り組んでいて、街の住民でも案内がなければ迷子になることもある。街の外からきた商人が、ここまで追ってくることはないだろう。
「イラッシャイ、マセ。ハイディア、ヘ、ヨウコソ」
店に入ると、人とは違う、平坦な音声で歓迎される。声はケーキが並ぶカウンターの奥にいる、ハイディアと書かれたエプロンと三角巾を着けた一体の石人形から聞こえてくる。
「……コレが店長さん?」
「これは店長が造った店員ゴーレム。本職は魔術師で、ほとんど店には立たないんだ」
ジルカがこの店を知っていたのは、店員代わりのゴーレムを造りたいという依頼が便利屋にあったから。ルイシャがハイディアのケーキを気に入っていることもあり、ときどき買いにきている。
「コレ、トハ、シツレイ、デスネ。コウガイフンゲキ、デス」
「ぴぃ……ごめんなさい」
「まーた変な言葉を覚えてるな」
「ガクシュウ、ト、イッテ、クダサイ」
最初は決められた挨拶と会計くらいしかできなかったのだが、店長がどんどん改造を施すせいで、受け答えなどもできるようになってきている。
「ハジメマシ、テ、オジョウサン。ワタシハ、マスタング、ト、イイマス」
「おお、名前もあるのね。しかもカッコイイ」
「正確には、マスタングⅧ世な」
「コノアイダ、キュウセイ、ニ、ナリマシタ」
「あ、そ。今度はどれくらいⅨ世でいられるのかな」
「ソレハ、マスター、シダイ、デス」
店長の気分次第で番号が変わってゆくため、明日にはⅩ世になっている可能性もある。最初にⅠ世からⅡ世に変わったのも、造ってから三日後のこと。
「今日のお勧めは?」
「チーズケーキ、ト、ベリーパイ、デス」
「なら、チーズケーキをワンホールと……イルイラはどうする? 奢るよ」
「いいの?」
「ついでだから。ただしワンカットな」
「うん!」
イルイラは悩みに悩みぬいた上、ベリーパイを選んだ。ベリーパイをチーズケーキとは別に包んでもらい、マスタングに見送られながら店を出る。余計な出費ではあるが、イルイラとルイシャにお土産を買っていこうと思っていたところ。ベリーパイのワンカット程度でケチりはしない。
「~~♪ ~~~♪」
小さな箱を抱え嬉しそうに歩くイルイラの鼻歌が、大通りの喧騒から離れた静かな路地に流れる。さすがはセイレーンと褒めればいいのか、ただの鼻歌だというのに、ジルカはその心地よさに聞き惚れてしまう。
「~~――むむ……ムラサキ、出れない」
「……みたいだね」
大通りへの出口を見ると、人が壁のように立っている。それも一人や二人ではなく、何人もの壁ができていた。
「飛んで見てこようか?」
「飛ばないって約束したの、さっそく忘れたか。鳥頭か」
「む~~」
ここまで人が多くては、ここからは出れそうにはない。ジルカが別の道を頭に思い浮かべていると、人混みをかき分け、二人組みの男が入ってきた。
「んだよこの人の数は! 警備するこっちの身にもなってみろってんだ!」
「ちょっと先輩。そんなこと言っちゃダメですよ。それにこんなところにいたら、警備もなにも……」
「こんな人が多くて、火事なんて起きるかよ。最近多いからって、コキ使いやがって」
人間とリザードマンと呼ばれる鱗を持った亜人。二人の姿は、鉄の冑に鎧姿。手には槍を持ち、腰には剣。街の見回りなどをしている、衛兵と同じ格好をしてる。だが、年はジルカと同じ程度と若い。
「養成学校の奴らか」
騎士養成学校の生徒は在学中、人手が足りていない場合に衛兵や街門の警備兵など、持ち回りで正規の兵士の手伝いをすることを義務付けられている。路地に入ってきた二人は、婚約式典間近で足りていない衛兵の手伝いをしているのだろう。
「あ? なんだオマエら」
だが、なかにはこういった柄の悪い奴もいる。人間の男のほうは、こんな人混みのなかで衛兵として働かされていることが、よほど頭にきているようだ。
「なんだその女……ははっ! 見ろよおい! ハーピーなんて連れてやがるぜ!」
「ち、違うよっ! アタシ、セイレーンなんだから!」
「セイレーン? ああ、歌で人を操る亜人か。だったら、歌を聞かせてみろ。そうしたら信じてやるよ」
「それは……」
「だ、ダメですって先輩! 問題になりますよ!」
歌で衛兵を惑わしたりすれば、セイレーンに操られたと問題になるだけ。ハーピーかどうかなど関係ない。
「いいから黙ってろ。おれに口答えする気か?」
リザードマンは睨まれ口を閉じる。ヒマ潰しか、気に食わないのか、どうあってもイルイラに問題を起こさせたいらしい。
「はぁ……」
なんとも情けなく、なんとも理想とかけ離れた姿か。その事実にジルカは溜息を吐き、イルイラの前に出る。
「なんだよ、やっぱりソイツは魔物だったか? あ?」
「そっちこそ、亜人と魔物の区別もつかないのか? あんたも一応は“騎士”なんだろ」
騎士養成学校に通っているということは、“騎士候補生”ということでもある。養成学校所属の特別な兵士であり、数年たてば騎士への昇格試験を受けられる。全員が合格できるわけではないが、騎士選抜試合よりも簡単な試験で、正式な騎士になれる存在。
セイレーンが珍しいとはいえ、知識と技術を授ける養成学校に通う人間が、こんな近くで亜人と魔物の区別がつかないはずがない。
「求めてるのは“誇りある騎士”じゃなくて、“騎士の称号”なんだよな。そりゃ、勇気や高潔とは程遠い。おまえみたいなのがその証拠か」
「バカにしてんのか! おれは未来を約束された騎士様だぞ!」
「金とコネで約束された、か? 将来はお家の警備でもするのかな?」
騎士というのは、国にとって特別な存在なのだろう。国が養成学校を運営し、騎士選抜試合を開催している時点で、そのことはわかる。だが、九年前に聞いた神話の騎士とは随分と違う。養成学校の全員がこんな輩とは言わないが、多いのも事実。
「この国にいれなくしてやるッ!!」
「あっそ。自分の力でやってみろよ」
男は槍を構えるが、ジルカはケーキの入った箱をイルイラに渡しただけで、無手のまま。構える相手を見て、剣を使う必要などないこと判断する。構えもメチャクチャで、鋭い突きなど放てそうにもない。騎士としてなにを教わってきたのかと、疑問に思うほど様になっていない。ジルカの考えたように、金とコネだけで騎士候補生になったタチなのだろう。
(はぁ……嫌になる)
横暴なだけの衛兵ならば、喧嘩になろうと情状酌量の余地はあるかもしれない。しかし、相手は金とコネを存分に持っている騎士候補生。無事に済むはずがない。それでもジルカは謝る気など毛頭なかった。例え候補生だとしても、このような者を騎士とは認められない。こんな騎士がセラの国に生まれるということが許せない。
「……っ」
互いの足が動く。始まってしまえば、結果はどうであれ、ジルカはこの国を出てゆかねばならないだろう。だが――
「なにをしている!!」
――そうはならなかった。
いつの間にか、大通りにできていた人垣がなくなっている。代わりに、塞いでいる影が一つ。馬の影と重なり、白銀の鎧を身に着けた騎士がそこにいた。
「なにをしていると聞いている! そこのお前!」
槍を構えていた男は、その声にびくりと体を震わせる。フルフェイスの冑をしているせいでくぐもってはいるが、聞こえてくるのは女性の声。鎧も全体的に女性らしいフォルムをしている。
「ひ、姫騎士……様……」
「そんなに私の声は聞こえにくいか?」
「そ、そんなことはありません! ハーピーを見かけ、街の安全のためと思い」
「ハーピーだと? もしやその少女のことではあるまいな。老婆の顔でもなく、背格好もまったく違う。もしや養成学校とは、羽があるもの全てをハーピーだと教えているのか?」
「いえ……そんなことは……」
男の声が、尻すぼみに小さくなってゆく。
「もう一度聞こう。その少女はハーピーか?」
「違い……ます……」
「ならば今すぐ槍を下ろし、職務に戻れ! それとこのことは、正式に学校へ報告させてもらう!」
「なぁ!? …………は、い……申し訳ありません……」
男は項垂れながら、騎士の脇を抜け大通りへと戻ってゆく。後輩のリザードマンはジルカたちに頭を一つさげ、男を追っていった。残されているのはジルカとイルイラ、そして白銀の騎士。
「馬上から失礼する。私もすぐに戻らなくてはならないのでな。剣呑でない雰囲気を見かけ割り込んでしまったが、余計だったか?」
「いいえ! 助かったです! ありがとう騎士様! ほら、ムラサキも!」
「あ、ああ……助かりました」
「感謝などよい。これが騎士の役目なのだからな」
そう言い残し、騎士は大通りへと戻ってゆく。隙間から見えた大通りには、数十の騎馬に乗る兵士の列。中心には、豪奢な装飾がされた四頭立ての馬車が停まっている。白銀の騎士が戻ると、列はゆっくりと進みだす。
「あれは、第四皇姫の馬車……ってことは、本物の姫騎士か……」
馬車に掲げられた紋章は、グラウリース皇国の第四皇姫のもの。その馬車の真ん前を陣取り先導しているのは、白銀の騎士――姫騎士。
「っ」
ギシリ、と心に刺さったままの棘が疼く。
「ちょっと疲れたから、公園にでもいこうか」
「あ、待ってよムラサキ!」
ジルカは大通りへは出ず、まるで逃げるように、薄暗い路地のなかへと戻っていった。