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野良犬と便利屋

 ――グラウリース皇国 首都ロンティルト 昼


「そっちいったぞ!!」


 街の片隅にある歓楽街の路地裏で、大きな声が上がる。相方の大声に反応した男は、集合住宅の二階から投げつけられる罵声と酒瓶を器用に避けながら、逃げる影を邪魔するように道を塞ぐ。


 日が差し込む壁に追い詰められた影――痩せ細った野良犬が、男に牙を剥きながら低い唸り声を上げている。


「……大人しくしてろよ……」


 男の手には大きく口を開いた麻袋。そこから逃れるように、野良犬は男の脇を抜けようとするが、男はそれを読んでいたのか素早く麻袋を動かし、野良犬に被せる。


「よっと! 捕獲成功」


 暴れる犬が出てこないよう麻袋の口を紐できつく縛り、近くにあった台車の荷台に乗せる。台車には他にも、暴れる麻袋が二つ転がっていた。


「お~、よくやった。ったく、クソ犬め。苦労させやがって」

「これで終わりかな?」

「依頼があったのは分は終わりだ」


 相方の男が、割れずに転がっていた酒瓶を拾い上げながら近づいてくる。


「なんだ、まだ酒が入ってるじゃないか。シュラ、貰ってくぞ~!」


 その声に、また酒瓶が降ってくる。今度は空の酒瓶だった。


 酷い形相をしながら窓とカーテンを乱暴に閉める女性を見ながら、男は肩を竦める。この辺りに住んでいるのは、全て歓楽街の住人。昼が夜で、夜が昼。


「起こしたのは俺じゃないのに」

「いいだろ? オレに向かって投げなかった」

「イイ性格ならしてると思うよ。今度は俺がいないところで会ってくれ」


 整えもしていないボサボサの頭を掻きながら、台車を引く。もう一人は酒瓶に口をつけながら、後ろから台車を押している。引いている男が感じる重さが変わっていないあたり、まじめに押してはいないのだろう。


「で、この犬どうするんだっけ。殺すの?」

「依頼主のところまで運ぶのさ。店の新作料理に使ってやるんだと」


 台車を引く男は嫌な顔をしながら、店の残飯を食い散らかしたばかりに残飯になる犬をチラリと見る。可哀想だとは思うが、それは別問題。逃がしても街の迷惑になるだけであり、別の場所で残飯を漁るようであれば、街の衛兵に捕まえられて処分されるだけ。それに、これも二人の飯の種である。


「俺、その店に食いにいくことは一生ないだろうな」

「安心しろ。この辺りで一等高い店だ。もとからオレらに縁なんかねぇよ」

「そりゃ安心だ」


 二人は以来のあった店の裏口の扉を叩き、出てきた丸眼鏡の小男から、硬貨の入った小さな袋を受け取る。それに難色を示したのは、相方の男。


「オレたち、結構苦労したんですけど。もーちょっとだけ色なんかつけてくれちゃったりは。ほら、ここってここら辺で一番の高級店だし。それにオレ、ちょっと噛まれちゃって。ほら、ここに血が」

「…………苦労したわりには、お酒の臭いがするようですが?」

「あっはい、すみまーせん。ご依頼、ありやとやっしたー! またのご贔屓をー!」


 小男の背後に肉切り包丁を構えた大男が出てくるのを見て、急いで犬の入った麻袋を降ろし二人は一目散に店を離れる。


「ダリアスが酒なんか飲むからだ」

「うるせぇな。だったらジルカが言えばよかったんだよ」


 二人は報酬に文句を言いながら、裏路地から表の大通りに出る。歓楽街でも表側に面していれば、昼に開いている店も普通にある。昼飯代わりの串焼きを露店で買い、空になった台車を引きながら事務所へと向かう。


 街の北側にある歓楽街から、事務所のある街の南へ。台車を引いているので馬車にも乗れず、最近の仕事の愚痴など言い合いながら長い道のりを歩いてゆく。高い街壁に囲まれたロンティルトのなかでも、南の街壁近くまちはずれにポツンと立つ古い建物に、装飾もない看板がかかっている。


『便利屋DG』


 ダリアス=ジーバーンとジルカ=ムラサキ。社長はダリアス。社員はジルカ一人。だから二人の名前の頭文字を取り、DGと名付けた。


 家の掃除から護衛、迷子の猫探しまでなんでもござれ。そんな文字が刷られたチラシが机に散らばる事務所に入ると、二人はようやく色褪せたソファーに腰を落ち着ける。


「思ったより時間かかったな。ったく、治療費くらい寄越せってんだ」

「転んで擦り剥いただけのくせに」

「犬コロのせいなんだから、噛まれたのと一緒だろ。あって」


 擦り剥いた手の甲に袋から出そうとした串焼きのタレがつき、ダリアスは顔をしかめる。ジルカはその様子を見てバチが当たったな、と笑いながら串焼きを取り出す。


「ダリアス、今回の報酬」

「へいよー」


 串焼きも食べ終わり、小男から渡された袋を裏返す。机に転がった硬貨は銀貨が十一枚。ダリアスは三枚を隙間だらけの金庫にしまい、五枚を自分の懐へ。残った三枚がジルカの取り分。


「おぅふ……」

「なんだよ。雑費だなんだとか引いたら、こんなもんだろ。二枚多いのも、オレが、社長だから。仕事取ってきてるのも、オレだから」

「それはわかってるよ。俺じゃ外から仕事なんて取ってこれないし」


 ジルカは財布を取り出すと、なかの硬貨を数えてみる。銀貨が二枚。銅貨が十枚。


「やばいな。家においてある分を合わせても、家賃に足りない」

「今月は仕事が少なかったのは確かだが、前貸しはしねぇぞ。ジルカんとこの大家なら、待ってくれんだろ」

「……それしかないかな」

「追い出されても、ここにゃ置かねぇからな。男と住むなんてゾッとする」

「はいはい。あー、でかい仕事入らないかなー」


 楽がしたいとボヤいていると、事務所の扉が乱暴に叩かれる。そして返事のないまま、鍵をかけていない扉が開く。


「お、ダリアスいたな。相変わらず汚ねぇ部屋だな」

「……うるせぇなサザル。ノックの意味知ってるか?」

「そんくらい知ってる。だがオマエんとこじゃ、ノックしたからって誰か出迎えてくれるわけでもねぇだろ」

「よくおわかりで。それで組合長、どうかしましたか?」


 事務所兼ダリアスの住処に入ってきたのは、サザル=ノスという頭の禿げ上がった中年の男。小さな店なんかを纏め上げているおさをやっている。店舗や仕事の紹介、相談役をする代わりに、その店から金――いわゆるショバ代をもらう。


 相談にもよく乗り、別にバカ高いショバ代をふっかけるようなこともないため、ここら一帯でのサザルの人気は高い。便利屋DGも、サザルの世話になっている。


「オマエら、明日、仕事入ってるか」

「別にねぇけど。なんか旨い話があんのか?」

「いま、下水道の掃除をしてんの知ってるだろ」

「そりゃね。なんたってオレたち、その仕事の抽選にあぶれたからな」


 ロンティルトでは近々、皇国の継承権第四位の姫――第四皇姫こうきの婚約式典が開催される。それに先立ち、街では改修工事やら掃除やらで賑わっている。下水道の掃除も、その一環。下水道には凶暴な動物や、低級の魔物が住み着くこともある。その駆除も目的のうち。


「怪我した奴がいてな。その補充が必要になったんだよ。その話がウチに回ってきてな」

「怪我ね……なにがあったんだ、サザルさん」

「ビッグラットに齧られたんだと」


 ビッグラットとは、その名の通り巨大に成長し、凶暴になった鼠のこと。破壊神ミルジが生み出したといわれる魔物ではなく、凶暴な動物のほうになる。


「で、明日一日なんだが、どうだ。ダメなら他を当たらせてもらうが」

「いや、やる。やらせてもらいます。な、ダリアス?」

「だな。仕事も少なくて困ってたとこだし、やるか。旨い話でもあるし」


 下水道の掃除は国からの依頼でもあり、報酬は他に比べて割高。たとえ一日でも、今日の報酬を下回るようなことはないだろう。そのせいで人気があり、抽選にあぶれたときは、ジルカもダリアスも悔しがっていた。


「よし。なら明日の早朝、南門に集まれ。掃除の道具なんかはこっちが用意する。他の準備はそっちでしとけ。あとの細かい説明は、明日してやるからよ」

「おう、よろしく」


 それだけ伝え、サザルは事務所から去ってゆく。


 魔物の駆除ともなれば戦う必要があるが、二人とも腕には自信がある。そうでなければ護衛など勤まらない。下水道に出るような低級の魔物程度ならば、問題ない。


「じゃ、俺も帰るよ。家賃の当てもできたし」

「明日ははえぇんだ。寝坊すんなよ」

「そっくりそのままダリアスに返す」


 部屋の奥から剣を引っ張り出しているダリアスに別れを告げ、ジルカは外に出る。家に帰るため大通りまで出ると、そこは大勢の人で賑わっていた。


「おっと、ごめんよ!」


 角を生やした大柄の男がジルカにぶつかりそうになり、とっさに謝ってきた。ジルカが手を振り大丈夫だと告げると、男は人波に消えてゆく。


「亜人か」


 六人の神が人間に似せて作ったという人類。角を生やした亜人だけではなく、獣の耳を持った亜人。爬虫類のような鱗の亜人。その姿は様々。そして通りを見れば、いくらでも目に付く。だが、その姿を気にする人間は誰もいない。


「これが普通なんだよな」


 国によって亜人の扱いは異なるのだが、グラウリース皇国では、明確に敵対するような行為がない限り、人間と同じように扱われている。そのせいか、グラウリース皇国内では他の国よりも亜人が多い。


 ヤオズ島には亜人はいなかったため、ジルカもサリア大陸にきて最初は驚いた。しかし、ロンティルトに住むうち、もう慣れている。


「あれから、もうすぐ二年……」


 大通りから、街の中央を見る。そこには、街壁よりも高い城壁と水堀みずぼりに囲まれた、高い建物がそびえ立っていた。神に認められた騎士の子孫が建国したというグラウリース皇国のシンボルである、グラウリース城の姿。真っ白な城壁に空を透き通したような青い屋根。水堀の水は澄み、まるで水に浮かぶ絵本の世界の城のようだと、ロンティルトにきた観光客からは評判。一種の観光資源にもなっている。


 だが、ジルカにとっては忌まわしい思い出しかない。


「失格、か……」


 城を見るたび、嫌でも思い出す。

 騎士選抜試合に出場し、失格になった日のことを。

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