エピローグ――便利屋、穴を掘る
一応の完結。気が向いたら続きを書きます。
ジルカたちがロムナスの野望を阻止してから、早一週間。
グラウリース皇国の首都ロンティルトは平穏……とはまだいかないが、ある程度の日常を取り戻していた。しかし、皇族を筆頭に国の要職は、今回の事件の後始末に大わらわしている最中。
国中から大工を集めての街の修復。デゼン帝国との戦争に備えて国境の警備は強化され、新たな兵士も募集中。
そんな大騒ぎの街から少し離れた平原に、ジルカたち便利屋の姿があった。
「つらい……。もう何日掘ってんだよ……」
「俺たちが参加してからだと、まだ二日だよ。でも、もうすぐ終わりそうだ。本格的に暑くなる前に終わらせなきゃ、大変だからね」
ジルカ持っていたシャベルを地面に突き刺し、額に流れる汗をタオルで拭う。眺めれば、掘り返した穴の深さは身長をゆうに超えている。周りを見れば、同じように汗水を流し作業している人が何十人と見える。それだけ広大な範囲を、掘り返している。
「まっ、オレたちは生きてるだけマシか。生きてるオレらがやんねぇとな」
「ダリアスのくせに、なんてマトモなことを」
「うるせぇな」
事件の犠牲者は、死者が三百余名。負傷者は軽症も含めれば数え切れないほど。死者のほとんどは国を守るべき任を負った兵士だったが、騎士見習いである養成学校の生徒や、一般市民にも犠牲は出ている。日常が戻ったとしても、まだまだ暗い影を落とすだろう。
「墓穴、か……」
「ゴブリンやオークどものだけどな」
いま掘っている穴は、大量のゴブリンやオークの死体を埋めるための穴。襲ってきた敵を埋める墓地はなくても、死体をそこらに放っておくわけにはいかない。深く穴を掘り、腐る前に埋めてしまわなければ、疫病の発生源になってしまう。
「これ、何個目の穴だっけ」
「たしか、三つ目だったかな。これで最後の予定」
一つ目の穴はすでに土を被され、二つ目は死体を運んでいる最中。そこが一杯になれば、いま掘っている穴に死体が放り込まれる。不死の魔物にならないよう教会の聖職者の浄化が済み次第、埋められる。
「諸行無常だねぇ。死ぬために雇われるなんて、オレにゃあ無理だ」
「遠くの国の話だよ。俺たちがどうこうできるもんでもない」
「まぁそうだけどよ。にしても、ジルカはこんなとこで穴を掘ってていいのか?」
「だって、そういう依頼なんだろ?」
「そうじゃのーて。騎士にならないかって話、断っただろ」
「……ああ、その話ね」
事件から二日後、ジルカとダリアス、イルイラは、グラウリース城のなかにいた。他にも兵士ではなく民間でロンティルト解放に貢献した者も呼ばれており、謁見の間で皇帝ジョシュアと、セルミナも含めた皇太子と皇姫、そして大臣が立ち並ぶなか、ジョシュアは国の危機を救った感謝を直々に述べた。そしてジルカに提案されたのが、騎士として国に仕えないかという話だった。
……だが、ジルカはその話を断った。未練なくきっぱりと断るジルカを見て、セルミナが苦笑していたのをジルカも憶えている。
「いいんだよ。俺のやりたいことは、騎士にならなくてもできることだから。国のためにとか言われても、ピンとこないよ。あと、騎士に誘われたのはダリアスもだろ。皇帝を直接助けたのは、ダリアスだからね」
「オレも騎士とか堅っ苦しいのより、便利屋のほうが性に合ってる。それにだ、さっそくこうやって直接、国から仕事を依頼されてるだろ。サザルにゃ悪いが、中引きされない分、割りもいい」
皇帝を助け、国の危機を救った。好きなだけ恩賞を与えるとも言われたが、それも断っている。
「なーにが『恩賞は街の復興に使って下さい』だ。ダリアスは格好付けすぎなんだよ」
「うるせぇうるせぇ。女どもが、幾ら貰うんだってうるさかったんだよ。金を貰ったら一生たかられるわ」
「ダリアスがあんなこと言ったせいで、他の人たちもいらないって答えるしかなかったんだぞ。すごい睨まれてた」
「シラネ。報酬だけで言えば、姫さんと教官から貰った分で十分だ。それに、事務所が立派んなったんだからいいだろ」
代わりに、今まで使っていたボロ事務所よりも立派な空き家を貰っていた。
「ずいぶん快適になったよね。広いし、清潔だし。新入社員も増えたしね」
「一人はマスコット枠だけどな。――おっ、噂をすればお出ましだ」
ジルカたちのいる穴の縁で、二つの人影が手を振っている。一人は大きく腕を――翼を広げ、ジルカの胸に向かって飛び込んでくる。もう一人は慌てて梯子を使い降りてくる。
「ムラサキお疲れさま! メイランさんからお弁当、預かってきたよ!」
「こらイルイラ! 穴のなかに入るな! 食事は穴の外だ! というか、ジルカから離れろ!」
やってきたのは、イルイラとセルミナ。二人が便利屋の新入社員。
「わかったよイルイラ。セルミナもおつかれ」
「本当にな。イルイラはどこに飛んで行くかわからん。文字通りな」
「ひどいよセルミナ! アタシ、ちゃんと帰ってくるもん!」
「帰ってくればいいというものではなかろう! ふらふらするなと言っているのだ!」
「まぁまぁ、二人とも」
いがみ合う二人をジルカがなだめ、ダリアスがバカらしそうに三人を見る。これもさっそく、いつもの光景になりつつあった。
イルイラは金の鶏亭を手伝いながら。だがセルミナはなんと、ミリオーラの近衛騎士団再結成の話を蹴っての便利屋就職。近衛騎士団の団長はリフィアに任せたという。
四人は穴から上がり休憩所に移動すると、タオルで手を拭きランチボックスを開ける。入っていたのは、野菜と肉が挟まれたサンドイッチ。汗を流しているであろうジルカとダリアスを考えてか、濃い目の味付けがされている。
「そういえばセルミナ。デゼン帝国の動きってどうなってるだ?」
「動きはない。不気味なほどにな。というより、ロムナスが国境の騎士団を引かせようとしたときも、デゼン帝国は現れなかったそうだ」
「本当に“実験”だったんだな」
ただ、グラウリースという国がどう反応するか見たかった。それが真実であり、事実なのだろう。
「ロムナスの奴は、デゼン帝国の口車に乗った時点で破滅する運命だったんだ。俺たちが城にいかなくても、デゼン帝国の援軍はない。雇った亜人も力尽きる。残ったのは、侵略者として処罰されるか、合成魔獣になって消滅するかの二つだけ」
皇族に被害があるなしに関わらず、ロムナスの死は決まっていた。
「城をしらみつぶしに探したが、ラウグは見つからなかった。おそらく転移の魔具を使ったのだろう。結局、あの男も謎のままで終わってしまった」
デゼン帝国の関係者なのだろうが、真実は闇のなか。投降した樹林騎士団もデゼン帝国から亜人傭兵を雇ったということは知っていても、ラウグはロムナスが連れてきた男で、デゼン帝国とどう関わっていたかまでは知らないという。
「姫さん。第四皇姫の結婚話も、例の大臣が持ってきたんだよな」
「父上の信頼も得ていたのだが、悲しいことだ」
国秘である隠し通路をロムナスに教えた大臣も、自室で自殺していたのが見つかっている。資料などは全て燃やされており、デゼン帝国とどのような繋がりがあったのか、こちらも不明なまま。
デゼン帝国は事件の説明を求むというグラウリースの使者に対し、『リングスには金を貰ったから傭兵を貸し出しただけだ』と返答している。そして、その直後、今度はデゼン帝国からの使者がグラウリース皇国に現れた。
一方的に伝えられた内容は、『リングスはデゼン帝国の属国となる』というものだった。属国とした理由は、傭兵代金の支払いが滞ったため徴収したと。そして使者が最後に伝えたのは、『復讐したいのならリングスを売ってやる』だった。
「どの口がほざいてんだって感じだな」
「完全に挑発してるよね。でも、皇帝は黙ったままと」
「父上も苦渋の決断なのだ。そう言うな」
今回の出来事から、グラウリース皇国とデゼン帝国間の戦争に発展するかと思われた。だが、皇帝ジョシュアは皇国の安定と軍事力の強化に努めることを指示し、デゼン帝国とは国交を断つだけに留まってる。まずは平和ボケした国を建て直すことを選択した。
「……デゼン帝国についても、あの薬についても、結局は宙ぶらりんのままか」
二国の間に大きな亀裂が入ったのは間違いない。破裂する日は、近いうちに訪れるだろう。そのとき、全てが判明するのだろう。
「なんか三人がムツかしー話してる……そうだ! ルイシャから、新しい便利屋のチラシ預かってきたよ!」
イルイラは昼食の入っていたバッグから、一枚の紙を取り出す。金の鶏亭のチラシを印刷するついでに、便利屋のチラシの印刷も頼んでいた。いつもと変わらない文言の便利屋のチラシ。下に書かれた住所のほかにも、今までと違う部分がある。
『便利屋Digs』
新しい社名が、チラシの一番上に書かれていた。
「二人が増えて、『DG』じゃなくなったからね。イルイラとセルミナの頭文字を加えて、『便利屋Digs』」
誰の頭文字をどこに置くか悩んだ結果の社名。セルミナが一番後ろでいいのかという小さく見えて大きな問題があるのだが、本人はまったく気にしていない。
「穴掘りって、今の仕事にぴったりだね!」
「やっていることはそのままだからな。その名前を父上に伝えたら、泣きそうな顔をしていた。だが、姉上や兄上たちは笑っていたぞ。そのおかげか、この仕事を紹介してもらえたんだ。短期の仕事だが、ないよりはいいだろう」
「国からの仕事はありがたいんだけどねぇ。つーか、皇帝が泣きそうになってるとか、オレそっちのほうが心配でならないんだけど。闇討ちとかされないよね?」
皇姫という立場どころか騎士という称号も投げ捨ててしまったセルミナに、ジョシュアは心配で胃を痛めているという。そして、悪い虫がつかないかとも。
「大丈夫だとは思うぞ? 私はダリアス殿のことを父上に話したことなど、ほとんどないからな」
「あの、オレ社長なんだけど……それと闇討ちされるのがオレじゃないのは理解した」
「だいじょぶだいじょぶ、ダリアスが闇討ちされたら、アタシとムラサキで便利屋を続ければいーよ」
「だからオレはされねぇし! 給料払わねーぞゴラァ!」
「そして私を省くなイルイラ!」
ジルカは周りで騒ぐ三人をうるさいと思いつつも、なぜか笑ってしまう。
神話の騎士を目指した少年は、もうここにはいない。ここにいるのは、自分の信じる人を守りたいと願う、ただの便利屋の少年。
「ジルカ! いつまでも食べていないで、イルイラを捕まえるのを手伝え!」
「あっ! 援軍を呼ぶとはひきょーだぞセルミナ! こなくていーよムラサキ!」
二人の少女に名を呼ばれ、ジルカは最後のサンドイッチの一欠けらを口に放り込む。
「ごちそうさまでした。はぁ……今日はどっちにつこうかな」
どうすれば一番丸く収まるかを考えながら、ジルカは立ち上がる。
――この物語は、神話として残るようなモノではない。
神話の騎士を諦めた少年が、世界ではなく人々を助ける。
それだけの物語である。
始まったばかりの、小さな物語である。




