決着を
「おおおおおオオオオオオオッッッ!!!」
絶望の入り口を破壊せんと、ジルカは雄叫びを上げ地を蹴る。合成魔獣もジルカの存在を忘れてはいない。残った触手がジルカに伸びる。
(避けてるだけじゃ、さっきまでと同じだ……!)
慎重な戦いは愚策。援軍頼みの時間稼ぎはできない。だからこそ、まっすぐに進む。触手はジルカの腕や足を傷つけ、血が流れる。だが止まらない。最小限の動きで避け、捌き、かする程度ならば避けもせず、最短距離で合成魔獣に近づく。
「ジャガガギギギギギギギギギッ!!」
距離が詰まり、合成魔獣の頭がジルカを正面から捉える。触手の雨を潜り抜けてきたジルカに、横薙ぎに鋭い爪が迫る。胴体に触れれば身体が二つに分かれる攻撃を、ジルカは三界絶刀で受け止める。
サリア大陸で主流の剣より、細く薄い三界絶刀の刀身。ともすれば折れてしまいそうな刃が、合成魔獣の爪に喰い込む。
(三界……天を、地を、海を切り裂ける刀。それが三界絶刀)
昔々、行方不明になる前の父から教えられた。
三つの世界を絶てる刀。それほどの切れ味を持つ刀――というわけではない。確かに鉄鎧程度ならば切り裂けるほどの切れ味は持っている。安物の鉄剣とは比べ物にならない切れ味だが、サリア大陸でも同程度の切れ味を誇る剣は手に入れることができる。達人であれば、安物でも構わないだろう。
ならば、どうやって三界を絶つのか――
「ぐっ……あああああああッ!!」
「ギギギギギギギギギジジジ!!」
合成魔獣の爪を受け止める腕が、身体が悲鳴を上げる。だが、三界絶刀にはなんの変化もない。刀という本文を、欠けず、伸びず、折れず、曲げない。
――三界を絶てる者が扱うならば、三界を絶つまで刀の形を保つだろう。たとえ扱うのが人を超えた者――神であろうと、折れることはない。
ゆえに三界絶刀。これこそが名の由来であり、つまりは、それだけ頑丈だということ。
(……なるほど。やっぱり責められない)
父から聞いた言い伝えだが、ジルカは半信半疑だった。嘘かもしれぬとわざわざ確かめる気もなかった。だが、剛力を発揮する合成魔獣を相手に、三界絶刀は些かも揺るがない。それも、役不足だといわんばかりに。魔力が帯びてるわけではないが、魔具だと疑われるのも仕方がないと考えてしまうほど。
だが、ここからどうすれがいいのか。ジルカには三界を絶てるような力も技量もない。そして、鉄より硬い合成魔獣の爪をも。
「だったら……ッ!」
少しだけ三界絶刀を握る手の力を緩め、流れを作る。すでに切り込みは入れてある。ならばと、流れに沿って刀を走らせてやる。
「ジジジジジギギギギギジギッ!?」
流れに沿い、合成魔獣の爪が刃の上を滑る。滑れば滑るほど切れ目は深くなり、最後には爪が床にポトリと落ちる。自分ひとりの力で絶てないのであれば、成魔獣の力も利用し爪を絶つ。
切れぬはずの、死と血を撒き散らす剛爪が、半ばから絶たれた。その事実に、合成魔獣の動きが止まる。
姉のサキからは器用貧乏と評された小手先の技術だが、他に効果がありそうな手段を持っていない。ジルカは自身の技量の未熟さを嘆く前に、合成魔獣の懐に入り大上段に三界絶刀を構える。
「はああああああああッ!!」
一閃。刃は合成魔獣の下顎を斬り裂き、疎らに生えた歯ごと地へ落とす。
「ジ! ジ! ギギギギギジ!?!?」
ざらざらと鱗を震わせ、顎から黒い血を流しながら合成魔獣が後ずさる。好き勝手に暴れていた合成魔獣が、初めて後退した。危機感からか、恐怖からか、それは誰にもわからない。だが、引いてくれるなら好都合というもの。
「二人を置いていけ!」
イルイラとセルミナから意識が離れ、捕まえていた触手から力が抜けたのを見逃さない。飛び上がって触手を斬り、二人を解放する。
「ビヤァ!? ……ううう、鼻打ったぁ~~……」
「っと。助かったぞジルカ」
一人は着地に難があったようだが、二人とも怪我は見当たらない。ジルカは二人の前に出ると、合成魔獣に三界絶刀を向ける。イルイラとセルミナを助けることはできた。無理に勝負する必要もない。逃げて時間を稼いでもいい。
「二人は下がってて。――ロムナス! よくも俺の大切な人を食おうとしたな!」
それでも、ジルカは決着を望んだ。『ロムナス』という名前に反応してか、合成魔獣は苛立たしげに、床に尾を何度も叩きつける。
ジルカは三界絶刀を中段に、合成魔獣はジルカから目を離さず四肢をたわませる。
「ジャァァァァァァ!!」
「……ッ」
合成魔獣が四肢に力を込め、ジルカも合成魔獣の動きに合わせ、互いに足を踏み出す。荒々しく砲弾のように迫る合成魔獣と、流水のように動くジルカ。
「ギギッ!」
砲弾から、さらに一点を狙う右腕の爪がジルカの頭に放たれる。速度は触手の槍の比ではない。だが、ジルカは足を止めない。ただ爪が切り裂く空気の流れに乗り、頭を動かす。裂けた空気がジルカのこめかみを傷つけ、血が流れる。
「ふうッ……!」
ジルカは交差する瞬間、合成魔獣の腕の根元に三界絶刀を添える。ナイフの刃に指を置き、滑らせるようなもの。動く力の流れのまま、合成魔獣の皮膚を、肉を斬り裂く。
「ギ、ギ、ギ、ギギギギジギジジジジジジジジジジジャアアアアアアァ!!」
自らの突進により、関節に達するまで避けた脇から大量の黒い血を流し、顎を失いながらも合成魔獣が叫ぶ。傷つけた相手は背後。弾き飛ばしてやろうと、太い尾を力任せに横薙ぎに振る。
「ぐ、おおおおおッ!」
ジルカは避けない。三界絶刀を床に突き刺し、尾の攻撃を刃で受ける。衝撃に悲鳴を上げるは床とジルカの腕のみ。軋む腕で掴む三界絶刀は僅かも揺るがず、十全に役目を果たす。尾に食い込んだ刃は、野菜の皮剥きを失敗したように皮膚ごと肉を厚く削ぎ落とし、その体積を三割ほど減らした。
「ギ、ジ、ギギジ……」
合成魔獣は混乱する。人など簡単に引き裂ける爪を持ち、人など簡単に砕ける尾を持ち、人など簡単に飲み込める口を持ち。なのに攻撃すればするほど、自分に傷が増えてゆく。爪を絶たれ、顎を斬り飛ばされ、右腕の付け根からは血が流れ、尾の肉を削がれた。
……恐怖。合成魔獣が学んだ新たな感情。戦いにくい、対処がわからない、今まさに表に出ている混乱という感覚の根幹。薬により取り除かれたはずの感情が、合成魔獣の動きを止める。
「どうした。こないのか?」
三界絶刀を構え挑発するジルカに、合成魔獣は苛立ちを隠せない。
「ジギギギギ……ッ!」
恐怖という感情を塗り潰すほどの怒り。赤い総面の下から覗く笑みに、駄兄と蔑み、国を、立場を、全てを奪った男の面影が重なる。記憶には大きなヒビが入り、ろくに顔も思い出せない。それでも、怒りだけは覚えている。
「ヅブ……ズ……ゼンブ……ヅブジデ……ゴロズッ!!」
「やってみろ」
合成魔獣という化け物に成り果ててから、初めて言葉を喋った。ジルカも驚きはしたが、表情には出さず、態度も変えない。合成魔獣が発した言葉からは、怒りと恨みしか感じ取れない。会話するための言葉ではなく、内にある感情を吐き出しているだけにすぎない。喋れるからと言葉を投げかけても、会話にはならない。
「……だから、終わらせてやる」
「ガジャジャガガガギギギギジャジジャッ!!」
どのような攻撃であれば通用するのか。そんな思考も投げ捨て、ただ力任せに、合成魔獣はジルカへと突っ込む。
そして――互いの身体が交差する。
立ち居地を替え、ジルカは三界絶刀を振り切った形で止まっている。一方、合成魔獣は、下半身を置き去りにし、上半身は黒い跡を残しながら床を滑る。
「ふぅ……」
会心の一撃。刃は抵抗もなく合成魔獣の体に潜り込み、筋肉も骨も、全てを切り裂いた。これほど三界絶刀を上手く扱えたことは過去になもなかった。
「ジギャ……ジ、ジジジジギギ……!」
合成魔獣は断末魔のように鱗を震わせ、黒い瘴気となり跡形もなく消えさる。まるでロムナスという存在ごと消し去るように。
「ムラサキ! やった、勝ったよ!」
「ジルカ!」
二人の声に、ジルカは力が抜けたようにその場にへたり込む。体中の至るところに傷がある。合成魔獣の攻撃を受け、三界絶刀を握る握力も残っていない。それでも、心に流れているのは苦痛ではなく、嬉しさだった。
「二人を守れた……」
駆け寄るイルイラとセルミナの足音の他に、部屋からもガチャガチャと足音が聞こえてくる。
「いっでででで……んだよ、もう終わってるじゃねぇか……」
ダリアスも、足を引きずっていたが、無事のようだ。
「ムラサキ! 血、頭から血が出てる! な、なんか押さえるもの! そうだアタシの服で押さえれば!」
「ま、待てイルイラ! いま救護班を呼ぶから、それはちょっと待て!」
「ふ……ははっ、あはははははっ!」
鬼神面を外しながら、ジルカは思わず笑ってしまう。
「な、なにを笑っているジルカ!」
「そーだそーだ! こっちは心配してるんだよ!」
「ご、ごめん。でもさ、俺は二人を守れたんだなって思ったら、嬉しくなって」
「うん! アタシも嬉しい!」
「私もだぞ。感謝してもしきれないくらいにな。命の恩人だ」
三人は顔を見合わせ、一緒に笑う。
「そうだムラサキ! 聞きたいことがあるんだけど」
「おお! そうだな。私も一つ、確認したいことがある」
二人に詰め寄られ、ジルカは思わず後ずさる。
「『大切な人』ってどんな意味なの!」
「うむ! 詳しく聞かせてもらおう!」
「えーと……どうしても話さなきゃダメか?」
「ダメ! 話して!」
「そうだぞジルカ! そうでないとこう、胸の奥が……いいから話せ!」
しょうがないな、とジルカは照れたように鼻の頭を掻く。
「……その、だな。二人は俺にとって、俺を『信じてくれる』大事な仲間っていうかさ。裏切りたくない人っていうか……なんか改めて言うのも恥ずかしいな。って、あれ? 二人とも?」
イルイラとセルミナは苦虫を噛み潰したような渋い顔をしたあと、二人揃って溜息を吐いた。
「うん、まーわかってたよ。ムラサキはヘタレだし」
「そうだな。心が弱いというより、心がヘタレだな。……私も人のことは言えないが」
「な、なんだよ俺がヘタレとか! がんばったのにヒドくないか!?」
三人がギャーギャーと騒ぐなか、ダリアスは遠くからジルカたちを見ていた。
「あいつがあんなに笑ってるの、初めて見たわ。こないだまでの死んだ目がウソみてぇ。……まぁそれはそれとして、ジルカの奴、死んでくれねぇかな。なんなんだよ、女二人に囲まれて……いいや、なんか蚊帳の外だし。オレは帰って寝る。はい、おつかれー、おつかれー」
ダリアスはようやく到着した兵士の肩を叩きながら、三人を残し部屋を出てゆく。兵士たちは状況をつかめず、延々と三人の騒ぎを見ているしかなかった。




