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希望の道

 ジルカたち一向は、便利屋を目指し走っていた。途中、何度かゴブリンやオークと出くわし倒したが、おかげで新しい事実も見えてきている。


「なに? デゼン帝国の亜人傭兵だと」

「はい。今まで、ゴブリンやオークは喋っている様子がありません。全て手振り身振りで合図を交わしていました。試しに死体の口の中をのぞいてみたところ、舌が切り取られ、喉に傷がありました。デゼン帝国では亜人を使い捨てる際に、余計なことを喋らぬよう、言葉を奪うのだとか」

「デゼンって、西方の大国だっけか」


 西方にある大きな山脈を越えた先にある軍事大国で、百年ほど前にグラウリース皇国と戦争をしていた国でもある。現在は休戦協定が結ばれてはいるが、過去の遺恨もあり関係良好とは言いがたい。


「その帝国が、裏で糸を引いてるってことなの?」

「どうでしょう。亜人傭兵は金さえ払えば、どこにでも貸し出すという噂ですから。この場合は買い取りでしょうけれど」

「だが、関係しているのだろう。現に国境から兵を引かせようとしているわけだからな」


 もしデゼン帝国が関係しており、国境を越え大軍がロンティルトに迫れば、それこそグラウリースという国が終わってしまう。その前に、皇帝を助け出す必要がある。


「おーい、ダリアス! 開けてくれ!」


 事務所にたどり着き鍵の閉まった扉を何度か叩くと、寝ぼけ眼のダリアスが軋む扉を開ける。


「ふあぁぁぁぁ……んだよジルカかよ。どうしたこんな時間に」

「こっちのセリフだよ。ナンパにいくんじゃなかったのか?」

「そりゃ昨日で終わった。だから今まで寝てたんだろぅが」

「そうかい。だったら、さっさと着替えてなかに入れてくれ。俺だけじゃないんだ」


 上半身裸のダリアスは、腹を掻きながらジルカの頭越しに外を見る。


「鳥の嬢ちゃんと……おお、美人のねーちゃん。でもどっかで見たような……それに胸がオレ好みの」

「こんな時間まで寝ているとは、いいご身分ですねダリアス」

「りりりリフィア教官!?」


 ダリアスはリフィアの胸から顔へ視線を上げた途端、寝ぼけた目を見開き後ずさる。


「な、なんでここに!?」

「なぜわたくしの名前で依頼を出したときに、貴方がこなかったのかを聞きに……と言いたいところですが、別の用があるからです。いいから着替えてきなさい。早く!」

「は、はい!」


 バタバタと慌てて奥の部屋へ戻るダリアス。出合ってから二年、ジルカはここまで慌てるダリアスを初めて見た。


「おいリフィア。あの男とは、一体どのような知り合いなのだ?」


 それはジルカも気になるところ。知り合いだということは知っていても、関係までは詳しく知らない。


「四年ほど前、養成学校からの依頼で、あの男ダリアスの指導教官をしていたことがあるのです。腕は立つのに生活態度と女癖が悪く、当時は頭を抱えました」

「リフィアを困らせるとは、なかなかの男だ」

「それはもう。どこぞのお嬢様とタメを張るくらいには」


 はっはっは、ふっふっふ、と主従関係の二人が不敵に笑う側で、笑えない事実を知った人物が一人。


「養成学校って、騎士養成学校!? え、ダリアスって見習い騎士だったってことなのか?」

「そうなりますね。貴族の次男で、親の勧めで入学したのですが」

「――半年後には家が没落して、学費が払えなくて退学。親は失踪。気付きゃあオレ一人ってね。教官、人の身の上話をそうぺらぺらと話さんでくださいよ」


 着替えて戻ってきたダリアスが、リフィアを睨む。が、すぐに肩を竦め苦笑を浮かべるだけで、それ以上の文句は言わない。


「知られたからってオレがオレじゃなくなるわけでもねぇし。ほら、入った入った。オレをビックリさせるのが用ってわけでもねぇんだろ」

「それだったら、どれだけ平和だろうね」


 事務所のなかに入ると、ダリアスに街で起こっている事件を説明する。最初は半信半疑だったダリアスだが、血に濡れた武器や、外から漂う嫌な気配を感じ、真実だと受け止める。


「寝てる間に国がなくなってたかもしれねぇのか」

「そういうこと。それでダリアスに頼みがある。この間の下水道の掃除で使った地図、まだ持ってるだろ? みんなに見せてくれ。それと街の地図も。なるべく縮尺は同じのがいい。早くね」

「そう急かすなよ。ちょっと待ってろ」


 仕事道具が置いてある棚を漁ると、二枚の紙を持ってくる。中心が空白になっている下水道の地図と、だいたい同じ縮尺の大雑把に描かれた街の地図。細かい道などは描かれていないが、そこは問題にならない。


「ゲンシン。確かに下水道と通じている隠し通路はあるし、書かれていないところは私でも案内はできると思う。だが、隠し通路を使うのは危険だと話したはずだぞ?」

「別に隠し通路が知りたいわけじゃないよ。ダリアス、ビッグラットに手を齧られた奴がいたよね。それも下水道の奥のほうで。詳しい場所を教えてくれないか」

「それなら……ここら辺だったはずだ」


 ダリアスが指した場所は、東側の空白地帯のギリギリ。ジルカは下水道の地図の上に街の地図を重ねると、ビッグラットが出た場所にペンで印を書き込む。そこは城の周囲にぐるりと彫られた、水堀のど真ん中。少し城側に寄れば、城壁を越え城に入ってしまうような位置。


「セラ、この印の近くには――城の敷地にはなにがある?」

「……倉庫。古い倉庫があったはずだ」

「正確には、古くなった食べ物や、廃棄する家具などの廃品をを入れておく倉庫ですね。古くなった穀物などは家畜の飼料として使えますし、家具も直せば使えるものもありますから、そういった街の業者が引き取りにきます。……なるほど、大鼠とは、そういうことですか」


 リフィアは地図を見て、顔を顰める。もしリフィアの想像とジルカの話が一致した場合、それはグラウリース城に重大な欠陥があるといっているようなものなのだから。


「ゲンシン、いいから説明してくれ。そこになにがあるんだ?」

「その反応だと、ないみたいだね。予想が外れてなくてよかった」


 ジルカは下水道の掃除をしたときのことを思い出す。スライムと一緒に、肥え太ったビッグラットを退治した記憶。


「疑問に思ってたんだ。デカイやつは俺の腰くらい、人の子供くらいはあった。いくら大きな街の下水道だっていっても、そんな太った鼠が大量に出るなんておかしいなってさ。だから、子供くらいのビッグラットが巣にしてるような空間の近くに、常に食料の置いてある場所があるんじゃないかって」


 しかも、ビッグラットが多く出没した巣は水掘の真下。周囲には飲食店もなく、一番近くにあるのは、廃棄される食料がしまわれた倉庫。


 ジルカは印の場所を指差す。


「セラ、この倉庫に“隠し通路”はあるか?」

「いいや、“ない”。その場所に隠し通路は“存在しない”」


 セルミナは言い切る。


 これで条件は全て揃った。ありえないほど肥え太った大鼠。大鼠が齧った欠けたスプーン。ビッグラットの巣の近くには廃棄する食材や家具を集めた城の倉庫。そして、倉庫に隠し通路はない。


 全ての線が繋がる。線はいつ切れるかわからないほど細いが、ロムナスの野望を打ち砕くきぼうができる。


「ここには、城の人間が誰も知らない道がある」

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