威を借る
グラウリース城のテラスに隣接された部屋。その街を見下ろせる部屋のなかで、ロムナスはテラスに立っていたときと同じように、楽しげに笑顔を浮かべている。
ロムナスはミリオーラとともに城内まで逃げたあと、玉座の間で事を起こした。兵士のほとんどが城外にいる状況で、ミリオーラと抱きしめ合う二人を人質に取るのは容易なことだった。
「ふ~ん、ふふ~ん……おっ、さすが大国の皇帝。いい酒を置いているじゃないか」
キャビネットに飾られていたヴィンテージウィスキーを取り出すと、コルク栓を抜きグラスへ注ぎ、香りを楽しむ。
「うーん、いいね。ミリオーラも飲むかい?」
「いりませんっ!」
部屋にはロムナスとミリオーラ、そしてロムナスの腹心の部下であり樹林騎士団の“臨時”団長を勤めるラウグという男の、三人だけが残っている。
「つれないなぁ。せっかくお父上には別の部屋に退場してもらったっていうのに。まぁ、僕がおっさんの顔なんて見ていたくないからだけど」
ジョシュアは他の樹林騎士団の騎士に連れられ、他の皇族とともに別の部屋に幽閉されている。ミリオーラを残したのは、酒の肴にするため。それだけでしかない。
「ロムナス、あなたはなぜこんなことを」
「なぜだって? そりゃあ決まってる。王様になるためさ。一国の王にね!」
ロムナスはウィスキーの入ったグラスを呷ると、意気揚々と二杯目を注ぐ。
「ロムナス様、あまり飲まれては」
「そうだったそうだった。あまり酔っ払っちゃまずい。ありがとうラウグ、いい借り物だよお前は。無理やり団長を引きずりおろして挿げ替えた甲斐があった。それと、あの亜人どももね」
「借り物……もしやあの亜人は」
「気付いちゃったかい? そう、使い捨ての亜人部隊さ。あいつらは女さえいれば、虫みたいに勝手にどんどん増えていくらしいからね。こういう作戦にはうってつけだろ?」
「だかろと、あんな捨て駒のように扱うなんて!」
「いいじゃないか、所詮は勝手に増えるゴミなんだからさ。それに全部タダでいいってんだからさ。なぁラウグ?」
「……」
ラウグは黙るだけで、否定も肯定もしない。
「キミとの婚約が決まったすぐあとにさ、使者ってのが僕の前に現れたんだ。そしたら、僕に国を落とす手伝いをしろってんだから驚いたよ!」
「なぜ、なぜそんなことに手を貸したのですか!?」
「だから言ったろ? 一国の王になるためだって。リングス(うち)の馬車を襲わせたり、先に潜入させた部下に火事を起こさせたり、面倒だけど我慢してたのさ」
全ては街の外へ、城の外へ、少しでも城に残る兵士を減らすため。作戦を考えたのも実行したのも部下だが、ロムナスにとっては報告を“待つ”という行為も面倒のうち。
「やっとここまでこれた。この国を攻め落としたら、僕がこの国を任されることになってるんだ」
「だから貴方は国境から騎士団を……! すぐにこんなことはやめてください!」
「うるさいんだよ! 僕が王になるって言ってるんだから、王になるんだ!」
投げたグラスが、ミリオーラの足元で砕ける。アルコール臭が漂うなか、ロムナスは乱暴にミリオーラの髪を掴み、自分に顔を向けさせる。
「いいか、あと二時間だ! せめて命乞いくらいしたらどうなんだよ! 酒が不味くてしかたないだろ!」
「誰が、誰がそんなことをするものですか! きっと助けがくると信じています!」
「はっ! お前のところの大臣に聞いて、事前に隠し通路の位置もわかってるんだ。誰かが入ってきても、囲んで串刺しさ! これで、どこから! 誰が! 助けにくるってんだよ!」
まるで投げ捨てるように、ロムナスはミリオーラの髪を離す。
「ラウグ、逃げたり勝手に死なないように見ていろ。僕は皇帝の様子を見てくる」
「はっ……」
ラウグに見送られ、ロムナスは部屋の外に出てゆく。
残されたのは、床に佇み涙を流すミリオーラと、なんの感情もなくミリオーラを見ているラウグだけ。




