表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/39

神話に憧れた少年 3

明日からは一話~二話ずつの投降になると思います。

 幼い二人の別れの日。流れが速く荒れていた海は、嘘のように凪いでいる。空も晴れ、出航にはもってこいの日和り。


「……う~~~~……!」


 だというのに、ゲンシンはサキの背中に隠れている。凪の兆候が見え、次の日に出発すると決まったとたん、ずっとこの調子でグズっていた。


「ほらゲンシン。セラちゃんが行っちゃうんだから、しゃんとしなさい」

「……やだ……」

「まったく、この子ったら」


 ヤオズ島で生まれた者は、ヤオズ島で一生を終える。そんな島で育ったゲンシンにとって、友人との別れは初めてのことだった。


 そのゲンシンの様子に、一番腹を立てているのは、サキでもロージでもなく、別れの相手であるセラ本人。


「ゲンシン! いいかげんにしなさい!」

「……セラは寂しくないの?」

「寂しいに決まってるじゃない。でも、楽しみでもあるわ」

「……いじわる」

「も~~! いいから出てきなさい! こっちにくるの!」


 セラはサキの背中に張り付いていたゲンシンを無理やり引き剥がすと、少し離れた場所まで連れてゆく。


「セラはいじわるだ……悲しいのに、楽しみだって……」

「だってそうじゃない。再会が楽しみだわ」

「……え?」


 伏せていたゲンシンの顔が、ようやくセラの顔を向く。何度もこすったように赤くなった目が、ゲンシンを見つめている。


「ゲンシン、わたしの真似をして右手を出して」

「……こう?」


 右手の手の平を向けるセラを真似、ゲンシンも右手を出す。セラはその右手に自分の手を重ね、手を握る。


「これは、お母様に教えてもらった約束のしかたなの。こうやって手を握って、約束をするのよ」

「また会えるって?」

「そうだけど、違うわ。ゲンシンは騎士になりに、わたしの国にくるんでしょ?」


 その言葉に、ぶるりとゲンシンの心が震える。


 騎士。創造神ミゲルに認められた勇気ある者。神話の戦士。


「うん……なるよ。ぼくはセラの国の騎士になる。神話の騎士にも負けない、すごい騎士になるから!」


 ぐっと強く握るゲンシンの手を、セラも握り返す。


「わたしも、ゲンシンのことを忘れない。騎士になったら、きっとまた会えるわ」

「うん。騎士になったら、また会おうね」

「約束よ?」

「約束する」


 そうして幼い二人は笑いながら、涙を流す。


 離れた場所で二人を見ていたロージは、ハンカチを取り出し目元を拭っていた。そしてもう一つ取り出したハンカチを、隣にいるサキにも渡す。


「幼き日の一瞬は永遠のように感じるもの。出会ってからの時間も永遠なれど、別れてからの時間も永遠のように感じてしまうもの。ですが、悲しい別れにならずに一安心です」

「そうですね……そうですよね」


 サキは覚悟を決めたように、ロージのほうを向く。


「……ねぇ、ロージさん。お礼、一つだけ追加してもいいでしょうか」

「なんなりと」

「もし……もしもです。ゲンシンがあなたたちの国に行ったら、そのときはどうかよろしくお願いします」


 それは姉としての言葉だけではなく、父と母を亡くし、親代わりとしてゲンシンを育ててきた家族からの言葉。家族が望むのならば、叶えてやりたいという思い。


「承りましょう! もし嫌がるような輩がいたならば、この島まで投げ飛ばしてくれましょう。誰も彼も我らと変わらぬと、思い知ることでしょうな。わたくしの目が黒いうちは、誰にも文句を言わせませんぞ。ほっほっほっ!」

「ありがとう……ございます……」


 こうして幼い二人は、互いに「またね」と言い合い、水平線に互いの姿が見えなくなるまで手を振っていた。


「……今日はゲンシンの好きなモノでも作ろっか」

「ううん、いつものでいいよ。それよりぼく、もっと修行する」

「騎士になるために?」

「うん。騎士になるから、もっと強くならなきゃ」


 弟が、家族が大人の階段を上ったような気がして、サキは嬉しそうに、少しだけ悲しそうに、ゲンシンの頭を撫でた。



 ――それから七年後――



 ヤオズ島の港に、一隻の大きな漁船が停泊していた。それは七年前と同じように、ヤオズ島へと漂流してきた漁船。


「いい天気だね、サキねぇ

「旅立ちにはもってこいね」


 慌ただしく食料や水を積み込む船員の近くに、二人の男女が海を見つめている。それは幼い日の面影を微かに残す、十五になったゲンシンと、美しく成長したサキの姿。


「船長さん、いい人でよかったわね」

「俺たちのことを知っても、そんなに怖がらなかったしね。ま、俺のことは、数年前に漂流してきた人間ってことになってるけど」


 今日から数日は大凪の日。漂流した漁船がサリア大陸へ帰るのに、ゲンシンも一緒に乗せてもらう手筈となっている。それはもちろん、幼い日に交わした約束を守るため。

 そして――


「船に乗ったら、もう私たちは家族じゃないわ」


 ――家族との別れ。


 ヤオズ島の総意を破り、島を出る。村の村長にも、そのことは話している。そして許可を得る代わりに出された条件は二つ。


 ヤオズ島のことを口外しないこと。

 二度と島に帰ってこないこと。


 この条件を呑むということは、家族との永遠の別れ。そして島の住民は、ゲンシンのことを忘れなければならない。


「どうせ島から出たら、戻れるって保障もないし。これでサキ姉に殴られることもなくなるわけだ」

「またそんなこと言って。私だってせいせいするわよ。家も狭くなってきたし、広々と使えるわ」

「おーおー、存分に使ってくれ」

「だから……はい、これ。邪魔だから持っていってちょうだい」


 ゲンシンに背後に持っていた荷物を押し付ける。布袋に入った長い棒に、鉄を朱塗りで仕立てた顔を覆う総面、そして四角い箱。


「これって、父さんの形見の刀」

「そ。もう使う人がいないからね」


 布袋から出てきたのは、三界絶刀さんかいぜつとうと銘がつけられた一本の刀。二人の父親が行方不明になる前まで使っていた。ゲンシンが腰に差している修行でも使っていた鈍刀とは、雲泥の差があるほどの逸品。


「そっちのは、私が薪を割るのにでも使うから」

「あ、ちょっと……別にいいけどさ。でも、父さんの形見だろ」

「それなら、住んでる家だって形見よ。その刀より大きいんだから」


 ゲンシンが腰に差していた刀を奪ったサキが、ふふんと鼻を鳴らす。


「そういうことじゃないんだけど……それに、このお面は?」

「私が作ったお守りよ。ありがたく思いなさい」

「お守りってわりには、ずいぶんと厳ついけど」


 朱色の総面には表面に細かい装飾がしてある。両目の部分に開けられた穴の周りには、睨むような鋭い目が彫られ、口には大きく開いた口と鋭い牙。


鬼神面きじんめんって名前よ。。赤鬼あかおにって魔物を参考にしたの。あんたの顔じゃ、威圧感もなにもないからね」

「余計なお世話だ……鬼の顔だなんて、嫌がらせかよ」


 少年という面影が抜け切らないゲンシンの顔には、他人を睨みつけても圧というものがない。そのことは、ゲンシンも気にしていた。が、それを認めるのも癪に障る。しかも、七年前に自分を殺しかけた鬼の面ときた。


「――おーい! あんちゃん! そろそろ出航するぞー!」


 船の上から船長の声がかかる。気付けば、慌ただしく動き回っていた船員の姿もなくなっている。


「箱のほうは、開けたらわかるから。ほら、いってらっしゃい。私が言ったこと、忘れないでね」

「あ、ああ。わかってるよ。まずはロージさんを探すんだろ」

「もう島のことを知ってる人なら、約束を破ったことにならないからね。それにあの人は、信用できるから。それ以外には」

「偽名を使うこと……と」


 七年前には最後まで怖がっていた船員もいたため、サリア大陸に渡ってからは、正体がバレないように偽名を使えとサキに厳命されている。本名を伝えてもいいのは、セラとロージのみ。乗ってゆく漁船の船員にも、偽名のほうを伝えてある。


「……じゃ、いってくるよ」

「うん。ちゃんと騎士になるのよ」

「なるよ。セラと約束したんだ」


 右手を握ると、七年前の約束を思い出す。


「強い心で……神話の騎士に……」


 船に繋がるタラップの側まで、サキはついてくる。だが、ついてくるのはそこまで。乗ってしまえは、サキはヤオズ島の民ではなくなってしまう。


「元気でね」

「ああ」

「風邪とかひかないようにね」

「ああ」

「船酔いで迷惑かけないようにね」

「それは……長く船に乗ったことがないからわからない。でも、がんばる」


 タラップを進む。そしてゲンシンの足は、船の甲板を踏んだ。これで、ゲンシンはヤオズ島の民ではなくなった。そして船はすぐに陸を離れた。風を掴む帆がなびくたびに、黒い霧から離れるように、みるみるうちに海を進んでゆく。


 甲板から見る港では、サキがずっとゲンシンを見ている。


「――ゲンシーーーーン!! いってらっしゃーーーーい!!」


 その呼びかけに、苦笑を浮かべて手を振り返す。


「まったく最後の最後で名前呼びやがって……」


 港が米粒のように小さくなったところで、ゲンシンは甲板へと座り込む。あとはこのまま南へ――サリア大陸へと向かい、セラが住んでいる国で騎士になるだけ。


「はぁ……」


 どっと不安が心を軋ませる。家族とも別れた。サリア大陸についても、本当にセラやロージと会えるかわからない。騎士になるべく修行をしてきたが、本当になれるのかわからない。


 そんな不安を紛らわせるように、サキに渡された四角い箱を開ける。中身は、島で取れた食材で作った弁当だった。


「お、美味そうじゃないか」


 甲板に出てきた船員に弁当を見られ、思わず頭をかく。


「慣れ親しんだ食事にも、これでお別れって感じかな」

「だなー。あんちゃん、数年世話になったって言ってたもんな。最後にあのねえちゃんが呼んでた名前も、なんか関係あんのか?」

「……死んだ弟に俺が似てたんだってさ。だからか、ずいぶんと世話になった」

「そうかー……だから姉ちゃんって呼んでたんか。泣かせる話だねぇ! 感謝して食うんだぞ」

「ああ、もちろん」


 ヤオズ島のゲンシンはもういない。ここにいるのは、ジルカ=ムラサキというまったくの別人。持ってきた荷物は、しばらくの着替えと、換金用にと集めた真珠、形見の刀、そしてお守りと渡された鬼神面。これが全財産。


「なんだ、これ」


 弁当に入っていた煮物を摘みながら、なんの気なしに鬼神面を触っていると、面の内側にざらざらとした感触があった。内側の、ちょうど額が当たる部分。


『ガンバレ』


 見てみると、歪んだ文字が彫ってある。


「これくらい、口で言えばいいのに……これじゃ、被ったら痕がついちゃうじゃないか」


 不安とは違う温かいモノが、胸に込み上げてくる。ただし、吐き出しはしない。代わりに頬を叩き、気合を入れ直す。


「待っててね、セラ」


 ゲンシン――ジルカの目は、もう後ろを見ていない。これから眼前に広がるであろう、サリア大陸を見ている。さらにその先にあるのは、グラウリース皇国という名の国。その首都ロンティルトに、セラが住んでいる。そのことは七年前にサキがロージから聞いており、そしてサキがジルカに伝えている。


 船長の話では、グラウリース皇国では二年に一度、一般からでも参加できる騎士選抜試合が行われていると聞いている。他にも騎士になるための養成学校などあるが、そちらは余程のコネか金でもなければ入れないらしく、両方持ち合わせていないジルカには選べない道程。


「いま思えば、セラってどこぞのお嬢様だったんだよな。でも、騎士の学校に入れてくれないかってお願いするのもな……」


 コネならば、セラにお願いすればどうにかなるのかもしれない。だが、それはなにかが違うと考える。約束は騎士になってみせることで、騎士になるまでの世話を頼むことではない、と。


 だからこそ、騎士選抜試合で騎士になる。今年は開催年であり、時期も一ヵ月後。海を渡りグラウリース皇国の首都への移動を考えても、受付には十分に間に合うと船長も言っていた。ロージを探せる時間があるかは微妙だが、騎士になれるのであればそちらが先決。


「よしっ! やるぞー! 俺は騎士になるんだ!」


 そして堂々と、セラとロージに会いにゆく。セラは驚いてくれるか。ロージは褒めてくれるか。ジルカはまだ見ぬ未来に、思いを馳せる。



 こうして、ゲンシンはジルカと名前を変え、海を渡り、グラウリース皇国の首都ロンティルトへと赴き――


「グラウリース皇国騎士選抜試合において、ムラサキ選手を失格処分とする!!」

「……へ? ウ、ウソだろ!? なんで、なんでこんなことになるんだっ!?」


 ――騎士となる道の第一歩目で、盛大に躓いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ