騒乱の首謀者
空に映し出された、満面の笑みを浮かべるロムナスの姿。その後ろには、グラウリース皇国現皇帝ジョシュアと婚約者であるミリオーラが、樹林騎士団に連れられ立っていた。
「父上! 姉上!」
「お嬢様、あそこです」
リフィアがグラウリース城の上方にあるテラスを差す。ロムナスは霧に映し出された姿と同じように、テラスに立ち街を見下ろしている。
『あー、あー、前置きはいらないかな。愚民でもわかり易いように簡単に言おう。今すぐ抵抗をやめろ。じゃないと、皇帝様と皇姫様が死ぬことになるよ』
ロムナスが手を上げると、樹林騎士団はジョシュアとミリオーラの首元に剣を押し当てる。
「ッ!!」
「押さえてくださいお嬢様! ここからではどうすることもできません!」
城へ走り出そうとするセルミナを、リフィアとジルカで羽交い絞めにして止める。結界は継続して張られたまま。城門までいっても、内に入ることはできない。無闇に城に近づいては、ロムナスに余計な挑発をすることにもなってしまう。
『では二人を解放する条件を言おう。まずは、国境から騎士団を引き上げさせろ。引いた騎士団は……そうだな、そのまま海までいってもらって、大人しくしてもらおうか。次に、それぞれの騎士団長は早急にロンティルトに出頭するように。時間はそうだな……団長が出頭するのはあとでもいいけど、国境の騎士団は二時間以内に動いてもらおうか。もし、言うことを聞かないようなら』
『きゃっ!?』
ロムナスは自分の元に、強引にミリオーラを引き寄せる。引き寄せた際に、ミリオーラの首に当てられた剣が喉を軽く裂き、一筋の血が流れる。
『ああ、ごめんよ僕のミリオーラ。でも僕は、傷付いた女を見るのが好きなんだよ。そうだ! 二時間たって動きがないようなら、ミリオーラをオークとゴブリンの集団に投げ込もう! ついでに、さっきの抵抗をやめろというのは取り下げようか! 皇姫を守りたければ、二時間以内に汚物臭いオークとゴブリンを殲滅してみせろ! そうしたら僕直々に犯してやる! それを街中に見えるよう公開してやろう!』
楽しそうに手を叩くロムナスに、ミリオーラは絶望を顔に浮かべる。
『いい表情だよミリオーラ。でも絶望にはまだ早い。もしキミが途中で死のうとしたり、逃げようとしたら、父親を殺してあげよう。だからがんばるんだよ、ミリオーラ。頭のネジを外して楽しめば、生きていられるさ――じゃあそういうことで。城の魔術師は、くれぐれも結界を解いたりして僕の邪魔はしないようにね。じゃないと、僕は二時間も待てないかもよ』
ロムナスの姿が消えると霧は散り、一瞬の静けさが街を支配する。そしてすぐに、地獄の窯の蓋が開く。
「――……ぁぁああああああッ!」
指の千切れた衛兵が叫び、空に朱色の弧を描く。後ずさる衛兵を前に、剣で刺されたゴブリンは自分の血と一緒に指を口から吐き出しながら、ふらふらと逃げてゆく。途中で力なく倒れても、それでも体を引きずりながら。
ロムナスにより二時間という制限時間が宣告された。それはグラウリース皇国だけに突きつけられたものではない。街に入り込んだゴブリンやオークにとって、生き残るための制限時間でもある。
皇姫ミリオーラを亜人に汚させないため、兵士は戦う。
ただただ自分が生き残るため、亜人は逃げる。
「みんな逃げちゃうよ、ムラサキ!」
「このままじゃ、街の被害が広がるだけか……!」
本来、街での戦闘は終わっているはずだった。だというのに、ロムナスは己の楽しみのために、戦闘を継続させた。ゴブリンとオークは、生きるために死に物狂いで二時間、逃げ延びなければならない。
南の大通りで城に向かっていたゴブリンのほとんどは倒せている。残りは南の街門を守るオークとゴブリンの混成集団。しかし、その集団も勝手に崩壊してゆく。
街門を守っているままでは囲まれ死ぬ。だから逃げる。街壁の外の騎士団を入れないことよりも、命を優先し集を解き個で街に散らばる。これでは住民を人質にする者も出るだろう。いくら外の騎士団が入ってこれようと、代わりに住民の血が多く流れてしまう。
「この周辺はまだマシですね。南以外では敵の数はもっと多いままでしょう」
「だったら、早くなんとかしないと! セルミナ様、お城に入る隠し通路とかないの?」
解決するには、ロムナスの手から皇帝を助け出し、いち早く事態を収束させねばならない。大人しくすれば命は保障するとでも言わなければ、ゴブリンとオークは逃げ惑い暴れ続けてしまう。
「うむ、すぐに人数を集めて」
「それはやめたほうがよろしいかと」
元近衛騎士団を集めようとしたセルミナを、リフィアが遮る。
「隠し通路はすでに見張られていると思ったほうがいいでしょう。もし見つかれば、皇帝やミリオーラ様が危ない」
「でもでも、お城の人も、あいつらに喋ってないんじゃないの?」
「そうかもしれませんが、そうではないかもしれない。内通者がいる可能性も考えれば、危険は冒せないのです」
すでに皇帝の首には剣が突きつけられている。グラウリース皇国のトップが人質になっている時点で、敵に見つからない“かもしれない”という賭けに出るにはリスクが高い。
「絶対に見つからないという保障でもなければ、下手に動けないか……」
「助けにいけないってこと? セルミナ様は悔しくないの!?」
「悔しいに決まっているだろう! いま剣を向けられているのは、私の父と姉なのだぞ!」
「だったらなにもしないよりも!」
ヒートアップする二人を他所に、ジルカはジッと地面を睨み、頭を働かせる。
「……リフィアさん。見つからないという保障があれば、助けにいくことは可能なんだよね?」
「一歩目で躓く可能性は低くなります。その後は城内の状況によりますけれど」
それでも城に入れると入れないでは雲泥の差。見られずに入れるのであれば、助けられる可能性は高まる。
「ゲンシン、なにか手があるというのか?」
「少しだけ心当たりがある」
セルミナもリフィアも、怪訝な目でジルカを見る。それはそうだろう。皇族でもなんでもない街の住民が、二年前に街にきた者が、城へ入れるかもしれないと言い出したのだ。
「まずはセラとリフィアさんに、確認してもらいたものがある。ついてきてくれるか?」
「それはいいが……どこにだ?」
「俺が働いてる、便利屋の事務所さ」




