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神話に憧れた少年 2

 ごうごうと吹く風が木々を揺らす。雨も降っていないのに、厚く重なった雲は月の光も星の光も消し去り、夜の闇をさらに深いものにしている。


 ごうっと一際強い風が吹くと、どこからか飛ばされてきた大きな木片が、森のなかに作られた小屋にゴツンと当たる。


「うぅ……」

「だ、だいじょうぶだよ……なにか当たっただけだから……」


 小屋のなかでは子供が二人、身を寄せ合って震えている。


『大凪の前日は強い風が吹く。海は荒れ、よくないモノを運んでくる。だから絶対に外に出てはいけない』


 知っていたのに外に出てしまった。

 聞いていたのに外に出てしまった。


 ゲンシンとセラは闇のなか、後悔していた。うねる風の音が、小屋に当たる小石の音が、さらに恐怖心を掻きたててゆく。


 ――最初はただの好奇心。外に出てはいけないと言われ、なにがあるのかと興味を示したセラ。


 ――次は小さな冒険心。よくないモノに勝てなければ神話の騎士は目指せないと思ったゲンシン。


 ――最後は……別れの近い二人の思い出のために。


 二人は家で寝た振りをし、サキとロージが寝たことを確認すると、家を抜け出し森へとやってきた。小さなランタンを握り、まだ弱かった風を受けながら、ゲンシンの案内で古びた小屋まで足を伸ばす。


 普段から誰も立ち入らない森。小屋のなかには錆の浮かぶ鉈や鋸が転がっている。


 なんだこんなものか。/なんだなにもないのか。


 不気味ではあるものの、二人は落胆する。好奇心を満たすような冒険はなかった。それでも二人は、最後の思い出を味気ないものにしないため、言葉には出さない。


 二人が思い思いに落胆し、眠気で落ちそうな目蓋をこすりながら帰ろうかと話していると、強い風が吹いた。


「わっ……!?」

「キャ……!」


 折れた木の枝が頭の上を通り過ぎ、小屋に当たり鈍い音を立てる。砕けた枝に脅えた目を向ける二人を他所に、風はアッという間に強くなり、色々なモノが飛び交い始める。


 二人は帰れそうにないと判断すると、小屋へと避難した。風に苦労し扉を閉め、開かないよう転がっていた道具で押さえる。


「ゲンシン、どうする?」

「どうするって……どうしよう」


 なにが飛んでくるかわからず、外には出れない。風が収まるのを待つことしかできはんしない。


 小屋にモノが当たるたびに二人は体を寄せ合い恐怖に耐える。しばらくすると……


「げ、ゲンシン。ランタンの火が……」

「わ、わ、わ!? 待って……ああぁ」


 ランタンの油が切れ、火が消える。正真正銘、真っ暗な闇へと変わる。手を繋ぎ、もっと体を寄せ合うが、それでも不安で体が震える。


「……ゲンシン、外で音がする……」

「……だ、誰か助けにきてくれたのかな」

「……違う……違うわ……だって、“人の足音じゃないもの”」


 ヒタリ……ヒタリ……――


 雨は降っていない。なのに、濡れた足音が聞こえる。風はうるさく、二人の声も掻き消そうというくらいなのに、しっかりと足音が近づいてくるのがわかる。


 近づいてくる。近づいてくる。ヒタリ、ヒタリと濡れた足音が。一つではない。何個も、何個も、何度も、何度も。気付けば小屋を囲むように、幾重もの足音が聞こえる。幾重もの気配を感じる。


 ふいに足音が――鳴り止んだ。

 代わりに、ドン……! という扉を叩く音が小屋に響く。


「ッ……!」


 二人は悲鳴を上げないよう口を押さえる。息を殺し、気配を殺し、それでも扉を叩く音は止まない。扉どころか、音は壁のいたるところから鳴り始める。


 音はどんどんと強くなり、やがて、扉に小さなヒビが入る。


「ゲン……シン……あれ……!」


 ヒビの隙間から、紅い光が二人を見つめている。それは真っ暗な闇に浮かぶ、二つの紅い双眸。


「紅い……魔物の……目……!?」


 二人の目の前に、壊れた扉が倒れてくる。外でなかを覗き込むのは、額に一本角を生やし、ぶよぶよと濡れた青い皮膚を持つ、二足歩行の大きな魔物。


『ヴァア……アアアァ……!』


 不気味な呻き声を発し、魔物が二人にゆっくりと手を伸ばす。


「に、逃げるよッ!」

「あっ!?」


 ゲンシンはセラの手を引き、出口に向かって走る。魔物は巨体、二人は伸ばされた手をかいくぐり、足の間から外に出る。


「ヒッ……!?」


 小屋に群がっていた多数の魔物を見て、セラが小さな悲鳴を上げる。


 逃げる。逃げる。紅以外の光を目指し、森のなかを逃げ惑う。月も星も見えず、走っているうちに自分たちのいる場所がわからなくなる。それでも逃げることしかできない。


「キャア!?」

「セラ!?」


 木の枝に足を取られ、セラは転んでしまう。ゲンシンは急いで助け起こすが、足を挫いたセラは走ることができない。肩を貸して逃げようにも、子供の足の速さではたいした距離は稼げない。気付けば幾つもの赤い双眸が、真後ろにまで迫っている。


「わたしを置いて逃げて!」

「やだ!」

「ゲンシンまで死んじゃうわ!」

「やだ!!」


 恐怖に涙と鼻水を流し、顔をぐしゃぐしゃにしながらも、ゲンシンはセラの手を離さない。だが、それは片方の命を多少引き伸ばし、両方の命を削る行為。どちらかを犠牲にしなければ、どちらも死んでしまう。


 後ろで不気味な声が聞こえる。濡れた足音がすぐそばで聞こえる。後ろ髪に魔物の腕が触れた気がする。怖い、怖い、こわい、コワイ。


「あっ!?」


 体力の限界だった。足をもつれさせたゲンシンは、セラと一緒に小さな坂を転げ落ちてしまう。幾つもの紅い点が坂の上に見える。そのなかから一体の魔物が、二人に近づく。ゲンシンはセラの前に出るが、それにどんな意味があるのか。二人揃って握りつぶされて終わりではないか。


 そんなときだった。


「大陸では見たことのない魔物……ふむ、たしかに“大荒れ”のようですな」

青鬼あおおにと呼ばれる魔物です。大凪の前夜、海が荒れる夜にしか現れません」


 二つの影が、二人を庇うように現れる。


「サキ様は、お二人のそばに」

「でも、ロージさんだけじゃ」

「この程度であれば、わたくしだけで十分です。それに少々、ゲンシン様に騎士の力というものを、見せてさしあげようかと」


 ロージは剣を抜くと、眼前に構える。


「元グラウリース高位騎士、ロージ=クリスタ。推して参る!」


 そこから先は、圧巻の一言だった。


 青鬼はロージの剣により刻まれ、あっという間に四体が命を落とす。まるで暴風。残りの魔物はロージの気迫に、我先にと逃げ出してゆく。


「逃がしはせん!」


 素早く回り込んだロージは、残っていた三体の青鬼も次々と斬り刻んでゆく。時間にすれば、三分もかかっていない。ゲンシンはロージの力に、呆けたように見入ってしまう。


「やれやれ……老骨にはちと大変でしたな」


 剣を納め、ロージが三人のもとへ帰ってくる。大変だったというわりには、汗もかいていない。


「無理に倒さなくても、村まではこないんですよ」

「そうでしたか。早く言って欲しかったところですな。……さて、ゲンシン様。いかがでしたか?」


 ロージの瞳が、真っ直ぐにゲンシンを見つめる。ゲンシンは目をこすり、鼻を拭い、はっきりと答える。


「すごかった! すごくて……すごかった! ぼくも騎士になりたい!」

「ゲンシン様は、神話の騎士よりすごい騎士を目指すのでしたね」

「うん!」

「ならば、わたくしよりも、誰よりも強くならなければいけませんね。それに大事なのは、“ココ”の力です」


 ロージが指差したのは、ゲンシンの胸。


「……しんぞう?」

「いいえ、思いです。なにより強い思いが――信念が必要なのです」

「……信念……わかった!」

「ならばよかった。……さて、それでは」

「なに? なにを教えてくれるの」

「まずは村に帰り」

「うん! 帰ってから?」


 ワクワクしながらロージの言葉を待つゲンシンの頭に、横から手が置かれる。


「お説教でございます」

「そういうことよ」


 しらばくあと、夜も開け切らない村のなかに、二人の子供の泣き声が響く。ゲンシンとセラはその日、うつ伏せのまま過ごすことになった。

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