思い出と異変
カーラの店が余程お気に召したのか、リフィアは隠れ家的な店を案内しろと依頼をしてきた。詳細を聞いていなかったため一日空けているジルカも、追加の依頼を断りはしない。二人は遅めの昼食を取り、街案内を再開する。
「微笑ましい光景だ」
住宅地のなかに佇む公園を案内し、
「これは美味いな!」
ハイディアでゴーレムに驚きながらケーキを食べ、
「街の近くに、こんな場所があったとはな」
最後はジルカお気に入りの、泉のある森まで足を伸ばしていた。
「どうした、ムラサキ」
「……いや、俺も意外と街を知らないなと思って」
ほぼイルイラを案内した道のりを逆に辿っただけで、目新しい場所はなかった。ダリアスならば、もっと女性の喜びそうな場所を知っているのだろう。交友関係も街の知識も、ダリアスに負けている。そんなことを考えていると、妙な悔しさがジルカの胸に湧く。色々勉強しなおそうと心に留めつつ、靴を脱ぎ湖に足を浸すリフィアに視線を向ける。
「おお! ムラサキ、魚が足の近くを泳いでいったぞ!」
少女のようにはしゃぐリフィアが、眩しく見える。
「転ばないようにね」
なにか気の効いたことでも言おうかと考えてみるが、なにも思い浮かばない。それがまた、なぜか悔しい。
「このようにただ湖で遊ぶなど、子供のころ以来だ」
「そりゃよかった」
しばらくして水遊びに満足したリフィアが戻ってくると、姉のためにと買ったプレゼントの箱を開ける。なかにはクーシと呼ばれる白い花をあしらった、ネックレスが入っている。
「よっぽど気に入ったんだね」
「この花は、姉上が好きな花なんだ。リングスには咲かない花でな」
「へぇ、お姉さんはリングスにいるんだ」
「もうすぐ、な。政略結婚なんだ」
クーシの花言葉は、『あなたの幸せを願う』。たとえ政略結婚であっても、姉には幸せになって欲しいという願い。
「しかし、どこで買ったかは言えんな」
「それは偏見だぞ。歓楽街で一番の娼婦がいつも身に着けてるブランドを知ってるか? eLmodだよ。客からのプレゼントの多くもね」
eLmodとは、ルクスという国の宝石商が経営する、サリア大陸でも一、二位を争うアクセサリーのトップブランドである。ロンティルトにも支店があり、貴族の愛好家も多い。歓楽街の女性たちの間では、eLmodのアクセサリーを持つことが一種のステータスになっている。
「そうか……そうだな。eLmodならば上の姉上も、妹も持っている。カーラに問題がないのであれば、あとは身に着ける者次第ということか」
「そうだね。どっちにしろ言わないほうがいいだろうけど」
「……どちらなのだ」
「カーラにも色々と事情があるんだよ。カーラ自身に問題があるってわけじゃないから、そのうち話せるようになるさ」
事情を知っているジルカだが、カーラの許可もなしに気軽に喋るわけにはいかない。
「やましいことや、犯罪に関わっているわけではないのだな?」
「保障するよ」
「気にはなるが……その言葉を信用しよう。私も、カーラが悪人には見えなかったからな。それに捨てるには惜しい品でもある」
「カーラが聞いたら喜びそうだ」
「ならば伝えておいてくれ。……それにしても、ここは気持ちがいいな……」
リフィアが目を閉じたのを見て、ジルカも静かに目を閉じる。水の音。風の音。小鳥の声。街の喧騒などどこにもない。ここには、子供のころに過ごした空気がある。
(……なんだろう、この感じ)
ジルカは目を明け、リフィアの横顔を見る。気持ちよさそうに、自然を感じ微笑んでいる。その姿に、九年前に一緒に遊んだ赤毛の少女が、なぜか重なる。
「…………」
「ムラサキ」
「な、なに?」
思わず少女の名を口にしそうになったところで、リフィアの視線がジルカに向いた。
「ムラサキは、どこの出身なのだ? ずいぶんと珍しい名だが」
「グラウリースの端にある、小さな漁村だよ。そこじゃ珍しくもなんともない」
「そうか……まぁよい。こんなところにいるわけがないな」
騎士選抜試合のことを知っているのかと思い、ジルカの頭から思い出ごと、一気に血の気が引く。しかし用意済みの説明を聞かされたリフィアは、それ以上なにかを聞いてくることはなかった。
「……日が、沈むな」
「だね」
西にだいぶ寄っている太陽の位置からして、あと一時間もしないうちに暗くなるだろう。そうなってはいくら街に近いとはいえ、森のなかでは辺りが見えなくなってしまう。
「…………そろそろ戻ろうか」
「そうだな。あまり遅くなっては、部下に叱られてしまう」
「心配されるんじゃなくて、叱られるんだ」
「心配しているからこそ、叱るのだ。前にそう言われた」
「最近のこと?」
「どうだったかな。憶えておらん」
なぜか重く感じる腰を上げ、二人は森を出て街道へと向かう。街道まで出れば、暗くなっても道沿いに街の明かりを目指せばいい。
もう少しで街道に出る。異変に気付いたのは、そんなときだった。
「……見えるか、ムラサキ」
「見えてる。あれは……商人のキャラバンか? 皇姫の婚約式典できたんだろうけど」
様子がおかしい。遠くからでもわかるほど土煙を上げ、大きな荷物を積んだ馬車が街道を走っている。その数は数十にも及び、そのどれもが、レースでもしているのかと勘違いしてしまうほど速度を出している。
「……」
ジルカはキャラバンの馬車の列、その一番後ろに目を凝らす。もし先頭の馬車が横転すれば、全て巻き込み大惨事になるだろう。式典にきて気分が高揚している、などとは考えられない。そんな暴挙に出ているのにも理由があるはずと。
長旅で馬が疲れているのか、後方の馬車が数台遅れている。その、さらに後ろ。馬車とは違う影が見えた。
「なにが見える。私では遠すぎて見えない」
「……人が馬車を追ってる。子供くらいの集団と、少し遅れて大男が何人か」
見たことのない姿をしているが、ジルカの知識のなかに当てはまる情報があった。魔物ではなく亜人。だが、グラウリース皇国では入国が許されていない種族。
「ゴブリンとオークだ……!」
「ッ!!」
リフィアが跳ねるように走り出す。先にあるのは街道。それも、一番後ろの馬車に向かって。
「ああクソッ! やっぱりこうなるのかよ!」
依頼人が先にいってしまった。ならば、追うしかない。
平和なはずの街案内は、こうして終わりを迎えた。




