空飛ぶ亜人と飽きた依頼
イルイラが金の鶏亭で働くことになってから、三日目の朝。今日はルイシャの話していた、“イルイラにしかできないこと”を披露する日。
「じゃあ……いってきます!」
金の鶏亭の前で、背中ではなく胸側にリュックを背負い、腰にポーチを着けたイルイラが翼を大きく広げる。側には自信満々といった顔をしたルイシャと、心配そうな顔をしているジルカとメイランの姿もある。
少し助走をつけ翼を羽ばたかせると、イルイラの体が空へと浮かび上がってゆく。
「ルイシャもいってくるの!」
「イルイラちゃんのこと、お願いよ」
「わかってるの!」
空を飛ぶイルイラを追うように、ルイシャも大通りを走ってゆく。イルイラもスピードを抑えて飛んでおり、見失うようなことはないだろう。
「しかし、イルイラを使った弁当の配達か。上手いこと考えましたね」
ジルカは気付いていなかったが、近くでリングスの料理を出す店がオープンし、婚約式典が近い分、物珍しさも手伝ってか客が流れていた。そのせいか、金の鶏亭はここ最近、売り上げが落ちていたという。味で負けているとは思っていないが、なにかしら打開策を考えていたところに現れたのが、イルイラという空を飛べる亜人。
「ルイシャも近頃はお店を手伝ってくれるし、お昼の営業を再開しようと思っていたの」
昼時になれば外に食べに出る人も多いが、そうはいかない人もいる。空を飛べれば昼時の混雑など関係なしに配達ができ、効率もいい。
「宣伝にもなってるようで、なによりですね」
「イルイラちゃんは、空を飛べますから」
イルイラが飛んでいった空を、道行く通行人が指を差している。それは当然の現象とも言えた。
亜人には数多くの種族が存在しているが、空を自在に飛べる亜人というのは少ない。大陸深くにある険しい山に住むという竜の特徴を持つドラゴニュート。セイレーンと同じように単一種族だけで国を作っている、人の生き血を啜るというヴァンパイア。
せいぜいこの程度であり、どちらも首都ロンティルトにはいない。空を飛べる高位の魔術師もいるが、それは別の理由で空を飛ぶことは叶わない。そんな街の空を飛ぶイルイラは、リングスの料理以上に目立つことだろう。
「許可を貰うのに、時間がかかちゃいましたけどね」
禁止されているわけではないが、街中を配達で飛んでもよい、という許可証を正式に国から貰っている。衛兵に呼び止められるようなことがあっても、許可証を見せればいい。今日はルイシャも後を追って一緒に周っているが、大丈夫そうであれば明日からは一人で配達することになる。
「でも、心配です……」
「その間にやれることはやってましたし」
許可証を貰えるまでは、仕事の入っていなかったジルカが、街を詳しく案内していた。配達を始めたはいいが、迷子で届けられなかったなど話にならない。案内する代わりに家賃を値引くという依頼に、ヒマだったジルカも断る理由はない。
「鳥の亜人だからなのか、街の地形なんかもすぐに覚えたみたいですよ。バッグにも地図を入れておいたし、大丈夫ですよ。にしても、国から許可を貰うのに三日って……早いですよね」
「さぁ、どうでしょう?」
微笑むメイランにそれ以上聞けず、ジルカは頭を掻く。二年の付き合いだが、まだまだ知らないことも多いらしい。
「ムラサキさんも、今日はお仕事ですよね」
「はい。急な依頼なんですけど、ダリアスが今日は動けないからって俺だけで。ここで待ち合わせなんですけど、仕事内容がこれまた」
「――街案内だ」
「そうそう。今日も今日とてってやつです。足が棒になりそうで……」
背後から聞こえてきた声に、ジルカとメイランが振り返る。驚く二人の背後にはいつのまにか、帽子を被った長い金髪の人間の女性が立っていた。
「場所はここで合っていたようだな」
「いや、そうだけど……」
してやったりという具合に、女性はクツクツと笑う。同年代ほどの女性に笑われていい気分はしないが、文句は言わない。背後から声をかけられ驚いたのは二度目だったからだ、などと言っても意味は通じないだろう。
「しかしだ。依頼内容を他人に話すとは、いただけないな便利屋……おや? おまえは」
「な、なんだよ。俺がどうかしたか? それと俺は喋ってない。自分から言ったんだろ」
飽き飽きしている、とジルカが続けようとしたところ、背後から仕事内容込みで声をかけられた。広く公募しているような依頼ならまだしも、個人的な依頼内容を喋らないくらいの分別はジルカにもある。
「……ふむ。言われてみればそのようだ。失礼した」
女性が傾けた横顔に、サラリと髪が流れる。太陽の光を反射する金色の髪を、ジルカは思わず目で追ってしまう。
「依頼内容を知ってたってことは、アンタが依頼人のリフィアさんでいいんだよな」
「ふむ……? うむ、そうだ。私がリフィアだ」
「なんだよ、いまの間は」
「そんなものはない」
堂々と言い切られた。これにはジルカも口をつぐんだが、疑問の大半はメイランのおかげで晴れることになる。
「あ、あの……もしかして、あなたは」
「私を知っているのか?」
「わたしの記憶と、お顔が同じであればですが……」
「そうか。ならば言おう、“気のせいだ”。そういうことにしておいてくれ」
「は、はぁ……」
誤魔化す気があるのかないのか、返答は正解だと言っているようなものなのだが、だからとツッコんでいいものかジルカも困ってしまう。
「もしかして、偉い貴族様なのか? ……無礼な口を聞いて、臭い飯を食わされるとかないですよね?」
「貴族ではないさ。数年前まで近いモノではあったが……そうだな、まったくの別物だ。だから心配するな」
それに知らないほうが都合がいいと、リフィアは勝手に頷き始める。
「口調も直さずともよい。そのほうが、気付く者も減るかもしれん」
「貴族様がそれでいいなら、俺も楽でいいけどさ」
「貴族ではないというのに。リフィアと呼び捨てでかまわない。私は……」
「便利屋でもムラサキでも、どうぞご自由に」
「ではムラサキと呼ばせてもらおう」
ジルカも頷き返すが、これでお互い様だと内心で自嘲気味に笑う。メイランの反応からしても、リフィアという名前は偽名。ならば名を偽っている者同士、気楽にいこうと。
「……よろしいのですか?」
「もちろんだ。よし、ならばゆくとするか」
リフィアはメイランに目配せをすると、案内役であるジルカを他所にさっさと歩いていってしまう。慣れ親しんだ街を歩くように、リフィアの足取りには迷いがない。
「……まったく。街案内の意味があるのかな」
「ムラサキさん、失礼のないようにお願いしますね? 絶対ですよ?」
「わかってますって。おーいリフィア! 俺を置いてってどうする!」
人混みに紛れてゆくリフィアを、ジルカも慌てて追ってゆく。
「本当に大丈夫かしら……」
メイランは頬に手を当て眉を寄せ、とても心配そうに、配達にいったイルイラとルイシャ以上に心配そうに、人混みに消えてゆく二人を見送った。




