鶏肉料理と新しい住民
「ここがムラサキのお勧め? えっと、金の鶏亭」
連れてきたのは、家主の経営している食堂。ジルカにとって、自信を持ってお勧めできる店の一つ。だが、はたと気付く。
「鶏って……」
鶏の名が付くように、金の鶏亭がメインで出している料理は鳥肉。そんな料理をセイレーンという半鳥半人の亜人に進めてよいのだろうか。そもそもセイレーンは肉を食べるのか。しかも、鳥と呼ばれても怒らないイルイラに。
「イルイラって鳥肉は……」
「野菜のほうが好きだけど、鳥肉も美味しいよね! 手羽先とか好き!」
「あ、そうなんだ……よかった」
共食いだと怒られるかと思ったが、考えすぎだったようだ。それで済ませてよいのかと思わないでもないジルカだったが、イルイラを連れ店の扉を開ける。
店に入ると、集まる人の熱気と声が店内に響いている。メイランにルイシャ、バイトのウェイトレスも忙しそうにしている。盛況のようで喜ばしいのだが、客を連れてきている手前、席が空いていなければ案内した甲斐がない。
「お、ちょうどいいところに」
店内を見回し、空いている四人がけのテーブル席を見つける。正確には一人座っているのだが、そこは遠慮なくものを言い合える相手。ジルカに気付いたメイランに頭を下げながら、テーブル席へと近づく。
「よっ、ダリアス。空いてるなら座っていいか」
「ああん? ダメだダメだ。そこは店が混んで困ってるお嬢さんに、『こちら空いてますよ。ついでに今晩の予定も空けてもらえますか?』って予定の席だ」
「混んでて困ってるお嬢さんなら、ほら」
後ろにいるイルイラを指し示す。ダリアスはイルイラの翼を物珍しそうに見ながらも、ふんっと鼻で息を吐く。
「若すぎ。十年後にまたどうぞ。あと痩せすぎ」
「……セイレーンだったら普通だもん。ムラサキー、こいつイヤな奴だよ」
「冴えてるな。気をつけるんだぞイルイラ」
「なにおぅ」
文句を言いたげなダリアスを無視し、ジルカはダリアスと反対側の席を引きイルイラを座らせ、自分は間に座る。注文をイルイラに聞きながら、今日のお勧めもついでに頼んでおく。
「なんで仕事でもないのに男が隣なのかねぇ」
「そんな仕事もやってたのか? さすがだなダリアスは」
「やってねぇよ! そういうことじゃねぇよ!」
軽口を叩き合っていると、なぜかジルカとダリアスを交互に見ているイルイラが目に入る。
「どうかしたか?」
「ううん、なーんにも!」
なにが面白いのかと考えていると、注文した料理が運ばれてくる。最初は飲み物にサラダ。
「待望の女の子も一緒なの!」
そして、空いていた席に飲み物を持ったルイシャが座る。厨房にいるメイランは微笑んでおり、ルイシャが勝手にやっているのではなく了承済みのようだ。
「……今度は十五年後かよ」
「うるさいの! お母さんを見るの! 将来は美人に決まってるの!」
「メイランさんが美人なのは否定しねぇが、オレの好みはもうっちっと胸がこうね。スラッとしすぎは趣味じゃ」
スコン――とテーブルで音が鳴る。空になった木製の器が、突き刺さった小ぶりの包丁で真っ二つなっていた。厨房を見ると、メイランがとてもイイ笑顔をしている。
「お母さんは地獄耳だから気をつけるの。気にしてるの」
「へいへい……」
ルイシャは両手を挙げるダリアスを睨みながら、次は反対にいるセイレーンの少女を見る。
「で、で? あなたはジル兄とどんな関係なの?」
「街の外にある森で会ったんだ。旅をしてるんだって」
「ムラサキに街案内を頼んだんだよ。ケーキも買ってもらったの」
「いーなーなの! ルイシャはルイシャ! あなたは?」
「イルイラ! よろしくね!」
平均年齢が下がりかしましいテーブルに顔を顰め、ダリアスは新しく運ばれてきたブドウ酒を口に運ぶ。すると、少し驚いた顔を見せた。
「お……さっきのと違うな。リングス産のブドウ酒か」
「わかるのか?」
「オレくらいになりゃあな。ああ、もうすぐ婚約式典だからな」
「そうなの。売れるかもって、少し仕入れてみたの」
リングスとはサリア大陸の北部にある緑と水の豊かな国で、グラウリース皇国とは大陸に走る大河を越え、さらに国を数個越えた先にある。ブドウ酒が名産なのだが、輸入するための税が高くグラウリース皇国では多く出回ってはいない。
「皇姫の嫁ぎ先の酒なら売れるってか。例年より質は落ちてるみたいだが、リングスの酒ってだけで売れるかもな」
リングスは第四皇姫が嫁ぐ先の国でもある。皇姫の婚約者はリングスの王族であり、王族同士の結婚は友好国の証でもある。ブドウ酒を輸入する税が安くなれば、グラウリース皇国でも出回りやすくなるだろう。記念に飲むという人も増えるかもしれない。
「……お酒」
「イルイラも飲んでみたいの? ルイシャも飲んだことないの」
「ガキの飲みモンじゃねぇよ。なっ、ジルカ」
「子供には早いだろうけど、俺も飲まないし。反面教師が目の前にいるから」
下戸というわけではないが、酒で失敗しているダリアスを何度も見ているため、飲んだとしても舐める程度で抑えている。
「それに、料理は料理で楽しみたいし」
酔うよりも料理を楽しみたい気持ちのほうが強くある。メイランが朝から作っていたスパイスの効いたスープは、酔って味わうには惜しい味をしている。
「もぎもぎ」
「よぅ、鳥の嬢ちゃん」
「もぎも……なに」
料理の味に集中しているジルカから、ダリアスの興味は目の前にいる少女に移る。次々に運ばれてくる料理のなか、イルイラは第二の天敵に話しかけられ、手羽先の唐揚げを食べていた手と口を止める。
「警戒すんなよ。それ、どうなってんの?」
「それって?」
「それはそれだよ。フォーク」
指差すのは、イルイラが持っているフォーク。そう、腕が翼になっているイルイラが持っている、手羽先の刺さったフォーク。羽に埋まっているように見えるが、なぜ持てているのか。そんな疑問に、ジルカも料理から顔を上げる。
「……そういえば、サンドイッチも掴めてたな」
「その時点で疑問に思えよ。どうやって持ってんの? 羽の付け根に挟んでるとかか?」
「違うよー。ほら」
フォークを置いたイルイラは翼を前に出す。よく見てみれば、翼の上部で羽が動いていた。
「……指?」
「ルイシャが教えるの! ほら、これ見てなの」
ルイシャが空の皿に手羽先を一つ載せる。綺麗に肉を削いでゆくと、太い部分には骨が二本。細長く平べったい部分には、細々と骨が入っている。
「手羽先っていうのは、人だと肘から先なの。細い部分は手の平なの」
「言われてみれば、指が三本あるように見える……かな? イルイラが動かしてたのは、この小さい骨のところか」
「そこは親指なの。小翼羽って羽がある部分なの。セイレーンでも変わらないと思うの」
「これ、親指だったんだ。挟むだけだし、重いモノは持てないんだけどね」
「ほーん……飲み屋で話のネタにはできるか」
三人は食事を再開すると、新たに得た知識を確認するように、黙々と手羽先に手を伸ばし骨を皿に置いてゆく。ルイシャも手羽先の唐揚げに手を伸ばすが、誰も気にしない。そして注文した料理が全てなくなったころ。
「あ、そうだ。ルイシャ、二階の部屋ってまだまだ余ってるよね」
「物置にしてる部屋もあるけど、昔のままの部屋はあるの。なにかするの?」
「イルイラなんだけど、まだ宿を取ってなくてさ。泊めるだけでもできないかと思って」
「ちょ!? ムラサキ!」
ジルカは腰を浮かせるイルイラをまぁまぁと手で制し、ルイシャの返事を待つ。
「う~んなの……宿は辞めちゃってるの。いくらジル兄のお願いでも」
「はい、お土産。ハイディアのチーズケーキ」
「ちょっとお母さんに聞いてくるの!」
大好物のケーキの入った箱を掲げ、ルイシャはメイランのもとへ走ってゆく。少しすると、両手で円を作り戻ってくる。
「今日くらいなら、いいってことになったの!」
「で、でも……」
「迷惑な奴もいれば、こうやって世話を焼いてくれる人もいる。遠慮しなくていいと思うよ。それに、女の子を森で寝ろって帰すわけにもいかない」
「いかないの! ルイシャも、旅の話、色々と聞かせて欲しいの!」
「う、うん! ありがとう!」
街の外に出ることが少ないルイシャは、そういった話に目がない。メイランが許可したのも、そういうことを期待してのこと。
「空いてるのは、ジル兄の隣の部屋なの。毛布とかはあとで持っていくの」
「なら、会計したら先に部屋に案内しておくよ」
テーブルにある伝票はダリアスの分と、ジルカとイルイラの分の二枚。
「銀貨一枚に銅貨四枚か。イルイラ、半分持ってるか?」
「ぴっ……ムラサキの奢りじゃない……の?」
「そこまでサービスするつもりはない」
キッパリと断る。街案内もタダ。ケーキも奢った。森で変なモノを見せてしまったお詫びとしては十分だろう。
「甲斐性がねぇなぁ」
「だったらダリアスが奢ってあげるか?」
「先行投資する気はねぇ」
イヤな汗をかきながら、イルイラは小さな袋を取り出す。財布代わりの袋のなかに入っていたのは、銅貨が十数枚。銅貨二十枚で銀貨一枚分なので、払えばほとんど無一文と変わらない。
「足りはするけど、これじゃあ……」
「明日が見えないの」
森で寝ていたのも、金がなかったからかとジルカは理解する。食事だけなら二、三日は持つかもしれないが、宿を取ろうと思えば安宿に素泊まりでも一泊が限度。その点、森で寝るのはタダで、いざとなれば湖には魚もいる。
「鳥の嬢ちゃんの旅も、ここで終わりか。明後日にゃ唐揚げかね」
「ピィ!?」
「脅してやるなよ。っても、金を稼がないと旅を続けるどころじゃないよな……」
「は、羽を売るのは嫌だよ? セイレーンにとって、羽は大事なんだから」
悲しそうな顔のイルイラを間に頭を悩ませる。日払いの仕事もあるが、力仕事が多い。手先が器用そうにも見えないので、やれることは限られている。
そんななか、ピコーンと思考を光らせたのはルイシャだった。
「いい考えがあるの! お金も稼げるし、宿もタダなの!」
「ほ、本当!? アタシでもできる?」
「できるの! ううん、イルイラにしかできないの!」
ルイシャがイルイラの翼を握る。それはもう、逃がさないとばかりに。
「ウチのお店で働くの!」
「わかった! アタシがんばる!」
こうして、セイレーンの少女は金の鶏亭で働くことになった。
ちなみに――
「ルーイーシャー!」
「痛いの痛いの! ごめんなの!」
「わたしが気にしてるってどういうことなの! そんなことないの!」
「ごめんなさいなのー!」
――夜になり、店主に断りなく色々と決めてしまったことや他の諸々により、ルイシャがこっぴどく叱られたのは、言うまでもないことだろう。




