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プロローグ――神話に憧れた少年 1

 やっと次の物語を書くことができました。

 目指したのは90~00年代前半の古典ファンタジーラノベ。

 ……遥か昔、平らで岩と土しか存在しない、なにもない星に、二人の神が降り立った。


 二人の神の名は、創造神ミゲルと破壊神ミルジ。


 創造神ミゲルは大地を緑で覆い、命あるモノを生み出した。

 破壊神ミルジは大地を切り裂き、命あるモノを刈り取った。


 相反する神は互いを“敵”とし、いつしか星に君臨する絶対神の座を賭け、永い永い戦いを始める。


 創造神ミゲルが踏み込んだ大地はたわみ山と谷を創り、破壊神ミルジが振るった爪は大地を抉り川と海を創った。


 様変わりした大地を嘆き、膠着した戦いを終わらせるため、創造神ミゲルは己が力を使い、眷族となる六人の神と、神に似た姿を持つ人間という種を創る。


 破壊神ミルジは対抗し、強大な力を持つ魔神と、奇怪な姿を持つ魔物を創る。


 六人の神は人間を率い、魔神と魔物を相手に激戦を繰り広げ、そして百年ののち、破壊神ミルジは自らが創り出した海の果てにある大地へと追い込まれ、創造神ミゲルにより魔神とともに封印された。


 封印で力を使い果たした創造神ミゲルは六人の神にのちの世を託すと、眠りにつく前に、共に戦った人間を呼び出し、こう呼んだ。


『騎士』


 と。


 破壊神ミルジや魔神の力にも怯まず、知恵を用いて魔物と戦い、神と大地を助けた勇気ある者のことだと。


 六人の神は創造神ミゲルの力を真似て、亜人と呼ばれる種族を創り、魔法という力を人々に与え、天へと昇り大地を見守り続けている。そして大地には、人間と亜人が暮らす国が、多く生まれてゆく。


 だが、幾年と月日が流れようとも、『騎士』は創造神ミゲルに認められた名誉ある戦士の称号として、各国に伝わっているのである。大陸に残った魔物から国を守るため、人々を守るために、人は騎士を目指すのだ。



「――どう? これが『騎士』のお話なの。騎士になれるっていうのは、すっごく名誉なことなのよ。だからわたしの国の兵士は、みーんな騎士を目指して頑張ってるの!」


 海の見える丘の上で、赤毛の少女は自分の国に伝わる神話おとぎばなしを得意げに、目の前で座る少年に語って聞かせる。少女は身形のいい服に身を包み、少年は素朴な麻の服。二人とも年は十もいっていない。


「へぇ~~~~! じゃあぼくも騎士になる! すごくなる! 魔物ってのをやっつけて、世界を守るんだ! こうやって!」


 少年は落ちていた木の棒を拾い、剣に見立てて振るう。思いの外、棒を振るう少年の姿が様になっているのを見て、少女は目をぱちくりと瞬かせた。


「騎士になれたら、あの霧の向こうにも行けるのかな。どう思う?」


 少年が棒の先で指したのは、東の海の先に見える黒い霧。霧は水平線の端から端まで続き、高さは雲の遥か上まで達している。


 少女は黒い霧の中に奔る赤い稲光を見て、少年に気付かれぬよう、小さく身を竦ませた。


 海を区切るように覆う黒い霧。迷い込めば視界を遮り方向を狂わせ、赤い稲妻が全てを破壊する。それこそが、創造神ミゲルが施した封印おり


 普段、少女が住んでいる場所では、黒い霧など見ることはない。陸から遠く離れた場所まで漁に出る漁師でも、見たことがある者などほとんどいないだろう。年老いたベテラン漁師ならいざ知らず、若い漁師が黒い霧を見たなどと口にすれば、ウソか気が狂ったと思われる。


「………………ひぅ……!」


 その黒い霧が、稲光が見えるほどに目と鼻の先にある。


 時折聞こえるゴロゴロという音に、少女の口から声が漏れる。幸いにも少年には聞こえていなかったようで、慌てて少女は黒い霧から視線を外す。


『霧の向こうには、破壊神ミルジが封印された魔障大陸ましょうたいりくがある。そこには、人間を恨む魔神が住んでいる。だから、決して霧を越えようなどと思ってはいけない』


 話の最後に、語り部がつける最後の一節をセラは思い出す。


「あの霧は神様の封印なのよ。騎士になっても敵わないわ。そにれ……危ないじゃない」

「そうかなぁ。今日は音もずいぶんと遠くなんだけど。じゃあ、神様に勝てる騎士になればいいんだ! とりゃ~~!」


 少年は少女の言葉など気にせず、木の棒を元気に振る。そんな少年を見て、わかっているのかしら、と少女は溜息を吐いた。


「――シーン! ゲーンー! ゲンシーン!」

「――さまー! お嬢様ー! どこにおられるのですかー!」


 丘の麓から声が聞こえてくる。その声を聞くと少年は木の棒を地面に放り、丘を駆け下りてゆく。


「どうしたのサキ姉ちゃ~ん! もうお昼の時間な――べぎゅ!?」


 麓にいた若い女性と初老の男性の内、女性に近づいた少年の頭に、ゲンコツが落ちた。


「いだぃよサキ姉ちゃん!」

「どっか行くときは姉ちゃんに言ってからにしなって言ってるでしょ! しかもお客さんまで連れて!」

「だって~」

「だってじゃないの!」


 また振り上げられるサキの拳に、少年――ゲンシンは頭を抱える。その様子を可笑しそうに微笑みながら、少女も丘を下り初老の男性へと近づく。


「ごめんなさい、ロージ。心配させてしまったかしら」

「それはもう。セラお嬢様のお姿が見えず、心臓が止まるかと」

「まぁ、そんなに? わたしもゲンコツかしら」

「執事の身で、そんな恐れ多いことはできませぬ。せいぜい勉強する量を三倍にする程度ですかな。この島に流れ着いてから、勉強が疎かになっていましたからな」


 ロージの言葉に、少女――セラの眉がピクリと動く。表面上は笑顔のままだが、セラの頭の中ではどうやって勉強から逃れようかと、忙しなく考え始めていた。


「船のなかでみっちり付きっきりでやりますので、逃げられると思わぬことですな」

「人の考えを読まないでちょうだい。……帰る目処がついたの?」

「はい。船の修理も終わり、後は潮の流れだけでしたが、それも数日中に大丈夫になるだろうとサキ様から」

「……そう。お父様もお母様も、心配しているでしょうね」

「ですから、早く帰って安心していただきましょう」


 ――今から二週間前のこと。ゲンシンたちの住むヤオズ島に、遠く離れたサリア大陸という陸地から一隻の船が漂着した。その船に乗っていたのが、セラやロージたちの一行だった。


 船を使っての隣国への外遊。しかし、潮の影響かはたまた運が悪かったのか、現れた魔物により舵を壊され、通信用の魔具マジックアイテムで助けを呼ぼうとしたころには、魔具で通信できないほど船は沖へと流されていた。どうにか魔物を追い払いはしたものの、助けもないまま沖へ沖へと海流に運ばれて数日、水や食料も尽きかけ、黒い霧が近づき絶望が船のなかを支配しかけたところで、ぽつりと点在していたヤオズ島に漂着した。


「さすがにもうダメだと思ったわ」

「そうですな。きっと、神の思し召しでしょう」


 黒い霧に飲み込まれていれば、どうなっていたかわからない。たまたまとはいえ、こうして生きていることに二人は神に感謝する。


「そうだ、サキ姉ちゃん! ぼく、セラの国に行って騎士になることにした!」

「あ、あんたねぇ……」


 ゲンシンの言葉に、今度はサキが頭を抱える。


「そんなことよりゲンシン。わたしはもうすぐ帰ることになるから、もっと遊びましょ」

「そんなことじゃないのに~。でも遊ぶ! いこ、セラ!」


 二人は手を繋ぎ、また丘へと上ってゆく。そんな二人を、サキは溜息を吐きながら、ロージは笑いながら、見守っている。


「サキ様、お礼については、本当にアレでよろしいのでしょうか」

「ええ、それがこの島の総意です」

「この島のことを秘密にする、ですか」


 サキは黒い霧に目を向ける。


「この島は、霧に近すぎる。何年かに一度、ロージさんやセラちゃんのように、船が流れ着くことがあって助けたりしますけど、やっぱり怖がられるんですよ。私たちが“魔障大陸の魔神”じゃないのかって」


 地図にも載っておらず、ここまで黒い霧が近いとなれば、そう考えてしまうのもしかたのないことかもしれない。それだけ、魔障大陸は恐れられている。


「あなたたちの船の人も怖がってた……いいえ、今でも怖がってる。普通に話してくれるのは、セラちゃんとロージさんくらいですもの」

「助けてもらっておきながら、そう思っている船員がいるのも事実ですな……悲しいことです」

「私たちは静かに暮らしたいんです。助けを求められたら助けますけど、それはなにかが欲しいからじゃないんです。ただ、静かに立ち去って欲しいだけ。……見捨てるのが一番簡単なんですけど、それじゃ本当に魔神だと思われちゃいますからね」


 黒い霧など、伝説だと思っている人も多い。それが本当にあったのだとわかれば、興味本位で近づく者もいるかもしれない。しかも、近くには人が住んでいる島がある。外界との交流を、この島は望んでいない。


「わかりました。決してこの島について口外せぬよう、お嬢様やわたくしも含め船員一同、約束いたしましょう。しかし、せっかくお嬢様とゲンシン様が仲良くなられたのに、残念なことですな。お嬢様にとって、同年代のお友達というのは初めてでしたので」


 ロージは父性を秘めた目で、離れて遊ぶセラを見る。


「こちらもです。ゲンシンも、年の近い子供はいなくて。でも、遊んであんなに服を汚してしまって……」

「ほっほっほっ。お嬢様も、長い航海で元気が有り余っていたようですからな。気になさらないで下さい。……ですが、それもあと数日ですな」

「この季節だと、明日あたりから海流が緩やかになるはずです。そのとき船を出せば、サリア大陸まで帰れるでしょう」


 黒い霧近くの海流は流れも速く複雑な上、全て黒い霧へと向いている。黒い霧に近づきすぎれば、どんなベテラン操舵士でも逃れられない。沖に出すぎれば死が待っている。この海流が、黒い霧を見たことがない人を増やしている理由。


 ヤオズ島の漁師でさえ、普段は港と船を長いロープで繋ぎ漁をしている。その枷がなくなるのが、半年に数日の大凪の期間。


「しかし海流の穏やかさも、数日で元に戻る、でしたな。その間にサリア大陸へと流れる海流まで船を進ませなければ、また逆戻り。次は半年以上待たなければならない、と」

「はい」

「……残念ですな」

「……はい」


 丘の上で遊ぶ子供を見る目が、どこか悲しげに曇る。


「それと、今日なんですが」

「わかっております。今日は絶対に外に出てはいけない、ということでしたね」

「大凪の前夜は、とても“荒れる”んです。絶対に外へ出てはいけません」


 その日、ゲンシンとセラはヘトヘトになるまで遊び、サキの家で保護者代わりの二人に見守られながら、一緒に眠った。……目覚めることなく、朝まで一緒に眠っているはずだった。

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