ラッキーアイテム欲張りセット
俺はなんでも信じやすい男だ。二十歳を越えてもサンタがいると信じていたし、赤ちゃんはコウノトリが運んでくると思っていたし、友達から「裸で奇声をあげながらナメクジを百匹集めたら何でも願いが叶う」といたずらで言われた時は裸になって奇声をあげつつナメクジを九八匹集めたところで警察に補導された。
そしてそれが占いになれば俺の盲信度はマックスだ。とある占い師を信じて宝くじで3億円を当ててからというもの、更に俺の占い信仰に拍車がかかっている。
そして出勤前の今もテレビにかじりつき、一日の運勢をチェックしているところだ。
<では今日の血液型占い! 今日の一位はO型のあなた! O型のあなたは恋愛運マックス! 告白するなら今日しかない! ラッキーアイテムは『笑顔』です!>
恋愛運マックスだと! これは俺が片思いしているミサキちゃんに告白するチャンス! 俺は早速会社に電話をかけた。
「もしもし桑島です。すみません、今日ちょっと熱が36度を超えてるんで休ませてもらえませんでしょうか……。はい、はい、え? もう来るな? ありがとうございます。明日は必ず行きますんで……」
俺は満面の笑みで電話を切った。グフフ、人生の大一番に仕事なんかしてられるかよ。俺は次の占いを見るべくチャンネルを切り替えた。
<さあ今日の星座占いの一位はカニ座のあなた! なんと全ての運勢において最高潮! 何をやってもうまくいく! どんな主張も通ってしまう夢のような日です! ラッキーアイテムは「光り物」です>
ふおおおおお! キタキタキター! これは俺の人生で最高の日に違いない! もうブリッジした状態でシャカシャカ近づいても告白がうまくいくに違いない! 俺は上機嫌でチャンネルを切り替える。
<では今日の動物占いの第一位の発表です! 今日の一位はなんと『ゴミムシ』のあなた! 今までクソカスで文字通りゴミムシみてぇな人生を過ごしていた皆さん おめでとうございます! 今日こそは人生最高の日になるでしょう! ラッキーアイテムは『ランニング』今すぐ走り出してください!>
ゴミムシの俺はそれを聞いた 瞬間走り出した。今日こそは人生最高の日! 早速準備だ!
***
俺はミサキちゃんに告白するために計画を立てていた。まず告白する時間。ミサキちゃんは俺と同じ会社の事務員なので帰宅時間は把握している。俺が狙うは帰宅時間、彼女の家の前で待ち、帰ってきたところを夜景の見える丘に誘って告白することにした。
準備するものは「笑顔」「光り物」「ランニング」の3つ。
笑顔については笑って告白すれば良いだけだが、それではパンチが足りないと俺は感じていた。そうだ! 笑い袋を持って行こう! 俺は車を走らせ近所の玩具店を周り、ワンボックスカーのトランクがいっぱいになるまで笑い袋を買いしめた。
次は光り物……。無難にダイヤの指輪を渡そうか。うーん、それだけだと何か物足りない気がする。今は繁忙期のためミサキちゃんはだいぶ暗くなってから会社を出ることが多い。そうなると俺の姿はよく見えないのではないか? 出来るだけ目立つ格好をする必要があるだろう。そう考えた俺は身体中にパーティー用の電飾をグルグルと巻き付けた。さながら人間クリスマスツリーだ。
これでも何か足りない気がする。そうだ。ラッキーアイテム「笑顔」が見えねば話にならない。俺は頭ごと蛍光塗料に浸した。これなら暗闇でも俺の顔がボンヤリ発光して見えるはずだ!
3つ目のランニングだが、これは今から彼女の家まで走っていけば良いだろう。身体中に電飾を光らせつつ顔に蛍光塗料を塗った俺は両手いっぱいに笑い袋を抱えて走り出した。
セミの声の鳴り響く中、俺は赤い西日を背に彼女の家へ急いだ。全身から汗が吹き出し、目眩がして今にもぶっ倒れそうだがそこは人生最高の日。俺は疲れや暑さを物ともせず笑顔で走り続けていた。
もうだいぶ彼女の家まで近づいた頃、ふと工事現場で警備員が持っている赤い誘導棒に目を引かれた。
「それ、売ってくれない?」
「いや今仕事中ですし」
「5万円払うから」
「売ります」
買ったのはいいが俺はすでに両手いっぱいの「笑い袋」を抱えている。もう手で持つことは出来ない。そうだ。某三刀流の剣士は口に刀を咥えて構えていたな。俺も見習おう。
「それ俺のケツにぶっ刺してくれ」
***
目的地に到着した時にはもうすっかり日が落ちて暗くなっていた。ミサキちゃんの家は閑静な団地にあり、暗い路地で俺の身体並びにケツは一番星のように美しく輝いているに違いない。
しかし通る人 通る人全員が俺の方を見てギョッとした表情をするのは何故だろう。俺の顔に何か付いているのだろうか。
俺はただ蛍光塗料を塗りたくった顔で満面の笑みを浮かべているだけだというのに。
その時、コツコツとヒールの裏がアスファルトを叩く音が聞こえ始めた。来た! 俺は路地の向こうに目を細める。薄暗い夜道の中、白いカットソーに黒いタイトパンツを履いた女性がこちらに向かって歩いて来ている。
俺はその姿を見た瞬間獲物を見つけた肉食獣のように走り出した。
「ミサキちゃーん! あはははは!」
俺は満面の笑みで坂を駆け下りる。俺に気づいたのかミサキちゃんの歩みが止まった、かと思うと体を翻し、悲鳴をあげながら逃げ始めた、
「なんで逃げるのミサキちゃーん! ヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
俺はただ全身を電飾で覆われ顔に蛍光塗料を塗りたくり笑い袋を両手に抱えてケツに赤く光る誘導棒が刺さっているだけなのに!
あ、そうか。まだ笑い袋を作動させてなかった。俺はあらかじめ笑い袋の一つ一つに付いている糸に結んだヒモを口で強引に引いた。
響いたのは地鳴りのような音、いや衝撃だった。両手いっぱいに抱えていた笑い袋から静かな団地を隅から隅まで切り裂くように、甲高い笑い声が轟いた。なんか地獄の底から湧き出してきた亡者のうめき声のように聞こえる気もするけど気にしない!
「ミサキちゃん待ってええええ! ヒーッッヒッヒッヒッヒッヒ!」
俺は走る速度を早めた。その時ふと店のショーウィンドウに自分の姿が映る。
そこには死人のような顔色で笑い、亡者のような声で笑うピエロを両手いっぱいに抱え、毒々しく光る棒をケツで振りながら、不気味な光を曳いて走るモノノケの姿があった。
あれ、もしかして俺は完全に不審者に見えるのではないか?
そう思った瞬間俺は盛大にすっ転び、無数の笑い袋を道路にぶちまけてしまった。道路に突っ伏し、一気に押し寄せてきた疲れと情けなさで立てない俺をあざ笑うかのように、笑い袋はいつまでも甲高い笑い声をあげているのだった。
そしてその日を境に俺が占いを信じることは無くなった。
おわり
お読みいただきありがとうございました!