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大昔、永きに渡って世界の均衡と理を守ってきた神は

絶対王である事に怠惰的になっていた。


有り体に言えばそう、飽きた。


そこで神は思い付く───


神の言葉を見聞きできる動物達を集め

こう言い放ったのだ。


「元日の朝、新年の挨拶に出かけて来い。一番早く来た者から十二番目の者までは、順にそれぞれ一年の間、万物の頂点にしてやろう。」


こうして神はつまらない職務から離脱し

長年夢だった慰安旅行へと洒落こんだのである。


そうやって決まった順番が以下の通りである。


子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥


しかしこの順位に異を唱える生き物がいた。


「なぁおっさん。それって職務怠慢だと思うんだけど?」


濃いオレンジ色の髪をなびかせながら

海辺の消波ブロックに寝転ぶ男は言った。


ゴロゴロと寝転ぶその男に目を向けるでも無く

透き通った海に釣り糸を垂らすのは

派手なアロハシャツを着込み白の短パンを履いた

どこか威厳のある初老の男性。


三紀猫(みきねこ)よ、神に向かって"おっさん"とは何事だ。」

「ちっ!神が聞いて呆れるぜ。」


神を名乗る初老の男に対し

なんら悪びれもせず舌打ちを返すこのオレンジ頭。


お察しの通り、十二支に見事入り損ねた

猫一族の三紀猫(みきねこ)である。


「お前が悪いのだろう?ワシは元旦の朝と言うたのに、次の日にノコノコやって来たお前が。」


神は舌打ちをした三紀猫に顔色一つ変えず

淡々とそう言い放った。


気掛かりなのはこの竿に

魚が掛からない事だけだろうか。


しかしそんな神の言葉を聞いて

顔色、いや目の色を変えたのは三紀猫の方だった。


さっきまで消波ブロックの上で

ゴロゴロと寝転んでいたとは思えない程の勢いで

ガバッと起き上がると

眉間にシワを寄せ、歯をギリリと鳴らす。


両手で顔を強く覆い

猫特有の長い爪が額にくい込むのもお構い無しに

頭を掻きむしっていた。


勿論、額からは血が溢れ出しているが

そんな事はお構い無しの様だ。


指の隙間から見える瞳は

オレンジ色からドス黒い赤へと変化し

髪も同じ色に染まりつつあった。


「…さねぇ……ゆる…さねぇ……。」


そしてどこを見るでも無く恨み言を呟く。


額からボトボトと零れ落ちる血に

神は特に驚く事も無く

いつもの事だと片手を竿から離し

逆立ちながら色の変わっていく三紀猫の髪を撫でた。


「あれから120年か…来年はお前にとってしんどい年だろう。しかしな三紀猫よ、他人を恨み続けるのは辛いものだろう?」

「…いや違うな、おっさん。忘れる方が辛い。」


徐々に瞳の色がオレンジに戻るにつれ

冷静さを取り戻した三紀猫は神の言葉にそう続けた。


「なぁ、別におっさんの仕事を増やすわけじゃないだろう?もう一回、もう一回でいいから新年の挨拶周りをやらしてくれればいーんだよ!」

「ふーむ…。」


すっかりオレンジ色に戻った髪を

ふわふわ揺らして祈願するこの猫に

神は少なからず慈悲を感じていた。


自分の神という立場から

一つの生き物や事柄に固執するのは良くないし

三紀猫だけに目をかけるのも

本当は良くない事だと思っている。


しかし───


120年と言うのは

何かを恨むには途方も無く長すぎる。

過ごした時は余りにも不憫だ。


神は三紀猫の額から流れる血を拭きながら

ふと考えていた。


「気持ちは分からんでも無いが…神が一度決めた事をコロコロ変えるのも、威厳に関わる問題だろう。」

「いや、職務放棄してこんな所で釣りしてる奴に言われたくねーよ!」


三紀猫は素直に顔を拭かれながらも

そんな悪態をついた。


「職務放棄ではないぞ?慰安旅行だ。」

「120年も慰安旅行する奴がどこにいるんだよ!阿呆か!」

「ワシが何年、いや何千年何億年!?働いたと思っとる!120年ぐらい大目に見てバチは当たらん!」

「うっさい!当たれ!バチ!」

「残念じゃったな!バチを当てるのは神であるワシじゃ!」

「くっそじじーーー!!」


すっかり顔を綺麗に拭かれた三紀猫は

神がそう笑うや否や

左手を大きく振りかざした。


振り下ろされたその左手を避けるように

ひらりと後方に交わしながら飛んだ神は

そのまま釣り道具を一式手に取ると

宙へと舞い上がった。


「逃げんな!くそじじい!」


三紀猫はその身体能力を生かして

身体の倍近く高く飛び上がるが

空を自在に飛び回る神に適うはずもない。


「はっ!はっ!はっ!お前は元気がいい。そのヴァイタリティで十二支を勝ち取れ!そうすればもう一度挨拶周りを考えてやっても良いぞ!」

「神が横文字使ってんじゃねー!」

「頑張れ、子猫ちゃん!」

「どこのアイドルだくそやろー!」


だんだんと光に包まれていく神に

今回も逃げられるな、と察した三紀猫は

最後の悪足掻きとばかりに

履いていた下駄を投げつけた。


「くそっ!」


弾けた光の中に、もう神の姿は無く

下駄は虚しく光をすり抜け海に落ちた。


三紀猫は消波ブロックに再び座り込むと

小さく舌打ちをしてゴロリと寝転ぶ。


海に落ちてしまった下駄を気にすることも無く

ゴロゴロと寝転ぶ姿はまさに猫の日向ぼっこだ。



神が意見を変えるのは威厳に関わる。


そのヴァイタリティで十二支を勝ち取れ。




神の言葉をぶつぶつ声に出しながら

三紀猫は120年前の挨拶周りを思い出していた。





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