戦力外通告された日の夜
俺は車に乗って、ひたすら走っていた。
そして、土手に着いた。ここは俺が高校時代によく練習していた場所だ。
自主トレも、いつもここから始めている。
「おい、これから、どうすればいいんだ」
俺は小さい小石を川に向かって投げていた。
「くっそー、どうしたらいいんだ」
ずっと、無心で投げ続けていた。大きいものから小さいものまで、たくさん投げた。
「おじさん、すごい遠くまで投げるね」
近くの子どもたちが寄ってきた。プロ野球選手ということには気づかれてないようだ。
俺は調子に乗って、遠くまで投げたりしていた。子どもたちのすごーいの声に、喜びを感じた。
そのあと、土手からすぐ近くのコンビニに寄った。
普段は買わないスポーツ新聞の夕刊を買った。もう自分のことが載っているのだろうか?
しかし、記事はMLBが中心に載っていたので、まだ載っていなかった。
おそらく明日には載ってしまうだろう。家族にどう話そうか悩んでいた。
ピー、ピーと着信音が響いた。
「あれっ、英吉から電話だ」
雪子は携帯電話に出た。もう井戸端会議を終えている。
「もしもし」
「あー、俺だ」
「どうしたの?急に電話なんかしちゃって」
「いやー、ちょっとね」
「どうしたのよ・・・えっ」
「分かったわ」
ー 自宅 ー
「今日は、パパは試合。ママは大事な用事だってね」
夏実は出番が来ないかテレビの中継を真剣に見ていた。
「パパ、今日、登板するかな?ねっ、大輔聞いてるの?」
大輔は無言だった。
「何よ、アンタ。最近、変よ」
夏実が口を尖らせて言った。
「東京エドモンズですが、今日、負けると今シーズンの最下位が決定してしまいます。
しかし、相手は首位の巨人です。2位とは、1ゲーム差しかありません」
「どちらも、負けられないですね」
「あー、別に巨人は最終的に勝てばいいじゃない。こっちは負ければ最下位なんだから」
夏実はテレビの解説者に向かって話し、気を紛らわせていた。
「ここでお知らせです。今日の夕方、ベテランの北田が引退を表明しました」
「うそー、やめちゃうの。2000本安打を達成したばかりなのに。でも、もう年か」
夏実は驚いていた。オフシーズンにはお世話になったこともあるからだ。
「それと東京エドモンズは、9選手に戦力外通告を行なったようです。ちょっと早くありませんか?」
「ちょっと早いけど、選手には助かるんですよ。来シーズンに向けて、スタートを切れますから」
「仮に野球をやめるにしても、就職活動は早い方がいいですからね」
ふーん、そうなのかと夏実は、他人事のように解説を聞いていた。
ー 喫茶店 ー
「いつ言われたの?」
「今日の朝10時。5分程度で終わった」
「本当にたったそれだけなの?」
「あぁ、そうだよ」
雪子は球団の対応に驚いていた。
「でも、まさか、あなたがクビになるって思わなかったわ」
「ああ」
「だけど、いつかは必ず来るんだから。イチローや松井だって、そういう日が来るのよ」
そう言いつつも、雪子は俺と同じようにかなり落ち込んでいた。
「電話で言われたときはショックだったわ。昨日、登板結果を聞いただけにね」
雪子は無念そうな表情を浮かべた。
「それより、あなた、これからどうするの?」
俺は少し考えてから答えた。
「できれば、現役を続けたい。でも、お前と子どもたちを養わなければならない。
野球以外の道も考えようと思う。とりあえず、無職だけは避けたいんだ」
「そっか。分かったわ」
雪子は、飲みかけのコーヒーを飲み干した。
「問題は子どもたちよね。どうする?」
「それが一番の悩みなんだ。言うべきか言わないべきか?って」
「そりゃあ、言わなきゃいけないわ。でも、今すぐってわけにもねいかないしね」
俺と雪子は悩んでいた。いずれは絶対に言わなければならないことだ。
しかし、子どもたちを動揺させることになる。今までと生活だって変わる。
「とりあえず、今日のところはなしにしましょう。1軍に昇格したことになってるんだから」
「あぁ、そうだな」
「もう1週間くらいたったら、タイミングを見て言いましょう」
雪子は、ちらっと腕時計を見た。
「じゃあ、こんな時間だし、帰らなくちゃ」
俺も自分の腕時計を見た。もう10時を回っていた。
ー 自宅 ー
「ただいまー」
部屋は、まだ明るかった。しかし、テレビはつけっぱなしで、誰もいなかった。
「もう寝ちゃったのかな?」
おかえりなさいの一言もないから寝たんだろうと思っていた。
奥の部屋をのぞくと、大輔が寝ていた。
「夏実、開けなさい」
雪子が夏実の部屋をノックしていた。
「どうしたんだ!?」
部屋の前に立って、俺もノックした。
「おい、どうしたんだ?」
すると、部屋から夏実の鳴き声が聞こえてきた。
「パパのうそつき。どうして、あんな嘘ついたのよ」
俺は黙ってしまった。
「ごめん、嘘つくつもりじゃなかったんだ」
少したって、夏実の声が返ってきた。
「パパ、これからどうするの?あたしたち、どうなるのよ。なんで、パパがクビにならなきゃいけないのよ」
俺はびっくりした。まさか夏実に知られていると思わなかった。
プロ野球ニュースという声が聞こえてきたので、俺は思わずテレビを見た。
「エドモンズは、巨人に破れ最下位が確定しました。さらに9選手に戦力外通告を行ないました。また、北田が引退を表明し、引退試合が24日に決まりました」
画面には、字幕で俺の名前も載っていた。
「パパ、引退試合もないなんて、かわいそう」
夏実は泣いていた。俺と雪子は扉の前で突っ立ったままだった。
これから、どうなるのかという不安も抱えて。