家族
俺はとにかく落ち着かなかった。他の選手も同様だった。
ただし、三島と倉田は故障もあるということで、現役引退を表明するようだ。
しかし、会見を開くわけではない。あれは一軍で、ずっと活躍した選手だけの特権。
彼らは2軍で暮らしていることも多かったので、新聞に名前が載るくらいだろう。
「ついに俺ら、クビになったな」
島本も俺と同じようにへこんでいた。
「実はもう分かってたんだ。毎年、どの選手がクビになるか予想してたから、ある程度なら傾向が分かるんだ。
自分がクビになったときのことも考えて。そしたら、今年は自分が飛ぶだろうって。
でも、あんなに淡々と言われると辛いな」
島本は結婚していて、子どもが一人いた。まだ3歳の女の子だ。
「おい、これから、どうする?」
島本の問いに対して、俺は考えがまとまっていなかった。
「とにかく今は分からない。一人で考えるよ」
俺は一人で車に向かった。とりあえず、どこかへ出かけて行きたい気分だった。
ー 別室 ー
「おい、朝田、水川、何があったんだ」
担任である山下は、二人を別室に呼んで指導していた。
「なんでもありません」
朝田は素っ気なく答えた。
「なんでもないのに、水川が襟を掴むのか?」
「ただ、遊んでいただけです」
「そんなはずないだろ。水川、理由を話してみなさい」
「ちょっと遊んでいただけです」
大輔は本当のことを言えなかった。朝田康太の無言の圧力があった。
「本当にそうなのか?」
「はい、そうです」
「分かった。だけど、人の襟を掴む真似はするんじゃない。遊ぶなら、もっと楽しく遊びなさい」
「分かりました」
先生は部屋を出て行った。
「おい、水川。ふざけた真似しやがって。ただじゃおかないからな」
「そっちが悪いんじゃないか」
「でも、俺は手を出してないからな」
そう言って、朝田は部屋を出た。大輔は野球選手の息子ということもあり、いじめを受けていた。
そして、次の日から、さらにエスカレートしていくことになる。
ー 6年1組 ー
「夏実のお父さん、テレビに出るの?」
「うん。今日から1軍復帰みたい」
夏実は嬉しそうに話していた。
「よかったじゃん。夏実のパパ、すごいよね。うちのパパなんて、ずっと係長なんだから」
一番の親友である沙弥香が、とてもいいなという感じで見ている。
「あたし、将来はプロ野球選手と結婚しようかな?」
そう言うのは、優奈。ちょっと大人っぽい感じの子だ。
「しかも、夏実のママってきれいだし、料理も上手だよね。うらやましいな」
「そんなことないよ。何かあると、すぐガミガミ言ってくるし」
「でも、すごいよね。プロ野球選手の奥さんって」
そんな話をしていた。しかし、数日後、そんな会話は一切なくなっていくのであった。
ー 近所のスーパー ー
「この間さ、近所の山田さんったらね」
スーパーで買い物をしながら、雪子は世間話をしていた。
というより、主婦の井戸端会議といったほうが正しいかもしれない。
「水川さんとこの旦那さん、素敵よね」
「そうかしら。別に普通の旦那よ」
「いやー、プロ野球選手ってとこがすごいわよ」
だいたい夫の愚痴大会になると、この話になる。
「でもって、仲も良いしね。お家や車も立派だし」
「そんなことないわよ。まさか旦那がプロ野球選手になるなんて思わなかったから」
「だけど、うらやましいわ。うちの旦那も見習ってほしいわね」
雪子はそんな風にまわりから思われるのが不思議だった。
食事にも気を使わなければならないし、数年後はプロ野球選手をやめていることも分かっている。
そんなわけで、お金のやりくりや噂とかも気にしている。
「華やかな世界だけど、けっこう大変なのよ」と心の中では思っていた。