妻の涙
「あなた」
そう言った瞬間、愛の目からは涙がこぼれていた。その様子を見た雪子と夏実は呆然と見つめていた。
「ごめんなさい、いきなり泣いたんじゃびっくりですよね」
愛はハンカチで涙をふき、語り始めた。
「私、もう十分やったんじゃないって言ったの。第2の人生を歩むことも考えたらって。だけど、本人はまだ投げられるうちはやめたくない。それに娘が自分の父親がプロ野球選手だっていうことが分かるまでは続けたいって。だけど、そのうち口論になって」
雪子も夏実も、うなづきながら聞いていた。
「俺には野球しかしてないから、野球がなくなったら何もない。あと一年だけでいいからチャンスをくれ。そう言って、あの人は荷物をまとめて家を出たわ」
その告白に雪子も夏実も驚いた。
「単身赴任って言ったけど、別居ってとこね。連絡も取ってない」
雪子は黙って愛を抱きしめた。
「ごめんなさい、こんな夜遅くに」
「いいのよ。島本さんのところも大変だったわね」
雪子は背中をさすった。
「大丈夫。うちだって口では続けてって言ってたけど、もういいでしょって思ったことはあったわ。ねっ、夏実」
夏実は突然ふられてドキッとした。
「うん、あったよ」
夏実の正直な問いに続けて雪子は言う。
「でも、本人が続けたいっていうなら、あたしたちはついていくだけなのよ」
それを聞いて、愛はうなづいた。
「プロ野球選手の妻って大変よね。想像以上だったわ」
二人はうなづいた。夏実はその様子を見て、すごいことなんだと改めて思った。